6 本当の元凶

 アルシエルとクロアが再会したその頃。

 シェルハル王国はその日まで。実に、平和に過ごしていた。


 古い昔、聖女が施したと言い伝えられている“聖女の護り”という結界が、近年になって綻びてしまい。それが響いて魔族の侵入を許し、魔族による虐殺が頻繁に起こっていた。

 何度、“聖女の護り”のかなめである『石碑』の警備を強化しても、いつの間にか『石碑』の位置をずらされてしまい、そのせいで効力が弱くなってしまい、新たな魔族が侵入していく。指定の位置に『石碑』がなければ、“聖女の護り”は機能しないのだ。

 警備を担当している兵士に聞いても、何も覚えていないという。

 犯人はこの国の人間か? と誠密やかに囁かれいてたが、結局不明なままだった。

 これに国王も頭を悩まされ、軍事力の強化や兵士を増やしたりして、なんとか国の平和を維持していた。これから国王の息子であるウルドとクロアが結婚するという重大な年にだ。

 そんな中で、ある事が告発された。

 クロアの妹であるカーラが、クロアが全ての元凶であると言ったのだ。

 『石碑』の警備兵を色仕掛けで落とし、囲まれて鳴きまくって男の欲求を満たさせ……その代わりに『石碑』をずらさせてもらう事を黙らせていたという。

 そうして魔族を侵入させて、その魔族との行為にも許していたと。その証拠も、カーラは用意してそれをまず、ウルドに見せたのだ。

 それを聞き見たウルドは、クロアの悪行に憤怒し、憎悪し、軽蔑した。

 すると、そんな様子を見ていたカーラは囁いた。


「そう、お姉様はこんな悪逆非道なんです。だから――

 そんな悪人との思い出を洗い流すために……一晩、どうでしょうか?」


 と。

 まるで見計らったように。

 そうしてカーラはウルドと宿屋で一晩を過ごした。


「ああ、カーラ。私は間違っていたようだ……君と共にこれからの人生を歩もうと思う」

「ウルド様…………はい、私、とても嬉しいです」


 そうして、ウルドはクロアに見えないところで何度もカーラと密会し、一晩過ごして、そしてカーラから新たな証拠を貰っていた。

 証拠が十分すぎるほどに溜まり切った時、ウルドは国王にそれらを提出した。

 それらの証拠も証言を聞いた国王も、「恩を仇で返しおって……ッ‼︎」と憤慨し、今すぐにでも切り掛かりそうな勢いだったものの、法に則ってクロアを事実上の死刑宣告にすることにした。

 そうして準備して、あの日の夜会にその刑は執行された。

 クロアが兵士によって追い出された後、夜会は歓喜の祝福で満たされた。


「流石はウルド様だ‼︎」

頭脳明晰ずのうめいせきにして容姿端麗ようしたんれいの貴公子!」

「未来を担う国王と王妃に相応しい‼︎」


 万歳合唱ばんざいがっしょう

 夜会が開かれたこの王宮に轟いていた。


「ウルド様……私、とても幸せですわ」

「カーラ。あの罪人のことは忘れて、君と共に幸せに過ごそう」

「……はい! 嬉しいですぅ」


 抱き合う二人。

 それを祝福する、カーラの家族を含んだ貴族一同。

 こうして、魔族の侵入を許していた罪人を断罪した。彼女の企みに加担した兵士らも国外追放の刑に処され、国境まで連行された。もうこれで『石碑』を動かされることはないだろう。

