五章 握手会
第16話 楽屋
八月下旬。初めてのライブから、
毎週毎週、仕事仕事に追われる日々だったゆえ、そりゃ瞬く間とも言いたくなる。
日付を見る間もない毎日だったが、それも今日、ようやくの
つまり、今日までボク達が追われていた仕事とは、その
そんな状況に立たされるなど、初ライブ頃のボクが聞けば、まず間違いなく信じない。現代のボクだって、真剣に
しかし当日である今日、実際にそのイベントを今、こなしてきたわけで、
「お客さんと話すの、
リリースイベント。CDの発売に合わせて行われる、
それがリリイベの一般的な形であり、ボク達のも同様だった。
場所もショッピングモール内のイベントスペースと、まあ普通だ。
「やっぺ、もう来たっすよ!
「
普通、ではないね。そしてそれ、
「おぼんはどうなさいます!? これだけ残るのは不自然ですわ!」
「平気っすよ。ほら、こうしてサイコロを二つも置いとけば」
「まあ! お菓子のお盆が賭場に様変わりですわ!」
「…………二人共元気だね。ボクはもうヘトヘトで」
最早立ち上がることも
「お疲れっす、
「ワタクシ達も
疲れた風で二人は言うが、そうやって隠したの、多分お菓子だよね。
それと一緒にされるのは、少しどうかなー、とは思うけど。
「そうだね。握手だと、お客さんとの距離も近いから――――」
ボクが隠さなきゃいけないもの。それは当然、性別である。
結果、バレることはなかったが、
「けど、楽しかったはずですわ。ワタクシなんて一人一人が嬉しくて」
「そうっすね。そりゃ
「黎明さんは、何と言うか、別格だから…………」
CDを
であればボク達の場合、黎明さんばかりに人が集まるのも、
誰も居なくなったから、とボク達が楽屋に戻る一方、彼女は今も握手に
「とは言え、応援された以上、頑張ろうー、って気にはさせられやすよね。まあ、アタシみたいなチンチクリンが構われるのなんて、
ヘラヘラとした笑みで彼女は言うが、そこにはどこか
一方、そんな
「箱を推して、咲良さんを推しますの? 咲良さん、箱でしたの?」
「箱とはグループっす。つまりグループ全体を応援する、みたいなことっすよ」
「なんと! ではワタクシも箱の一部でしたのね! むむぅ、興味深いです」
そう言って碧姫さんは、自身の足やら背中やらを、身体を
「い、いや、別にどこかが箱になったわけじゃない、と言うか…………」
思わず言ってしまったが、反論したいのはそこじゃない。
「咲良ちゃんの応援だって本物だよ。ほら、MCでも皆笑ってくれてたし」
ボク達を
咲良ちゃんのブラックな冗談でも、引く人は見受けられなかった。
「確かに。アイドルのMCって、ファンがお世辞で笑うもんすもんね」
「なるほど! つまり、笑わせられたらその人はファン、と!」
「違うよ!? いや、話をまとめるとそうなるかもだけど!」
本当に面白いアイドルだって居るし、ファンとはもっと複雑だ。
だけどそう熱弁するより先に、ぐぅ、とボクのお腹が口走る。
「――――――ッ!」
なんで、よりによって言い出す直前の、この絶妙な間で!?
イベントを終えて気が緩んだのかな!? なら
「おやぁ、環希さん。最近はお腹でも喋るようになったんすかぁ?」
「うふふ、聞こえましたわ。エンコだよぅ、だそうですわ」
おかげで咲良ちゃんには弄られ、碧姫さんには微笑まれてしまう。
「仕方ないんだよ。イベントの緊張で何も喉通らなかったんだから」
一瞬で熱くなる頬。まるで弁に乗るはずの熱が溢れたかのようだった。
「そういう話でしたら、実はここ、オススメのスイーツがありまして」
言いながら碧姫さんはゴソゴソと、鞄から自身のスマホを取り出す。
その際、押し込んでいたお菓子が落ちたが、それはくれないんだね。
まあ別にいい。彼女も多分、悪気があって隠してるわけじゃない。
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