纏うもの

Casket

第一話 △△市山中失踪事件

「△△市山中失踪事件ってあっただろ」

「何、急に」

6月も後半に差し掛かり、湿気と熱気で体が腐ってしまいそうな暑さだった。真夏でもないのに蝉があちらこちらで鳴いている。

いつものように私と幼馴染のBくんは高校から帰っている最中だった。

都市部からは離れた山の中だが知名度はあり、私もBもなんとなくその高校を選んだ。

その△△市山中失踪事件とは、今からちょうど10ヶ月前に起きた事件で、ちょうど私たちの住む県内、しかも隣の市で起こったのでとても印象深い事件だ。

小学三年生の男児が一人で山に虫を取りにいってそのまま失踪。2週間後に監視カメラに映った記録や目撃証言が多々あるのに、迷宮入りしかけている事件。

「俺あれさ、神隠しだと思うんだよね」

「はぁ」

まぁ、そんなことだとは思ってた。Bはオカルトが好きだとは言ってたし、私もよくそんな感じの話を聞かされてた。

「ではBさんの素晴らしい証明はどんなんでしょうね」

とぼとぼと坂道を上りながら、嘲るように聞く。

今までもいろんな説を聞いてきて、ほとんどがしょうもないような理由だった。いつものパターンだと思ってた。

「じゃあ聞くけどさぁ、小三の子供がどうやって二週間も生き延びられるんだよ。

それも無傷で。」

「さぁね。山の中のどんぐりでも食ってたんじゃない。」

確かに、ここに関しては私も不思議に思う。小学三年生が一人で2週間も生きられる訳が無い。大人でも遭難してそのまま見つからないこともあるのに。

「どんぐりはさすがに無理あるだろ。果物ならまだしもどんぐりって。」

すこしニヤついてる顔がかなりムカつく。

「アンタさぁ。縄文時代の人に謝ったら?」

「まぁそれだけじゃないんだよね。あの山って昔から神隠しの伝説があるらしいよ。まぁ神隠しなんて表現が正しいかは置いとくけど」

「どゆこと?」

「まぁその山で昔から失踪事件が起きているのは事実なんだけどね。その地域だと古くから神様が山に入った人間を守ってくださるなんて伝承があるらしい。」

あることが疑問に浮かんだ。

「じゃあなんで失踪するの?」

「人が入ったことを邪なものから隠すんだよ。神様は匿ってくれるわけ。」

それだと一つ気になる点がある。

「神様が匿うって少しおかしくない? ならすぐに山から返せばいいじゃん」

「確かに」

「あとねアンタ前に別の空間の食べ物を食べるとそこから戻れなくなるって言ってなかった?なら神様の食べ物食べて戻って来たっていうのはおかしい。」

我ながら素晴らしい考察。探偵でも目指しちゃおうかな。なんてね。

「言われてみれば。でも神隠し以外にありえるか?」

正直Bの言うことに賛同したくはないんだけど、神隠しとしか言いようがないのは事実だし、マスコミも神隠しだ、神隠しだと言っている。だが、突っかかる何かがある。

「じゃああのワンピースの女は何だったの?」

ワンピースの女は失踪当時に同じ山に登っていた住民から寄せられた不審者情報だ。

山を登るのに薄いワンピースを着ていたこと、そのワンピースがかなりボロボロだったこと、何も持っていないことから不審だと思ったらしい。

「2週間後に監視カメラに写ってるだろ」

「あっそうだった」

探偵はだめそうだ。でも神隠しとは認めたくない。

そんなことを思い、帰路を辿るうちに陽は地に沈み、薄明の空はじき夜が訪れることを告げ、道の街灯は、宵の空に琥珀色のきらめきを与える。

「私も少し調べてみようかな。」

あんまりオカルト系に詳しくない私もこの話には興味が湧いてきた。

なんて思ってたらもうBの家の前だ。

「マジで!? じゃあまた明日話そうぜ。じゃあな。」

手を振って玄関に入るBを見つめる。私も手を振り返す。さて、帰るかと歩き始めると、

空には入道雲がそびえ立っていた。

 今日の夜は土砂降りだった。弾丸のような雨だった。

例の△△市だと大雨警報が出ていて、いくつか土砂崩れもあったらしい。

早めに帰っておいてよかった。

 次の日の朝は晴れていた。いつもより少し早く起きたので早めに学校に行き、机で。スマホに通知が来たので見てみると、Bのラインから共有された記事。「△△市山中に身元不明の白骨多数」『こんな記事があったんだけど』

暫く、手が止まっていた。あまりにも話題がタイムリー過ぎた。液晶に青く光る文字に指を延ばす。あまりにも短い記事だった。土砂崩れによって十数人の白骨死体が確認されてそのうちいくつかは子供だと。あの失踪事件に関係しているか警察が調べているらしい。

その後はいつものように授業を受けていたけど、何時も頭の片隅にはあの失踪事件があった。

やはり他殺ではないのか?ワンピースの女が殺したのか?なぜ2週間後に監視カメラに写ったのか?本当にあの子は殺されたのか?伝承は本当に神隠しだったのか?考えるたびに謎が深まる。警察の判断がない限りどうとも言えないし、授業に集中しよう。

