第十六話

「鬼童丸君、待つんだ!」


「はーいはい、待つのは良仁君の方だよ」


 三姫を助けるべくクラベへと向かっていく鬼童丸を止めようと、追いかけようとする良仁を止めたのは季嗣だった。


「ところで良仁君。前に死霊を使役する呪符を見せたことがあった気がするんだけど……覚えてる?」


「……へ!? あー、あれですよね。季嗣様が趣味で買った本に書いてあったものですよね。覚えていますが……」


「それじゃあ、書いて」


「今ですか!? この状況でですか!?」


「そう、今。この状況で。大急ぎで」


「見本もないのに!!?」


「記憶力のいい良仁君のことだから見た覚えがあるなら書けるでしょ」


 ぎょっとする良仁を下から覗き込んで季嗣は目を細めて笑った。良仁に書けないわけがない。そう信じ切っているらしい年下の主人にため息を一つ。


「記憶違いをしていて術が上手く発動しなくても私のせいにしないでくださいね」


 良仁は筆を取り出した。

 そうして良仁が書き上げた呪符を季嗣がおざなりに振った結果が――。


「鬼は相手の力を映す鏡、鬼だけでクラベを倒すことはできない。つまり、外部からの横槍よこやりが必須ってことだよねえ、良仁君!」


 青白い光の中、うごめく十本、二十本の青白い腕たち――という光景だった。

 腕たちは鬼童丸をそっと地面に下ろすともがき苦しむように宙をきながら前進。指先に触れたクラベの八本の手足にここぞとばかりにしがみついた。


「やめろ! なんだ、この……このっ!」


 まとわりつく青白い腕にさすがのクラベも慌てふためく。必死に手足をばたつかせるが上手く振り払えない。

 クラベの蜘蛛のような細い手足にしがみついて腕たちはどんどんとよじ登っていく。地面から髪らしきものが見え、額が見え、その額から角が生えているのを見て、じろりとクラベをにらみつける淀んだ目が猫のような色、形をしているのを見た、瞬間――。


「ほら、良仁君! やっぱり退治された鬼の死体があそこに埋まってたんだ!」


 季嗣が場違いな程に明るい声をあげた。


「桔梗家が退治した鬼の死体は桔梗家の息子に恋をした鬼の長の娘によってこの屋敷に埋葬された! 鬼のお姫さんによく似たニオイがするからもしかしてと思ったけど……ほら! ほら、見て! 本に書いてあった通りだよ!」


「まさか、それを確かめたいがために私に死霊を使役する呪符を書かせたんじゃ……」


「もちろん、そうだよ?」


 あっけらかんとした調子で言った後、季嗣は扇を広げて口元を隠した。すーっと目を細めて鬼の死霊たちにしがみつかれて藻掻もがくクラベを見つめる。


「鬼の死霊たちに子孫であるお姫さんを助けてもらうのは筋が通っているでしょ? それにねぇ、あやかしは現世うつしよ常世とこよ狭間はざまの生き物。人間や人間の死霊ではクラベに簡単に蹴散らされてしまう。でも、鬼や鬼の死霊なら相手の力を映すからね。いやぁ、あそこに鬼たちが埋まっていてくれて助かったよ」


 目を細めて笑う季嗣を見て良仁は目を丸くした後、額を押さえてうめいた。どこまでが自分の好奇心から出た行動でどこまでが計算なのか。

 良仁には一生、わかる気がしなかった。

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