彼の鎮魂歌

@izumiryoukawa

第1話

 これは10年前の夏に私が体験したことだ。その日、私は合コンに行っていて、帰路に就いたのは夜11時だった。私の家は最寄り駅まで車で約20分くらいのところにあり、その最寄り駅は利用客が少なく、駅員もいない、いわゆる無人駅だった。駅に着いた私は親に車で迎えに来てもらうことにし、車が来るまで駅のベンチで座って周りの音に耳を澄ませていた。いろいろな音が聞こえる。虫の鳴き声、木々のざわめき、誰かの足音。その時私は疑問を感じた。こんな夜中に誰が来たのだろう?終電はもうとっくに行ったのに駅に何の用があるのだろう?足音が私の近くで止まった。顔を上げるとそこにはマスクをかぶった何者かがいた。私は戦慄し、声を出せなくなった。そしてそいつと目が合った瞬間、私の腹にはナイフが刺さっていた。薄れゆく意識の中、私は走馬灯を見た。小学生の頃から周りに美少女と言われてきたこと、高校生の時に友達が好きだった人から告白されたことがきっかけで、友達がいなくなったこと、社会人になってからは飲み会で上司たちにつまらなくて品のない話を聞かされる役になっていたこと。これまでの後悔や苦痛を思い出しながら、私は社会の不公平さを恨んだ。そして、私の意識は途絶えた。

 私が目を覚ましたのは翌年の春のことだった。目が覚めた私はまず周りの状況を確認した。ここはどこだろう?周りに大きな柵が立ててある。とりあえず立ち上がろうとしたが体が言うことを聞かない。それに頭が重い。次に私は誰かを呼ぼうとしたが口がうまく回らなかった。しばらくした後、女の人が来た。

「あら、起きたのね」

と言いながら、その人は私を抱きかかえた。この人はだれだろう?抱きかかえられながら私がいた場所をチラ見すると、そこにはベビーベットがあった。なるほど、前世の記憶を持つ子供の存在を昔聞いたことがある。今の私はそういうことだろうか。と勝手に解釈していると、男性の声が聞こえた。

「おい、飯はまだか、専業主婦の癖に使えねえな」

こっちはこの女の人の夫だろうか。典型的なモラハラ夫だ。

「ちょっと、そんな大声出さないでよ。雷人が起きちゃうじゃない」

女の人が言った。男は私に睨みを利かせて部屋を出て行った。男の人が出て行った後、私は男が出ていったほうの扉を睨み返してやろうと思ったが、表情筋がうまく使えず、代わりに涙が出てきた。そして私の意思とは関係なく、大きな泣き声も出てしまった。なぜか泣き声を止められない。私が私じゃないみたいだ。女の人は私をあやすのに必死だった。今思い返せば、これも”彼”の仕業だったのかもしれない。

 私が”彼”の存在に気付いたのは、3歳の時だった。相変わらず父親はモラハラ夫で、毎日のように私を泣かせていた。いや、正確には私の中のもう1人の私を、だ。その日も父親に泣かされ、部屋に戻ると、”彼”が私に話しかけてきた。

「なんで君は泣かないの?」

誰に話しかけられているかわからずびっくりしたが、すぐにその人の正体がわかった。雷人(この体の本当の持ち主)だ。今は、頭の中から話しかけられているのだ。おそらく私がいたことが原因で3歳児ではありえない言語能力と知能を手に入れてしまったのだろう。

「だってあいつ、ただの有言不実行じゃない。あんな脅し、聞いても意味ないよ」

「でも、泣いてるそぶりをしないと怒鳴り声とか暴力全然止まんないじゃん」

驚いた、そんな事を考えながら噓泣きをしていたのか。続けて、彼は言った。

「あいつ殺していい?」

私は冷や汗を流した。こいつが行動を起こせば私には止められない。速く説得しなければ

「そんなことしたら警察に捕まっちゃうよ。それに収入がなくなるよ」

「確かにそれは困るね」

 素直に納得してくれたみたいだったが、このままだといつか”彼”が父親を殺すかもしれない、そうなる前に私が止めなくては、そう感じた。それから2年間、私は父親のモラハラの証拠を集め、5歳の時に児童相談所に持っていった。その数日後、裁判が開かれ、母親は離婚を決意し、その日のうちに私は母と一緒に母の実家へ行った。夜になると、”彼”が話しかけてきた。

「なるほど、衝動的に殺しちゃいけないってことだね。じっくりと時間をかけて計画を立てれば、自分が逮捕されずに殺せるんだね。」

私は”彼”になんてことを教えてしまったのだろう。私は”彼”の怪物を目覚めさせてしまったのだ。その日から”彼”の活動時間が増え、私は1日に3時間程度しか体を動かせなくなった。

