第十四話

「におう……におうぜ! このあたりにきい丸ってのがいるはずだぁぁぁあああーーー!!!」 


 ものすごい勢いで近付いてきた絶叫に鬼童丸と良仁、季嗣の三人は顔を見合わせると揃って空を見上げた。


「どいつがきい丸だ! 同じようなところに同じような年のやつらが三羽も集まってんじゃねえよ! 誰がきい丸だかさっぱりわかんねえじゃねえか!」


 そこにいたのは天狗の格好をしたスズメだった。

 何があったのか。着ている鈴懸すずかけ袈裟けさも茶色い羽もボロボロ。あまりにもへろへろと飛ぶスズメ天狗に良仁は思わず手を差し出した。これ幸いとスズメ天狗は良仁の手のひらに下りると盛大なため息をついた。


「ありがとよ、兄ちゃん」


「ど……どういたしまして」


「それで、どいつがきい丸だい? お前ら三羽の中にいることはわかってるんだ! 何せ、俺は天狗にまでなったスズメ。普通のスズメより嗅覚が優れてるんでね!」


 よく喋るスズメだか天狗だかに良仁は目を白黒させる。喋るスズメも服を着ているスズメも初めて見た。陰陽寮で働いてはいるがあやかしに会ったことなんて一度もないのだ。

 良仁とは違ってあやかしに会う機会の多い季嗣だが、こちらもこちらで細い目を見開いてスズメ天狗を凝視している。


「天狗……スズメの天狗……」


 良仁との違いは驚いていたかと思うとみるみるうちに頬を紅潮させ、爛々と目を輝かせ――。


「これはすごい! カラスだけじゃなく、スズメの天狗もいるなんて知らなかった! 良仁君、見て! 見て、見て、見て! スズメの天狗だよ、見て!」


 子供のように飛び跳ねて喜び始めたことくらいだ。


「見てますよ、見てます」


「スズメ天狗、僕の方においで。悪いようにはしないから。ちょーっと羽をむしり取らせてもらったり、その鈴懸すずかけを剥ぎ取らせてもらったりするだけ! それだけだから!」


「バ、バカ野郎! それだけってことがあるか! そんなん、願い下げだ! ちょっとも許してやるもんか! お前じゃねえ……絶対にきい丸ってのはお前じゃねえ! スズが言ってたのと全然、違う!」


 にじり寄る季嗣を前にスズメ天狗は勢いよく首を横に振り、スズメ天狗を守るべく良仁は後退った。

 と――。


「スズ? 三姫様がお世話をしていたスズメのスズのことですか?」


「そう、そうだよ。お前がきい丸か!」


 鬼童丸の一言にスズメ天狗は身を乗り出して勢いよくうなずいた。


「えぇ。……初めまして、スズメの天狗さん。どういったご用件で私を探しに来たのでしょう?」


「頼みたいことがあったんだが……まずは姫さんからのお届け物だ!」


「……ふぐっ」


 スズメ天狗は茶色い羽を思い切り広げると鬼童丸の顔面にへばりついた。


「あの……スズメ天狗さん?」


「すまねえな、きい丸。色々とあってニオイだけのお届けになっちまったんだ。でも、ほら、残ってるだろ! 思う存分、嗅ぎやがれ!」


「……ふぐっ」


 ニオイというよりはふわっふわの腹の羽毛を存分に味わっていた鬼童丸だったが、微かな甘いニオイに気が付いてスズメ天狗を引きがした。


「もしかして、唐菓子ですか?」


「おうよ! 本当は唐菓子そのものをお届けするように姫さんから頼まれたんだが……スズメ天狗便、一生の不覚! クラベの野郎の攻撃を避けた拍子にうっかり落としちまったんだ」


「クラ、ベ……?」


「クラベ? クラベって言ったかい!?」


 スズメ天狗の言葉に鬼童丸は不思議そうな顔をし、季嗣はと言えばしっかり、がっつり食い付いた。


「クラベ! クラベがどこに現れたんだい!? スズメ天狗君、教えるんだ! 早く教えるんだ!」


「ひ、ひぇぇぇーーー!」


「落ち着いて。落ち着いてください、季嗣様」


 爛々らんらんと目を輝かせてスズメ天狗の小さな体に飛びつこうとする季嗣の肩を良仁がガシリと掴んで引き離す。スズメ天狗はと言えば半泣きになりながら鬼童丸の首にしがみついた。

