小さな変化

@jpugb

 

大学生の栗木は、バイトや大学生活のストレスから解放されたい一心で、普段は寄り付かない雑木林に足を運んでいた。夜の静けさに包まれた中を歩く栗木は、雑木林の奥にある一本の御神木に気づいた。「こんなところに御神木が…」栗木は呟きながら、興味津々で近づいた。御神木は異様な空気を醸しており、その周囲には神秘的な光が漂っていた。栗木は、無意識にその光に引き寄せられるように手を伸ばした。「なんだろう、これ…?」彼は不安と好奇心の入り混じった気持ちで、その光に触れてみた。その瞬間眩い光に包まれ、目の前は見慣れた自分の寝室だった。「なんだったんだ今の」状況の整理がついていなかった栗木だが体が何かおかしいことに気づいた。彼の視界は低く、小さな手足が生えており、体全体が毛で覆われていた。慌てて鏡の前に立つと、そこにはリスのような姿が映っていた。「え、ええ?これ、どういうことだ!」栗木はパニックに陥り、必死で声を出したが、鳴き声のような音しか出せなかった。動物の姿で自分が何をどうすればいいのか、全く分からなかった。何が起きたのか、どうすれば元に戻れるのかを考える暇もなく、栗木はとにかくこの新しい体に適応しようと決心するしかなかった。栗木は、動物の姿になってしまった自分を受け入れるしかないと、まずはこの新しい体に慣れることから始めることにした。リスのような体は、小さな足と手、ふわふわの尾を持ち、動き回るのはとても不安定だった。自分の身体を少しでもコントロールしようと、栗木は部屋の中を歩き回り、物にぶつかったり、転んだりしながらも、徐々に動き方を学んでいった。「これが…手足の使い方か?」栗木は小さな声でつぶやきながら、クッションや家具に掴まって、少しずつ自分のバランスを取る練習をしていた。気分はまるで赤子のようだった。毎日のように、部屋中を歩き回り、物の上に登ったり降りたりすることで、リスとしての感覚を掴んでいった。しかし、普段の生活に戻ることは一筋縄ではいかなかった。食事はどうするのか、外に出るためにはどうすればよいのか、すべてが問題だった。リスの体で何を食べるべきかもわからなかったが、部屋の中にあったナッツや果物を試しながら、自分に合うものを見つけていった。特に気に入ったのは、ドライフルーツだった。「これ、こんな美味しかったっけ」栗木は小さな声で呟きながら、乾燥したイチジクを食べていた。普段の食事と比べるとずいぶん異なるが、腹が満たされる感覚に、多少の安心感を覚えた。その後、栗木は外の世界に出る方法を考えた。窓から外を眺めると、自分が今いるマンションの高さに驚愕した。リスのような小さな体でこんな高さから飛び降りるわけにはいかない。何度も窓を開け閉めしてみたが、結局出られず、諦めて再び部屋の中に戻ることになった。ある日、栗木がいつものように部屋を散歩していると、大学の友人である鳥井が彼の部屋を訪れた。栗木は鳥井に自分が変わってしまったことを説明したいと思ったが、もちろん声を出せるわけではない。鳥井は入ってくるなり、「栗木いるか?」と部屋を見渡し始めた。どうやら数日大学に来ない栗木を心配して来てくれたのだろう。栗木は必死に鳥井に近づこうとしたが、リスの栗木にとってこの部屋は山を登るような感覚に近かった。すぐに見つかることはなく鳥井は諦めて帰る素振りを見せていた。その様子を見て、栗木は必死に鳥井に向かっていこうとするが、鳥井は栗木の姿に気づくことはなかった。「どうしよう…」栗木は焦りながらも、鳥井に対して何か気づいてもらえるような方法を考えた。何かで鳥井の注意を引く必要がある。そこで、栗木は部屋の中に転がっていたペットボトルを使うことに決めた。ペットボトルを使って鳥井の注意を引くため、栗木はそれを使って音をたてながら鳥井に向かって「こっちこっち」と伝えようとした。しかし、リスの体では思うように動かせず、なかなか上手くいかない。鳥井は一瞬、あれ?というように部屋を見渡すように見えた。栗木はついにペットボトルの音が鳥井の耳に届いたことを期待したが、鳥井が玄関を出て行ってしまうのを、ただ見送ることしかできなかった。「こんなことじゃ、いつまで経っても元に戻れない…」。自分がどのようにして元に戻るのかも、どうやってこれから過ごしていけばいいのかも、全く見当がつかないままでいた。栗木のリスの体での生活は、日に日に厳しさを増していった。部屋から出られないことに加え、家の中の物がすべて自分の体には扱いづらく、気に入ったドライフルーツやナッツの取り扱いも難しかった。栗木は自分がこの状態でどのように日常生活を送るべきか、ますます迷っていた。その時、栗木は偶然に部屋の隅で古い紙くずを見つけた。その中に、彼が昔書いた旅行の計画メモが混ざっていた。