7 これから

 感動の再会から二週間。

 近くに村がないか探索しつつ、アルシエルに何があったのか、クロアに何があったのか……そして、アルシエルの過去についてをそれぞれ話した。

 アルシエルの身に起こったことと過去に対して、クロアはやっぱり優しい……と密かに感動していた。どんな存在だろうとも、彼はその大切な誰かのために行ったからだ。そのおかげで、魔王軍は滅んだのだから。

 少しふふって笑っているところを見られてアルシエルからそれを指摘されると、ちょっと赤面して「なんでもなーい」って誤魔化したが。

 それに……過去に何があろうとも、彼が本当は何者だろうとも、クロアにとってはどうでもいいことだった。

 だって、クロアにとってのアルシエルは祖父の葬儀を終えた日に出会ったのが全てだ。そこに過去が介入する余地は無かった。


「……ねぇ、しーちゃん」

「ん?」


 森の中を進んでいるときに、クロアは急に俯いて呟くように言う。


「あの時……記憶がなかったって、言ってたでしょ」

「ああ」

「……で、私の声で、思い出したって」

「……そうだ」

「……」


 そこで言葉は止まり、一拍空いて、言った。


「もう、そんな……無茶しないで」


 今にも泣きそうな声で。

 いなくならないでほしいと、そんな意味を込めてクロアはぎゅって、アルシエルの背中から抱きしめて顔を埋めた。

 白黒色の翼をしまった、引き締まりながらも形がきちんと整った背中に。


「……」


 正直のところ、あれは本当に奇跡のようなものだった。

 『作り変わる』という異常な肉体の変化は、想像を絶する痛みによって引き起こされる。人間ならば生死を分つほどの衝撃だ。これで無事で済む方が本当に運がいい方……だが、仮に存命できたとしても、何かしら精神的に可笑しくなるのが確実だ。それが記憶喪失や精神崩壊などが起こし、最悪、二度と元に戻らない。

 あれは、完全に賭けだった。魔王軍を全滅させ、そして片割れの『根源』を取り込んでになることで、全ての制約から脱却することができる。そうすれば二度と、クロアと離れ離れになることはないからだ。

 ……だったが、今となってみればだいぶ無謀だった。

 一旦、背中から抱き寄せているクロアを退けて、一度向き合うように振り向いて。


「……ごめん。ごめんな……心配かけて」


 いつの間にか、アルシエルも泣きそうになってしまい、クロアを抱きしめ返した。優しく、キツく締め付けないように。

 互いに落ち着くまで、しばらくそのままでいた。




 そして肝心の、クロアの身に起こったことに対しては……アルシエルが今までにないほど憤怒ブチギレまくっていた。

 あの日、アルシエルと別れて早々、両親の態度は相変わらずだったものの、カーラが妙に優しくしてきたのだ。両親と一緒になって罵倒するのは相変わらずだったが、その裏でこっそり……という感じで、あの婚約破棄騒動まで続いたという。

 どうしてクロアを見下していたカーラが、アルシエルが姿を消した翌日に優しくしてくれたのかは分からないものの……それでも、この明らかに濡れ衣だというのに誰一人それを疑わず、そして無実のクロアを同然に国から追い出したのだ。許されない。


「本当にアイツらは……ッ!」


 バキィッ‼︎

 ……思わず手に持っていた、薪用のぶっとい枝を握力で粉砕して真っ二つにしてしまったが、そんなもの目にも入らなければ耳にも入らない。

 今からでも血祭りにしてやろうかッ。

 そうして颯爽さっそうと行動しようとしたが、クロアがそれを諌めて止めた。


「ちょちょちょ、しーちゃん落ち着いてー!」


 めっ! と。

 子供を諌めるような叱り方で、思いっきりチョップされてアルシエルは止まった。


「……すまん」


 ……はしたなさからくる羞恥心と、クロアの寛大な心を感じて、である。


「いいのいいの! 私、しーちゃんがいるだけで十分幸せだから!」


 元の国にはなんの未練もないし、一緒にいられるだけで十分だと、クロアは言った。

 アルシエルは不服だったが、当の本人がそう言っているので、心の奥底で『それでよし』とした。


「じゃ、寝床と食事の準備しよ! しーちゃんの作るご飯美味しいから楽しみだよ!」

「くっ、ははは。そんなこと言われると照れるなぁ」


 あの日々に戻ったように、お互いに笑い合って、準備を進めた。




「……なあ」

「んぇ? どうしたの?」


 食事を終えて、眠る準備を整えた頃。唐突に、アルシエルが話しかけてきた。

 大木の木の根っこに座っているクロアが聞き返すと、アルシエルはスッとクロアの前に移動して、片膝をついた。

 いきなりの行動にクロアが驚いていると、アルシエルはクロアの手を取って……


「クロア・アルミダ」


 フルネームを言われて、クロアに緊張が走った。


「君が幼い頃、こういった気持ちを表現することが出来ないままずっと過ごしてきたが……ようやく、それをようやく理解することが出来た。だから今、ここに宣言する」


 今までにない、とはちょっと違う緊迫感に、クロアはドキドキしながら言葉の続きを待った。

 そして……


「これからは…………結婚を前提に付き合ってほしい」


 一瞬の、沈黙。

 いわゆる、プロポーズである。

 まさかこのタイミングでプロポーズされるとは思っても見なかったのか、クロアは返答に戸惑ってしまう。気持ちは同じなのに。

 返答を待っているアルシエル自身も、後追いで恥ずかしくなってきているようで、その端正の顔がだんだんと赤くなっている。遂には耳まで赤い。

 だって悪魔が人間に結婚を申し込むなんて、普通に前代未聞すぎる。


(ヤバい。恥ずかしすぎて死にたくなってきた……)


 そう思っていると。


「……【深淵】アルシエル様」


 覚悟を決め、クロアも言った。


「私も、嬉しいです……これからも、よろしくお願いしまひゅ!」


 ……クロアも緊張していたようで、見事に噛んでしまった。

 しかし、アルシエルにとってそれはどうでも良かった。

 クロアのその言葉を聞いて、アルシエルは破顔した。


「ッ~~~~~~~!! ありがとう!! 嬉しいよクロちゃん!!」


 言葉にならない声をあげて、クロアに抱きついた。


「わあっ!! し、しーちゃん落ち着いて!!」


 しばし森の中で、楽しげな笑い声が響いた。








 それから。

 クロアとアルシエルは離れ離れになっていた空白の十年を埋めるように、共に過ごしていった。

 正式な契約をしたいとクロアから申し出たが、アルシエルはそれを了承しなかった。


「好きな相手には、真っ当な人生を送ってほしい」


 そう言ってクロアを説得し、契約はしなかった。

 最中、人を助けたり、他国同士の戦争を止めたり、一国の一大事を未然に防いだりしていって、いつしか二人の名を知らない者はいなくなった。

 悪魔という悪しき身でありながら、人類を救う救世主だと。

 その悪魔の妻であるクロアも、天性の才能を持った魔法使いであり、神と悪魔の加護を持った聖女だと。

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