 でも――。


「ひ、姫さんのところだよ! 力比べがしたいって姫さんに襲い掛かってきたんだ!」


「……は? 三姫様のところ?」


「ひ、ひぇぇぇえええーーー!!!」


 話を聞いた瞬間、殺気立つ鬼童丸にスズメ天狗は再び悲鳴をあげると今度は良仁の首にしがみついた。


「痛い! 痛いです、スズメ天狗さん! 爪が食い込んでる!」


 ついでにしがみつかれた良仁も悲鳴をあげた。


「季嗣様、クラベというのは?」


「〝腕自慢のあやかしで強いあやかしに力比べを挑んで襲い掛かっては殺してまわっている〟と本には書かれていたかな。……ていうか、鬼童丸君。目がわっているよ。落ち着いて」


 自分が放つ殺気のせいでスズメ天狗は小さな体を震わせているし、季嗣も良仁も顔を引きつらせているのだけれど、気に掛けるだけの余裕はないらしい。


「力比べ? 殺してまわっている? どうして、そんなやつが三姫様を……」


 眉間に皺を寄せた鬼童丸だったがその顔からすっと表情が消えた。


「……いや、そんな話は後回しだ」


 低い声でそう言い終えるか終えないかのうちに桔梗家へと駆け出す。手に持っていた二つの荷物はその場に置き去りにして、だ。

 包み布の結び目のところをちょっと引っ張って中身を確認した季嗣と良仁、スズメ天狗は揃って口を手で押さえた。


「これはこれは切り口も鮮やかな……結構なお手前でってやつだねえ」


「……うぷっ」


「うっわぁ、容赦ねえなぁ、おい」


 包み布の中身は婚礼用の花籠と盗賊だろう男の生首だった。桂家現当主が盗賊の首に懸けた懸賞品を受け取るために鬼童丸は桂家の屋敷を訪れたのだ。


 と――。


「良ければご当主様にお渡ししておきましょう」


 季嗣たちの話が終わるのを離れたところで待っていた下級貴族の男が愛想笑いを浮かべてやってきた。鬼童丸に絡んでいたあの男だ。

 荷物を渡したら最後、鬼童丸の手柄はこの男の物になってしまうに違いない。


「それじゃあ、お祖父様のところに運んでおいてもらおうかなぁ。なにせ、僕も良仁君もスズメ天狗君も鬼童丸君を追いかけないといけないからね。クラベに会いに行かないといけないからね!」


 顔をしかめる良仁をよそに季嗣はにこにこ顔で男に言う。男の方もにこにこ顔でうなずいた。


「お任せください」


「あ、でも、運ぶだけ、ね。君は一言も喋らなくていいから」


「へ? ……って、げーほげほっ!」


 目を丸くする男に向かって季嗣は呪符越しにふーっと息を吹きかけた。白い煙となった息を顔面に受けて男は盛大に咳き込む。


「お祖父様のところまでは彼が案内してくれるよ。説明も彼がぜーんぶしてくれる」


 にこにこ顔の季嗣が扇で指し示す先を見て男はぎょっとした。いつの間に現れたのか。男の足元にちょこんと白いキツネが座っていた。どことなく季嗣に似たキツネは下からじっと男の目をのぞき見ている。


「……っ! ……!? ……! ……!」


 白いキツネに驚いたのか、それとも季嗣の言葉に何か言い返そうとしたのか。口を開いた男は目を丸くし、自身の喉を押さえた。


「まあ、〝一言も喋らなくていい〟なんて言うまでもなく喋れないだろうけどねぇ」


 口をパクパクさせて青ざめる男の目を下からのぞき込むと季嗣はニタァ……と笑った。


「大丈夫、いずれは喋れるようになるよ。いずれは、ね」


 底の見えない、気味の悪い笑みだ。

 でも、それも一瞬のこと。


「さあ、良仁君、スズメ天狗君! 鬼童丸君を追いかけるよ! クラベに会いに行くよぉ~!」


 季嗣はあっさりと男に背を向けると目を輝かせ、跳ねるような足取りで鬼童丸を追いかけ始めた。季嗣と男のやり取りを目を丸くして見ていた良仁は男を一瞥いちべつ


陰陽頭おんようのかみとして桔梗家の姫を助けに、ではなくてですか?」


 くすりと笑って年下の主人を追いかけた。

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