 少し複雑な彼らの関係だが、これで彼らとシェルハル王国は平和な日々を送ることができた――




「んなわけなくて、自分たちの方から自滅していってんのにねぇ……お花畑って怖いねぇ? カーラちゃん♪」

「はい♪ サリターン様♪」


 そうして、その男とカーラは抱き寄せていた。


「カ、カーラ……? その男は、誰だ……? ち、父上と母上をどうしたのだ⁉︎」


 ウルドはこの王室の現状を受け止めきれずにいた。

 クロアを追放して一週間。ウルドはそれまでずっとカーラと愛し合い、様々な贅沢をした。

 これから平和になりますね、と。淑やかに話すカーラを見て、ウルドは安心し切っていた。

 そして今日。朝起きたら異様なまでの静けさに不審に思い、自室から廊下に出れば、兵士どころか使用人すらいなかった。

 誰もいないことに対して不気味に思いつつ、国王にこれはどういうことかと抗議しようとして……

 起きた時にいなかったカーラが……ウルドよりも美形で、もふもふな黒い尻尾を持ち、白髪の、長身痩躯の男と寄り添っていたのだ。

 それも、国王と王妃が座るべき玉座に、我が物顔で座って。


「あらぁ、ウルド様ぁ。おはようございますぅ」

「い、いや! 今、挨拶はどうでもいいだろう⁉︎ それより……父上と母上は何処へ行ったんだ⁉︎」


 カーラの昨日までの淑やかさはなく、まるで欲しがり少女のような、ねちっこいという全く違う態度に苛立ちながら、ウルドは怒鳴った。

 しかし、カーラはその問いに答えずに、こう言った。


「あは。そんな人達いましたかぁ? ねぇ、サリターン様?」

「あー……そんな奴ら、いたような気がするなぁ? すぐに喰ったからあんまり覚えてねぇけど」

「は……? カーラ、今……なんと言った……? サリターンって……」


 ウルドがその名前と、とんでもない発言に激しく動揺していると、白髪の男が答えた。


「おー、そうだぞぅ人間。ってかさっきっからカーラちゃんが名前言っちゃってたのになぁ……まあいいけど」


 なんて軽く言いながら、男は玉座から立ち上がって名乗った。


「初めまして、ウルド・シェルハル。私が魔族の長、万物を滅ぼす創世の神だった者。サリターンだ」


 以後、お見知り置きを~。と、簡単に自己紹介したサリターンにウルドは絶句し、恐怖した。

 邪神サリターン。

 神話の中で、同族である神々や配下である天使たちを消滅寸前まで酷使させ、よく自身の領域を広げて支配権を得ていた最低最悪の、創世の神だった神であり。

 堕天後、あの『原初の悪魔』という……史上最強の、創造主でも手に負えなくなった化け物を生み出した、悪魔の祖。

 そんな悪魔のような神が、なんでここに⁉︎ 元凶であるクロアは追放したはず……‼︎

 その事実に、ウルドは絶句していた。

 それもそうだ。

 元凶であり罪人であるクロアを追い出して、『石碑』を動かす者はもういない。脅威なんて迫ってもいつも通りに全てを護り、近寄らせない結界は無事に機能している。

 それなのに、一番の脅威たる魔王でもあり邪神でもあるサリターンが、平然とした様子でこの場にいるのは確かにおかしな話である。

 まるでその思考を読んだように、サリターンはニヤニヤ笑いながら言った。


「知っての通り、俺は堕天してても神だからなぁ。神に、神の使いでもある聖女の結界なんざ、なんの影響も無く通れるに決まってんだろ?

 ……まあ、配下は通れなかったから、カーラちゃんを使って兵士どもを催眠状態にさせて、俺がちょくちょく動かして国に入れるようにしたんだがな」


 そうしてゲラゲラと笑い、顔が真っ青になった王太子の顔を見て、邪神は思った。

 まさか分からなかったのだろうか? と。

 あんな証拠写真なんて、クロアとよく似た人間と男たちに大金を渡して鳴きまくっている様子を魔法で紙に転写しただけの、きちんと見ればバレてしまうほどのお粗末なモノだ。

 本気で相手のことを思いやっていれば、こんな事態は起きなかっただろうに。

 まあ、カーラ以外にもお遊びで女と付き合いまくっていた、だらしのない男らしいので仕方がないか。


「……カーラが……邪神を、手引きしていた……だと……? あ、あれはックロアの仕業だろう⁉︎ 知った風なことをいうな堕ちたクソ神めが‼︎」


 そう怒鳴る。

 やはり分かってなかったようだ。単純思考で助かるが。

 サリターンはそんなことを考えていたので、その暴言を無視して、また笑い出した。


「くっははははははははは‼︎ おもしれぇガキだなぁ‼︎」

「ぷっふふふふふ。確かに、本当に面白いですねぇサリターン様~」


 二人して、ウルドを馬鹿にしたように笑い転げていた。

 訳がわからないというようにウルドがオロオロしていると、サリターンが続けた。


「あのなぁ。あのクロア・アルミダが悪逆非道だったーっていうのは、全部カーラがついた嘘だったんだよ。より信じやすくするために、俺が直々に手間を加えたし」

「は? うそ?」


 虚言だったと言うと、ウルドは青から白に変わる。

 ころころ変わって面白いなぁ~、なんて面白おかしく思っていると、それに続いてカーラが言った。


「ええ、そうそうそうですよぉ。お姉様をこの世から抹消するためのウソですぅ。

 あんな女に与えられた宝石やドレスなんか、ぜぇーんぜん似合ってなくて相応しくなくて、ドレスも宝石も可哀想だと思ったから私が貰ってあげてたのに。優秀じゃなくて、不幸を呼びまくっている出来損ないらしく、持っているものを大人しくぜーんぶ差し出し続けていればいいのにさぁ。