 ”私”は毎日恐れていた。彼が何かをしてしまってはいないだろうか。目覚めたときに手が血で染まっていたらどうしよう。幸い、まだそんなことはなく、目覚めたら先生に怒られているということがたまにあるくらいだ。

 小学校に入ってしばらくすると、彼は”私”の前世について興味を持ち出し始めた。彼は1日に1つだけ”私”についての質問をしてくる。”私”は彼が殺し以外に興味を持ち始めたことがうれしくて、その質問に快く答えてあげていた。そして教えた1つの情報から、次の日には10の情報を披露してくるようになった。彼の披露してくる情報はすべて当たっていた。8歳になる頃には、彼は”私”よりも”私”に詳しくなっていた。

 ある日彼は言った

「今日の放課後隣町の稲荷神社に行きたい」

「何しに行くの?」

”私”は言った

「内緒」

この一言で、”私”が何を言っても意味がないと分かったので、それ以上聞かないようにした。放課後、彼は稲荷神社にいた。彼が何をしたいのかがわからないまま、そこで1時間待っていると、何者かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。彼は身を隠しながら、足音の正体を見た。そこにいたのは、30代くらいの女性だった。”私”はその人の顔を見た瞬間、懐かしい気分になった。顔があまり変わっていなかったため、美優だとすぐに分かった。美優とは、小学校時代からの友人で、高校生になって友達がいなくなった時もよく話しかけてくれていた。”私”は彼に聞いた。

「美優をどうするつもり?」

彼は答えなかった。”私”は彼に怒鳴ろうとした。だがその瞬間、美優が突然しゃべり始めた。

「鈴、どこにいるの?」

”私”は1瞬フリーズした。鈴?ああそうだ、”私”の前世の名前だ。なんで”私”がここにいると知っているのだろう?美優は続けて言った。

「久しぶりだね、いるんなら顔を見せてよ」

ここで”私”は嫌な予感がして、彼に言った。

「出ないほうがいい」

だがこの忠告を無視して、彼は出て行ってしまった。

「あなたは誰?あのメールを送ってきたのはあなた?鈴とどんな関係?」

美優は今までに見たことがないような怒気を含んだ表情で矢継ぎ早に質問をしてきた。

彼は冷静に言った。

「メールでも言ったように、私は鈴の生まれ変わりだよ。あのメールに書いたことは私とあなた以外に知っている人いないでしょ。今日は私が生きているってことを美優に知らせたくて呼んだんだよ」

美優は怒り顔でも真顔でもない、中途半端な顔になった。

「・・・また会えてよかったよ」

「用はそれだけだよ。じゃあまたね」

彼はそう言うと美優に背を向けて階段に向かった。

”私”は彼が美優に何もしなかったことに安心した。

 

 あれ、そういえば、なんで”私”は今までのことを思い出しているんだろう。そうだ、これは走馬灯なんだ。この話には続きがあるんだった。 

 

 安心した”私”は、なんで彼が美優に会いに来たのかが気になった。

「ねえ、雷人、今日はどうしt」

その時後ろから誰かが”私”を押してきた。神社にいたのは”私”と美優だけだったから、すぐに美優がやったことだと分かった。彼は押してきた美優の手を掴んだ。掴まれた美優は彼と一緒に階段から落ちていった。階段の途中で私たちは止まった。彼は意識を失い、”私”の意識がはっきりとした。久しぶりの感覚だった。全身が痛い。横には動かなくなった美優がいた。そうだ、”私”が感じた嫌な予感の正体を思い出した。美優の息づかいが前世の”私”を刺した人と似ていたんだ。彼は”私”について調べていく中で、美優が犯人だと気づいたのか。

その瞬間”私”の意識が途絶え、目の前は真っ暗になった。

 

 目を覚ますと、私は白い部屋にいた。

「ここは・・・?」

「ここは病院だよ」

同じ部屋にいる人が答えてくれた。

そうか、私は生きていたのか。その時、私は自分の頭に違和感を感じた。”彼”が目を覚まさない。それに”彼”の記憶が私のものになっていくような感じがした。私はすぐに理解した。私は雷人になったんだ。

10年間私の隣にいた不安な存在はいなくなり、私の人生が再始動したんだ。

これからはどう生きよう?故郷に帰って親の顔でも見に行こうかな。高校時代の同級生たちはどんな人生を歩んでいるんだろう。彼の記憶を見ればわかるかな。そんなことを考えていると、市のアナウンスが聞こえてきた。いつもはあまり注意して聞いていなかったが、この日は聞き覚えのある名前が聞こえてきたので聞き流すことができなかった。

「こちらは〇〇警察署です。行方不明者のお尋ねをします。〇〇市にお住いの宮島敦さん、35歳。特徴は、~~~~~~。△△市にお住いの佐藤美佐江さん35歳。特徴は、~~~~~~。」

聞こえてきた名前は高校時代に私をいじめていた人のものだった。私は恐る恐る”彼”の記憶をたどってみることにした。

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