チキンな人生

燐寸箱

第1話

「鶏介ってチキンだよな」周りからいつも言われる言葉。僕は言い返すことはできない。実際、僕はとても臆病者だから。高校生になってからの出来事だけでも、思い当たる節が沢山ある。例を挙げるとしたら、自分の意見を言えずに周りの意見に流されてしまうとか?友達を自らつくりに行けないとか?気になる異性に思いを伝えられないとか?というように沢山あり過ぎて思い出すのにはキリがない。こうやって臆病な僕の行動を思い返すだけで僕は自分自身がより嫌いになっていく。だから、「チキン」という言葉は自分の弱さを指摘されているようで不快だ。僕の名前は「鶏」介で、こうやって揶揄されるのは仕方ないと自分を納得させていた。僕はただ枕に顔をうずめて動かなかった。

僕が気がつくと、少し視野が狭くなっていた。僕は寝起きだからだと思い、頭を動かして周りを見た。日は出ていなかったが辺りは少し明るくなっていた。周りには数羽の鶏。「え?」思わず声に出して驚いてしまった。僕は混乱して思考が止まった。僕が混乱している間に、朝日が出てきた。その瞬間、周りの鶏が鳴き出した。「コケコッコー」僕はその声を聞いて自分も叫びたくなった。「こけこっこー」と少しぎこちない声で鳴いた。僕はこの時確信した。僕は鶏になったんだと。だが、それが分かったところで元の姿の戻り方がわからない。多分ここは小さな養鶏場。とりあえず、ここを出て何処なのか知りたかった。僕は夜の方が脱走しやすいと考え、1日ここで過ごすことにした。

夜になるのを待つ間、他の鶏たちの行動を観察した。観察していてまず僕が驚いたことは、どの鶏も顔の特徴の細かな違いが識別できることだ。僕は自分の観察眼に感心していた。他にも、クチバシを何度もつついて餌を食べるだけでなく、餌などの物の運搬、羽の手入れなど、人間の手と似た用途で使われているとわかった。少し経つと人が入ってきた。そして卵を回収してまわった。当然、鶏は大きな声で鳴き出し「やめろ!とるな!」と人に警告していた。僕はその鶏が怒っているのを見て、可哀想だと思い、自分もイライラしていた。僕は映画などを見て泣くタイプじゃない。普段感情移入しにくい僕だからこそ、鶏になってから自身の感情が豊かになったと感じた。卵を取られた鶏の会話が聞こえた。「隅の方だとすぐ卵が見つかってしまうから、物陰に卵を産もうかな」と宣言していた。これまた驚いた。人のように傾向と対策を考えていた。また別の鶏の会話も聞こえた。「今日で何回くちばしをつついた?俺は12000回だ。」「俺は13000回だ。よし、勝った」内容は薄かったが、この会話で鶏には数字の概念があることがわかった。観察したり、会話を聞いて思ったことは、人間と変わらないコミュニケーション力と知識であることだ。そうならば、なぜ「チキン」は臆病者と称されるのだろうか。様々な鶏を見ていると、羽が薄くなって肌が見えている鶏がいた。肌はとてもブツブツしていた。これが鳥肌か。また、自分の視野の狭さにはずっと苦労していた。頭を毎回動かすことがめんどくさかった。周りの鶏たちもキョロキョロと頭を動かしていた。この光景が挙動不審な人と重なった。常に怯えているように見えた。鶏はただ周りを確認するために頭を沢山動かさないといけない。鶏で生活するのも大変だと思った。

鶏を観察している間に時間は過ぎ、すでに日は落ちて夜になっていた。起きている鶏は僕一羽だけだった。今なら他の鶏には見つからないだろう。ただ、もし脱走しているところを人が見つけたら、確実に捕まえられて、殺されるかもしれない。でも、そんなことは気にしなかった。僕は今、脱出する事を即決した。ワイヤーをくぐり抜け、柵を越え、くちばしを上手く使ってこの養鶏場を抜け出した。ついに外に出れたと思ったら、視界が真っ白になった。

気がついた時には僕の部屋にいた。スマホを確認すると朝の6時。日付は次の日になっていた。人に戻れてとても安堵した。とりあえず、朝の支度をして学校へと向かった。学校に着くと、僕はいつも通り数人の友達と大騒ぎしていた。その会話の中で「鶏介はチキンって名前がお似合いだな!」と少しふざけた様子で言われた。この時、僕が鶏になってしまった夢?を思い出した。鶏は肌や動きだけで臆病者の例えになってしまっている事を。実際、臆病者な鶏なんていなかった。卵を取られた時も必死に抵抗する勇敢さ。他の鶏の気持ちを汲み取る感情の豊かさ。僕が鶏になって一番凄いと思ったのは、鶏の決断力と勇気。鶏になった僕は何かを行動する時に迷わず突き進んでいた。普段の僕なら、ビビって何もできないまま過ごしていただろう。鶏になったお陰で、鶏に対するイメージが180度変わった気がする。だから、「チキン」と言われても嫌な気持ちはしなかった。僕はその言葉に対して「そうだろ?」と明るく返した。鶏はいつの間にか僕の憧れの存在となった。

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