 だーいすきになっちゃった人を奪いやがった、出来損ないの他人さんは、この世から消えて当然ですからぁ。自業自得って奴ですよぉ」


 ウッキウキに、姉を葬ってやったというカーラは嬉しげだった。

 実の姉に対してこの仕打ち。

 自分のために世界は動いているんだと考え、欲しいもののためならなんでもやる。姉を「愛されていない」と罵り、見せ付け、蔑み奪っていった愚妹ぐまい

 そして……唯一、クロアから奪うことができなかった、の存在によって本当の意味で狂ってサリターンと手を組んでしまった娘。

 そんなカーラの本性を、今の今まで知らなかったウルドは随分呑気なものだった。

 ……確かに、あのアルミダ公爵家はクロアが生まれた辺りから不況続きだった。宰相さいしょうの職についていたものの、同時に領地を治め商会の運営も多少行っていた分、その不況は痛いところがあったのだろう。

 それらが全て、クロアのせいにしていたということだった。全ては、様々な役職を抱え込みすぎたことによる、機能不全だというのに。

 その最中にカーラが生まれ、その直後に治ったことからカーラは神の申し子だのなんだのと甘やかされ、クロアのあたりはさらに酷くなったという。

 その片鱗は、ウルドと密会していた頃にも見られていたのでどうかな、なんてサリターンは考えていたが……スケベ思考だったウルドはそんな諸事情よりも、カーラというに夢中だったので、結果オーライであった。

 あったが……


(女の体に欲情してんの……気持ち悪りぃなぁ)


 堕ちて邪神になったとしても、元々高貴な創世の神だったサリターンからしてみれば、生理的に受け付けられなかった。

 今でも純潔は律儀に守っていたりする。


「つーわけで、ヒトっていうのはこーやって残酷なこと考えつくわけだからなぁ。でも、七股スケベくんにとってはいい思い出だったかなぁ?」

「ウルド様は元気いっぱいいっぱいですからねぇ。なかなか強烈でしたわぁ~」


 なんて指摘してカーラがそう言うと、ウルドがひゅっと息を呑む声が聞こえた。

 バレてないとでも思っていたのだろうか。本当に王太子なのかと疑ってしまいそうだった。一時的とはいえ、カーラもクロアもよく付き合ってられたと、サリターンは密かに感心した。

 それはそれとして、話がこのまま脱線してしまいそうなので切り替えよう。


「っていうかいいのかぁ? 優秀な衛兵どもを犯罪に加担したからっつって追放しちまったらしいが……戦力を減らしちまったことに気づいてんのかぁ?」

「何……ッ⁉︎」


 真っ白な顔をしながら、ウルドは目を見開いた。


「あれがカーラの虚言だっつっただろ。そうすりゃ、あいつらも無実だしぃ? 追放する必要ねぇよなぁ?