 放課後はいつものようにBと一緒に帰った。

「やっぱり神隠しじゃないんじゃない?」

「そうだね」

思ったよりへこんでいなかった。

「でもあの子供が殺されたとも言い切れないんじゃない?」

「いや殺されたね。これは憶測だけど、

 あの神隠しは本当はウソなんだよ。迷信じゃなくて、ウソ。」

「どういうこと?誰かが作ったってこと?」

「そう。近くの村が作ったんだよ。殺人を隠蔽するために。あの記事を見てから色々調べたんだけどあの山の近くにあった村にはもう一つ風習があって始めてきた旅人にはあの山に参拝を強制させるんだ。邪なモノを落とすためという口実の下に。

そしてその旅人たちが殺害されてあそこにいたってわけ。」

「何のために殺されたの?」

「多分生贄にされたんだ。旅人を生贄にすることはよくあるからね。」

「なるほど」

それからはBの生贄に関する長ったらしいウンチクを聞いて家に帰った。

家に帰って考えてみた。女は自らの殺人を山の神隠しの伝統で隠した。

だが、その神隠しは本当は生贄を隠すためのものだった。

あれ、じゃあなぜあの男児の遺体は生贄たちの近くにあったんだ?

でもあの死体が男児のものだとは決まっていないし、

考えるのは止めにしよう。怖いし。

 この話が進展を見せたのは1週間後で、警察によると白骨死体のうち一つがあの失踪した子供のものだと断定された。

死因は頭蓋骨が貫かれていることによるのが確認できたため他殺ということも確定された。警察は事件性があるとして調査の方向性を変えて調査している。

他殺と判断したのはそれだけが理由ではなく、

死体の近くから白いワンピースのようなものが見つかったらしい。布と呼べるかわからないほどの損傷だが、あの不審者の格好と類似しているものだ。

返り血がついたので捨てたのだろう。不審者は今も逃走しているらしい。

私からして見れば犯人は人の皮を被った化け物だ。

そして、それが今も逃走しているなんて隣の市の私からしてみれば恐怖でしかない。

本当に警察には頑張ってほしい。

ただ3つ疑問が残っている。

なぜ素手の女が頭蓋骨を破壊できたのか。

2週間後に監視カメラに写った男児は何だったのか。

なぜ、生贄の遺体の近くに男児の遺体が捨てられていたのか。

そういえば最近、△△市の近くの山間部で失踪事件がまた起きているらしい。

最近はとても物騒だ。


 8月の暑い日に少年は虫を取りに山へと向かった。

そして時刻はもう6時、彼は今山の中で迷っている。日は落ちかけて、空は宵に包まれようとしている時、少年の後ろから不意に足音が聞こえた。蝉の音が煩い中に。

彼が振り向くと、そこにはワンピース姿の女がいた。

帽子もつけず、何も持たず、ただ汚れたワンピースだけを着て。

傾く太陽のみに照らされた顔は何も色を持たず、まっすぐと少年の方を見ている。

彼は助けが来たと安堵した。が、その姿に少しの疑問を持った。

助けに来たなら何かしらの声はかけるはずだし、まず山を薄いワンピースを着て登る人間がいるだろうか。

少年はその女を、昔見た心霊ビデオに出てきた幽霊に重ね合わせる。

心臓の鼓動が早くなる。彼の耳には自分の呼吸音しか聞こえなくなっていた。

「あれは救助ではない。逃げなければ。」

彼の人間の生活でなくなりかけた本能が、彼に危険信号を送る。

刹那、彼は走り出した。心臓は今までないほどに早くなっている。

自分の激しい足音の他に後ろからの足音も彼には聞こえていた。

振り返る。女は追ってきた。走り方は到底人間のものではない。

関節の可動域を無視した、獲物を捕まえるためだけの走り方。あれは幽霊なんかじゃない。

「ヒト」の皮を被った化け物なんだ。

少年には叫べるほどの息なんて残せなかった。肺の酸素はすべて足に向かう。

ただ走る。逃げる。

道かもわからない山中を逃げる中、少年は体が浮く感覚を覚えた。

彼は転んだ。彼は顎を打って、幸いにも意識は消えた。

あっという間に少年のもとにそれは来た。

それは自らの「ガワ」を脱ぎ、そして口のようなもので少年の頭蓋骨を貫く。

脳を啜り尽くしたら、次は首に刺す。久しぶりの食物。何年ぶりだろうか。

昔のように餌が自分から来るわけではなくなったのだ。

そしてそれは少年の中のモノを啜り尽くした。

彼の背中をメスのような物で切開し、入るのに邪魔な骨を取り出す。

少年だったモノの中にそれは入り込む。

子供の皮なんて久しぶりだったので、少々着るのに手間取っているが、

5分もしたら着られた。

「もうこの山に餌もやってこないし、他の山に行こうかな。」

そんなことを思っているうちに、遠くからヒトの鳴き声がする。

バレてしまわないうちに急いでそれは骨と自らの古い皮を持って、自作の処理場へと向かう。処理場といってもただの穴だが、ヒトにはめったに見つからない。

骨と古い皮をその中に捨てる。

このままこの山にいても昔みたいに餌はないし、

存在がヒトにバレてしまうかもしれない。

ならば他の山に行ってしまおう。

決心した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

纏うもの Casket @yamatosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画