第15話 はじめまして、ボク達――

 高架下こうかしたの決戦から約一週間が経過した、ライブ当日。

 ボク達は四人、薄暗いステージそでにて出番を待っていた。

 今回のライブは演者が入れ替わりで現れる、所謂いわゆる対バンだ。

 現在歌われている曲が終われば、次はボク達の番。

 衣装に着替え、メイクも整えた。見た目の準備は万全である。

 一方、ボクの心はダメダメだ。出来ることなら延期したい。


「二百人って聞いた時は、何とかなる気もしたんだけど…………」


 ライブの規模きぼで言えば少なく見える数字も、いざ目の当たりにすると全然違う。

 演者の煽りや曲の決めに合わせ、皆が声を上げたり手を振ったりするのだ。

 その熱量や狂乱は、数万人規模のステージにも引けを取らない。

 対し、ボク達は、黎明さんを除いてこれが初舞台なのである。

 だから、うん、緊張で手が震えたり弱音が出たりするボクこそ、普通の反応なのだが。


「今日の対バン、ヴィジュアル系バンド主体の企画なんすよね。あいつら、まだこんな群生ぐんせい出来るほど生き残ってたとは、正直驚きっす。女性問題でボコボコ消えてくイメージと言うか、でもそっか、結果繁殖力も強いから大丈夫だった、ってわけっすね」

短命たんめいだけどすぐえる哺乳類とか、まるでネズミね」

「つまりここはネズミの国と? ワタクシ、お城が見たいですわ!」


 咲良さくらちゃんも碧姫あきさんも、黎明くろあさんと一緒に軽口を叩いて、え、何なの?

 普段通りなのはいいことだ。この一週間で互いの距離が縮まったのも嬉しい。

 でも、袖なのにさわぎすぎと言うか、発言内容にも、え、ディス強すぎない?


「皆、もう少し大人しくとか…………、一応ボク達、場違ばちがいなんだし」


 楽曲の雰囲気こそ似てはいる。だけどボク達はアイドルなのだ。

 衣装も、うん、楽曲の雰囲気に合わせ、黒基調くろきちょうのドレスなのだけど。

 そういう系統けいとうの服、演者でも客席でも、結構見掛けてはいるけれど。

 あ、あれ? 思ったよりボク達、場に馴染なじんでる…………?


「問題ない。ヴィジュアル系とは、元来がんらい、オレ達悪魔が与えた概念がいねんだ」

「東條さん…………。そ、そっか、諸々考えた上での、ここなんだね」


 振り返ると彼が居た。

 多分、ステージ直前のボク達を心配して、来てくれたのだろう。

 何やかんや東條さんは、ボク達を手厚くサポートしてくれていた。

 曲等は言わずもがな。衣装だって、質の高さは生地でわかった。


「そういうこと。ここはアンタが恐れるような舞台じゃないわ」


 黎明さんが言う。経験の深い彼女には多分、何かが見えていたのだ。

 大丈夫。そうわかるから咲良ちゃん達の軽口にも乗ったのだろう。


「うん。わかったよ――――」


 そろそろ曲が終わる。場面的には緊張も頂点に達するところだ。

 だが、それとは裏腹にボクの心は、平静を取り戻しつつあった。

 そうだね。きっと出来る。何せ会場に居るのは全員、味方なんだ。


「城もあるっすよ。こいつら、そういうホテルにすぐ集まりやすから」

「ネズミさん達の集まるホテル? 何か美味おいしい残飯ざんぱんでもありますの?」

「そうっすね。確かにそこで食べるっすよ。ファンと言う主食を――――」

「ふ、二人共!? ここが本来ヴィジュアル系のホームって、忘れてない!?」


 そんな悪口ばっかり言って、え、全員のこと、敵にしたいの?


「落ち着きなさい。私達の話なんて誰も聞いちゃいないわ」

「く、黎明さん? そ、そっか。そうん、そうかも…………」


 信じてはいない。でも自分に言い聞かせるように、ボクは呟く。

 そうだ。今は第一に落ち着かなきゃ。本番に向け、せっかく気持ちが固まってたんだ。


「それにほら、ヴィジュアル系って女装とかするらしいし。同類の絆はきっと固いわ」

「黎明さん!? え、ボクを落ち着かせたいの? 焦らせたいの? どっち!?」


 百パーセントの動揺で、ボクは声を荒げる。

 だって、性別のことがバレたら、ボクは一発で全世界の敵に――――。

 いや、違うか。例え何があっても彼女達だけは、味方で居てくれる。

 そういう仲間だよね。何せ、すでに動機まで知った上でこれだもの。


「冗談よ。さ、そんな話をしてるうち、そろそろ出番かしら」

「あー、もうっすか。しゃーなし、いっちょ真面目に働きやすか」

「ワタクシ達の初陣ういじんですわね。名乗なのりはお任せしましてよ。リーダー」


 リーダー、か。そう言うのが必要、って誰が言い出したかは覚えてない。

 ともあれ皆をまとめ上げた功績こうせきから、そこにはボクが選ばれた。

 ようは押しつけられたわけだが、それもある種、信頼、なのかな?

 そう思うと、いよいよもって、ボクの中から緊張も弱音も消え、


「――――うん! 頑張るよ!」


 そうしてボク達はやがて出番を迎え、ステージへ立つ。

 上がる歓声。まあわかってる。これは気遣きづかいのようなものだ。

 ここには、ボク達を目当てに来た人も、ましてファンなど居ない。

 けど、拒絶はされてないと言うか、やはり同族なのだろう。

 観客席に居る面々は、カラフルな髪色だったりで、少し怖い。

 一方こちらも黒のドレス姿で並び、世間的に見れば双方異質だ。

 けど今のボクにとっては、けして悪くない居場所で、

 そしてボクは、ボク達としての産声を響かせるのだった。


「――――はじめまして! ボク達、マリシャステラです!」

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