 ここまで説明しておいてなんだが、自分の方から窮地に追い込まれてるっていう自覚ねぇのかなぁ?」


 わざわざ律儀に説明した時、ようやく全てを理解したウルドは真っ白な顔で口をぽかんと開けていた。それを見て、カーラは笑い堪えている。

 本当にこの男は何も知らなかったらしい。最早、一周回って呆れてしまう。

 すると、


「……出鱈目でたらめだ……ッ! そんなことを、カーラがするわけないだろう……ッ‼︎ 全部、貴様がやったことだろう⁉︎ この悪しき神がッ‼︎」


 わー、盲目に信じてるのすごいなぁ。半分事実だけど。

 だが気付くことはいくらでもできたはずの杜撰さだ。自分でもだいぶ手を抜いたと実感するほどレベルで気づかないのは、とんだポンコツぶりだった。

 それにわざわざカーラが自白しただろうに。何を聞いていたのか。


「カーラちゃんがやったって言ってたのに……そのご都合主義の脳みそと耳どうなってんの? スポンジとチクワでできてんのかお前」

「そうですよねぇ。流石に私も……引きますわ……」


 カーラが、軽蔑したような目で、ウルドを見た。


「え……そ、そんな……嘘だろ? カーラ……それは、この神に……言われて……」

「そんなわけないでしょう。馬鹿なんですか? だから国の滅亡を招くんですよ」


 相当嫌だったようで、本気の声音ガチトーンでカーラはウルドに言い放っていた。

 ありえないほど冷たい目を見たウルドは、お花畑から完全に目が覚めたらしい。力なく崩れ落ち、床に膝をついた。


「おーや? もう立てねぇのかな? しかも小便まで漏らしやがって……あーあー汚ねぇなぁほんと」

「あらら。どうしましょうかぁ?」

「んー、カーラちゃんは下がってていーよ。どうせ丸呑みだし」

「はーい」


 何の話をしているのか。ウルドが疑問を口にする前に、サリターンがウルドに向けて屈んで答えた。


「ここにいる王族はコイツで全員だなぁ……

 あのクソガキのせいで片腕がねぇんだ。少しは足しになれよ」


 地獄の底から響きそうな低い声でそう言った。

 刹那。


「あ、ッ」


 真っ黒な影に、ウルド・シェルハルは喰われた。




「あー、不味い肉だなぁ。王族なんだからもう少しいい味してると思ってたんだが」

「ですけどサリターン様ぁ。腕が戻ってますよぉ」

「ん、まあ。これだけでもマシだと思えば良いか」


 一週間ぶりの腕の感覚に違和感を覚えつつ、慣らすために動かして確認する。

 あの『時間超加速』の魔法からギリギリ逃れることができたものの、まだ復活には時間がかかる。

 また時間をかけなければならないことに苛立ちを隠せないが、それはそれでもういい。

 新しい玩具おもちゃを手に入れたのだから、それで無聊ぶりょうなぐさめよう。

 その最中で、力を取り戻せば良い。


「サリターン様ぁ。あの『石碑』どうしますかぁ?」

「あー、破壊しとくか。一応、ここを新たな魔王城に作り替えないとなぁ」

「破壊し終わったら、記念にウルド様がお好きだったというワインでも飲みましょうか?」

「ほー、あの不味い肉が飲む代物かぁ……ま、試しに飲んでみるかな」

「はーい♪ じゃ、生き残った使用人に言っときますね~……あ、お着替えは必要ですよね。私は失礼いたしますぅ」


 そう言ってカーラは王室から出ていく。


「……」


 その姿を見て滑稽こっけいだなぁ、なんて考える。

 彼女も、あのクロアという娘も、互いにアルシエルあのクソガキに惚れ込んでしまっている。どんな理由があって、あんなバケモノに惚れているのか分からないからこそだいぶしゃくさわるが、これはこれで好都合。

 アイツに関わる話題でちょこっとそそのかせば、あっという間にカーラは言うことを聞いてくれる。サリターンの、新たなカーラ・アルミダあやつりにんぎょうだった。ここまで従順だと、使こちらも扱いやすい。

 無言のまま、王室から見える景色を眺める。

 王宮で何があったのか知らぬ人間たちが、わいわいがやがやと、楽しげに商売をしている。

 しかし、この国の平和は、ここで終わりだ。


「さーて、侵略を始めようねぇ」


 そしてその日。

 シェルハル王国に、軍勢とも言うべき魔族の群れと、サリターン側についている《原初の悪魔》たちが現れた。

 結界の加護はもうない。かなめの『石碑』を破壊された今、魔族と悪魔を払い除けるものはもうなかった。

 貴族、平民を問わず、皆虐殺され、奴隷として拉致されていく。

 なんとか住民の避難を行い、敵を排除しようとして戦う兵士は、成す術なく殺された。

 王族の安全を守るために派遣された残りの兵士が王宮にたどり着いた時、全てが判明した。

 そこにいたのが、国を裏切った令嬢カーラ・アルミダと、魔族と悪魔の長であり祖でもある邪神サリターンしかいなかったからだ。

 守るべき王族は、とっくにサリターンに喰われていた。そう悟った兵士たちはすぐさま逃げ出して、この国から出て行った。

 誰もこの進軍を止めることなんて出来なかった。そうして一晩で、シェルハル王国はあっという間に滅んでしまった。

 残ったのは街の残骸のみ。生き残りはなんとか逃げ延び、他は奴隷になったか、死んでいった。

 先程まで国王と王妃がいた王室には、やはりサリターンとカーラ、そしてサリターンの配下である魔族と悪魔が数体。そして、カーラとクロアの両親も含まれていた。

 カーラはワガママ令嬢でありながらその成績は良く、いつの間にか、父が行っていた宰相さいしょうの仕事と領地統一を行えるほどだった。才覚があることは本当だった。


「さて、サリターン様♪ 何なりとお申しつけてください♪」


 恐怖に震えたままの両親を一蹴して、カーラは玉座に座したサリターンに膝を突き、命令を待った。


「そうだなぁ……城は手に入れたんだ。

 ……お前と、俺のための、復讐の準備をしようか」


 あのバケモノに、報復を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る