第17話 ドーナツ

「ほら、見て下さいませ! 美味しそうではございませんこと!?」


 何せそうスマフォを見せてくるニコニコ顔に、ないんだよね。屈託くったくが。

 ともあれそこに映っていたのは縦画面向けのショート動画で、


「これ、ドーナツかな? 凄いね、プニプニだ!」


 楕円形だえんけいかつキツネ色にげられたそれは、パッと見よくあるジェリードーナツだ。

 だが上からプニと押されても、すぐにプニと元の形へ戻り、え、何これ可愛い。

 加えて、割れば中から大量のクリームがあふれて出て、うわわ、美味しそう!


「この会場について調べてる時、見つけましたの。腹持ちもよさそうですわ」

「どれどれー。げッ、動画サイトっすか」


 気になったのか、ひょいと顔を割り込ませてくる咲良ちゃん。

 しかしその表情は、画面を見るなり苦い色へと変わる。


「あれ? 嫌いなの? 動画サイト」

「意外ですわ。てっきり大好きなものかと。ほら、芸人さんも多くやられていますし」


 ボクと碧姫あきさんはそろって首を傾げる。その問いにも咲良ちゃんは、苦いの顔のまま、


「第一印象の問題っすかねぇ。かつては『芸人が動画サイトに行くのはダサい』みたいな風潮ふうちょうがありやして。だから、思っちゃうんす。面白いとかひょうされても結局信者に囲われてるだけじゃねと言うか、片や何を思ったのか文化人に移行しようとしてて滑稽こっけいと言うか――――」

「ス、ストップ! わかった。うん、苦手なのはよくわかったから」


 思い当たる節のある例え、やめよ? その人もファンも怒らせるから。

 相変わらずのお笑いセンスにきもを冷やす中、当人は落ち着いたようで、


「けどまあ、今や動画サイトがメディアの主流しゅりゅうっすもんねぇ…………」


 投げ出すように椅子に腰掛こしかけ、そのままダランと天をあおいだ。


「…………いつまでも苦手なままじゃ、アタシもダメっすよね」


 そうして呟かれた言葉は、雨のようにその場へ染みこむ。


咲良さくらちゃん…………」


 応援されたことで、彼女の中で何かが変わったのかもしれない。

 その仕草は、不本意なものをこらえ、飲み込むかのようだった。

 って、いやいや、これ、動画サイトの好き嫌いの話だよね?

 あまりに神妙しんみょうだから釣られたけど、本来もっと軽い話と言うか。


「よし、覚悟かくご決めやした! アタシ、ドーナツ買ってきやす!」

「ドーナツ!? え、いつからドーナツの話してたの!?」

「環希さんのお腹が鳴った頃から、ですわよね? それでワタクシが提案ていあんして」

「そんなこともあったけど! どう考えても途中、覚悟的のはさまったと言うか」


 ボクの指摘してきに、二人して首をひねる彼女達。

 も、もう、わかっててやってるよね!? いや碧姫さんは天然かもだけど。


「クク、行きやしょう、碧姫さん。今回は碧姫さんの力も必要みたいっす」

「ええ。了解致いたしましたわ。ワタクシ達の力を見せてやりましょう」


 何やら通じ合った様子で彼女達は言葉を交わす。


「ま、待って。買いものならボクも――――」


 そう手を上げる理由は、買いに行かせるなんて悪いから、だけじゃない。

 この二人を組んで行動させるのは、え、怖くない? 絶対何かする。現に、二人にさせたら練習をサボって河川敷かせんじきまで来た前科ぜんかも、いや、あれは逆に何もしなかったんだけど。


「いいえ、環希たまきさんはダメっす。アタシらの中じゃ、一応人気者側っすから」

「そんなこと…………。確かに人気者なら、今出るのはマズイけど…………」


 握手会を開いていた以上、出歩けばファンと鉢合わせる確率は高い。

 それで騒ぎに、うん、ならないよね。ボク達の場合、黎明さん以外は。


「何にせよ、一人は楽屋に残っておくべきと、ワタクシも思いますわ」

「碧姫さんまで…………」


 彼女もボクを人気者扱いして、ってわけではなさそうだ。


「これから黎明くろあさんも戻られるのです。そのさい、無人ではさびしいですわ」

「そ、そうだね。寂しいだけで済まされる気もしないけど…………」


 遊びに行ったか、もしくは帰ったと思われるんじゃないかなぁ?

 その際『プロ意識がない』云々と、しかられるのは容易よういに想像出来た。


「んじゃ、そういうことで。大丈夫っすよ。全員分買いやすから」


 そう言い残すと、二人はそれぞれ楽屋内の更衣室へと潜り込む。

 まあ、そうだよね。まだボク達、ライブでの衣装、着たままだもんね。

 黒のドレスで出ていくのは、それ単体で場に合わなすぎるもんね。

 その辺の分別ふんべつは付いてるんだ、なんて感心かんしんは置いといて。


「プロデューサーさんの分は如何いかがなさいます? ドーナツ」

「あー、あの人には領収書だけ渡せばいいんじゃないっすか?」

「なるほど。確かに、生えてましたものね。ヤギみたいな角が」


 カーテンをへだて、衣擦きぬずれの音と共に聞こえてくる、彼女達の会話。

 紙を食べさせるかのヤバい話も出たが、ボクは割り込めなかった。

 ファンとの交流を経て、咲良ちゃんは成長しようとしている。

 碧姫さんだって状況を自然体で受け止め、一歩一歩進んでいる。

 なら、ボクは? 本格的にアイドルを始めてから、ボクは何か変われたの?

 ドーナツを買いに行く、なんてことで何か変わるはずもない。

 そんなのはわかってる。わかっていながら、ボクはつぶやく。


「…………やっぱり、ボクも行くべきだったのかな」


 このままでは皆に、追いつけなくなる気がして。

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