「これは…」栗木はそれをじっと見つめながら、心に一つのアイデアが浮かんだ。紙くずの中には、彼がかつて行きたいと考えていた神社や自然に関する情報が含まれていた。もしかすると、この状況を打破する手がかりが、その神社にあるかもしれない。栗木はこの計画を実行に移す決意を固めた。家の中での行動が限られていたため、まずはリスの体で移動するための準備を始めた。しかし最初で最大の難関は部屋からの脱出だった。窓からの脱出は何度も考えたがやはり難しかった。そこで、栗木は部屋の中の他の出口を探し始めた。幸運なことに、部屋の隅にあった小さな換気口を見つけ、リスの体という小さな体型を利用して、何とかそこから外に出ることができた。換気口から外に出ると、悠介は外の世界に驚きと不安を感じた。リスとしての視界は非常に限定されており、地面に降りる際も慎重に動かなければならなかった。幸い、外の空気は清々しく、少しだけ安心感を覚えたが、目指す神社までの道のりは長く、困難を伴うことは明らかだった。旅路についた栗木だったが道中、さまざまな障害に直面した。特に、道を歩いていると、人や車の動きがリスの体には恐怖の対象となった。栗木は木々や石の陰に隠れながら、慎重に道を進んでいった。時には電車やバスなどの公共交通機関を使いながら目的地に向かった。時折通り過ぎる人々が不思議そうにリスの姿を見つめることもあったが、栗木はできるだけ目立たないように動いた。ようやく神社の近くまで辿り着いた栗木は、思わず息を呑んだ。夜の帳が降りる中、神社の電灯が柔らかく光り、境内は静けさに包まれていた。栗木は、この神社が自分を元に戻す手助けをしてくれることを強く願っていた。神社に足を踏み入れると、その神聖な雰囲気がリスの体にも感じられ、心の中に緊張感が広がっていった。境内を歩くうちに、栗木はあの時に感じた空気を醸し出す御神木の前にたどり着いた。薄暗い中で輝く御神木を見上げると、ついにその神秘的な力を感じ取ることができた。「この神木に何か秘密があるに違いない。」栗木は心の中で決意し、御神木に触れるべく近づいた。突然、栗木の体に奇妙な感覚が走った。全身が微細な震えを感じ、光が再び彼を包み込んでいくのを感じた。何か心地いいような、懐かしいような、そんな感覚だった。栗木は眠りに落ちるような感覚に包まれながら、リスの体が徐々に変化していった。やがて、光が消え去り、栗木の体が元に戻ったのか、目の前に広がる景色は再び人間の視界になっていた。「戻った…」栗木は自分の手を見つめ、ほっと息をついた。体は人間のものに戻っており、神社の静けさが心に安堵感をもたらしていた。栗木は、自分が元の姿に戻ることができた理由や、この神社の力がどのように働いたのかを完全に理解することはできなかったが、少なくともこの瞬間、彼は自分が再び人間としての生活に戻れたことを喜んでいた。栗木は神社を後にし、再び日常生活に戻ることにどこか寂しさをおぼえた。リスとして過ごした経験は、彼にとって大きな試練だったが、同時に自分の内面や周囲の世界に対する新たな視点をもたらしてくれた。彼はこれからも日々の中で、得られた教訓を大切にしながら、前向きに生きていこうと心に誓った。栗木は、リスとしての体験から無事に人間の姿に戻った後、日常生活に戻りながらも、心の中には深い変化があった。以前は当たり前と感じていた仕事や人間関係、日々の小さな喜びが、今では特別な意味を持つようになっていた。彼は毎日を感謝の気持ちで過ごすよう心掛け、どんなに些細なことでも大切にするようになった。「人生って本当に不思議だな」と栗木は思いながら、日常の中で新たな発見を楽しんでいた。リスとして過ごした経験が彼に教えてくれたのは、物事の価値を再評価し、小さな幸せに目を向けることの大切さだった。ある日、栗木は再び神社を訪れ、御神木の前で感謝の意を示した。「ありがとうございます。あなたのおかげで、多くのことに気づけました。」と心の中でつぶやき、静かに手を合わせた。この行為は、彼の心の中の感謝の気持ちを形にするためのものであり、一つのおまじないのように思えた。その後、栗木は自然保護活動やボランティアに参加し、リスとしての体験を通じて得た教訓を他の人々にも伝えることに努めた。彼は自分の経験を共有することで、少しでも多くの人が自然や身近な幸福に気づく手助けをしたいと考えた。栗木の人生は、リスとしての奇妙な体験を経て、より豊かで意味のあるものとなった。彼は日々の生活に対する感謝の気持ちを忘れずに、小さな幸せを大切にしながら前向きに生きていくことを誓い、日常の中で新たな喜びを見つけることを楽しんでいた。

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