@hima4200

時の中で



1.目に見えるもの、目に見えないもの


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。


誰もが学生時代、一度は耳にした

有名な平家物語の一節である。


意味として

あらゆるものは、

そこに永遠に留まる事は出来ず

絶えず形を変え移り変わっていくものである

とする文言だ。


平成から令和の元号の移り変わりに

見知らぬ遠い誰かの死

建ち昇る高層ビルに

活気があった地元の商店街が

シャッター街になる様


普段生活していると中々こうした変化に

気付きにくいが、この世に存在しているものは

目に見える時間軸と目に見えない時間軸

その縛りと輪廻の中で等しく存在する。


十四歳の夏、あの日私が経験した事も

いつかは、その時間軸を流れる

一つの過程になる。


それでも尚、目に焼きついた

あの日の景色や体験は、形を変えながら

絶えず私の中に存在し続ける事だろう。



2.出逢い

紗幕が下りた様な暗い林の中を

自転車で抜けると


眼前に蒼い海が広がり

潮風の中で体温が徐々に上がっていくのを肌で感じていた。

今日は亡くなった祖母の一回忌だった

法事が終わった後、自宅でお斎が行われたが

何処か居心地が悪く、早々に切り上げて

ここに逃げてきた。


靴を脱ぎ砂浜を歩くとジリジリと足裏を灼かれ

繰り返される波打ち際の中で海藻や流木と共に

枕木色の線路が海に浮かんでいた。

ここには、亡くなった祖母ともよく出向いており、線路も祖母が子供の時からあった話を

よくしてくれた。

その頃から私は不思議と特別理由はないのに

よくここに来てはこの海の中を続く線路の道を

何処までも歩いてみたいという

衝動に駆られる事があった。

そんなことを思っていると水平線の彼方より

警笛の唸りが聞こえ

私は当初自分の耳を疑ったが

音は次第に大きくなり、

気づくと目の前には電車が停まっていた。

あまりの現実感のなさに呆然としていると

麦わら帽子を被り、白いワンピースを纏った

同い歳くらいの少女が電車から降りてきた。

少女は私に近づくと

「乗らないの?」

と尋ねた。

私はその時、特に理由もなく

「乗る」

と答えた。

それを聞くと彼女は嬉しそうに

車掌に二人分の切符を手渡し

急かす様に電車の中に案内した。

私は彼女に連れられる中で

「私たち以前どこかで逢ったことあったけ?」

と不意に尋ねた。

少女は不思議そうな顔をしながら

「もしかしたら、逢ってるかもね」

と意味深な顔でそう答えた。

私は疑念を持ちながらも電車に乗り

二人を乗せた電車は海の中へ消えて行った。


3.旅の果てに

少女の名前は「咲樹」と云った。

私は彼女と沢山の事を話し

一緒に色々なものを見て回った。

車窓から見える妖艶で煌びやかなネオン街

砂漠道で出逢った、少年との出会い

乗り合わせた、老人が私たちに語った言葉

海の中で静かに眠る森


別れ際に彼女が私に話した事

そしてあれから何度が海辺に出向いたが

電車や彼女が再び現れることはなかった。


今にして思えば

どれをひとつ取ってもまるで現実味はなく

自身が作り出した空想だと思った方が

腑に落ちるが訳だが、


何がが始まり、その中で何が終わる事

その一連の流れに嫌悪感を抱いていたあの頃の

自分の中に心境の変化があったことも

また同様に事実であった。


これからの未来に対して 

何一つ確かな事はないが

顕在する世界の中で同様に潜在する世界

私たちは今日もその中で限られた時間の中を

泥臭く、苦しみながら生きて行く。


私はコーヒを飲み干し

身支度を整え、カバンを手に

玄関のドアを開けると

夏の日差しが部屋いっぱいに差し込んだ。

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