第14話 仲間達

「そ。じゃあ私達、案外似た者同士なのかもね」

「似た者同士…………?」


 首をひねるボクに対し、次は私の番、とばかりに黎明くろあさんは立ち上がる。

 彼女は足元から石を拾うと、眼前の大河たいが目掛めがけ、思い切りほうった。


「私もアンタと同じ。夢物語をいて、こっち側に飛び込んだのよ」


 ポン、と上がる水飛沫みずしぶき些細ささいだが、確かにそれは水面を揺らした。


「そもそもの話、私は別に、アイドルとか興味なかったの」


 まあ、そうだよね。でなきゃ多分、セラフィドールでの成功は捨てられない。

 けど、あれほどの実力者だ。無関心なまま業界に入ったわけでもあるまい。


「けどある日、アイドルの密着番組を目にしてね。気持ちは一変したわ」


 多分ドキュメンタリーものだろう。結構なアイドルがそういうの、出してるし。


「アイドルなんて軽薄けいはくな仕事だと思ってた。でも画面上の彼女達は違った。皆、必死だったの。必死に練習して、必死に挑戦して、その先に待つ観客をただ、楽しませてた。これって凄いことじゃない? だって言うなれば、自らを喜びの体現者たいげんしゃとして生まれ変わらせたのよ? そのり方に感動して、あこがれて、だから私はこの業界に足を踏み入れたの」

「練習して、挑戦して、喜びの体現者に…………」


 そう真摯しんしにやってきたからこそ、今の実力があるのだろう。


「私の活動は順調だった。すぐに人気を博して、異常よね」

「そ、そんなことないよ。それは黎明さんが頑張ったから」


 つい口を突いたが、その努力を踏まえても『異常』だったのだろう。


「ここが努力で評価される世界なら、私は今でも天使側でしょうね」


 そう目を伏せる表情には、寂しさのようなものが滲んでいた。

 なるほどね、やっぱりセラフィドールは天使側で――――。

 その活動自体は嫌いじゃなかった、そう彼女の表情が暗に語る。

 それでもこの世界は、彼女に脱退を選ばせた――――。


「現実は違ったの。成功には、理不尽な選別せんべつとルールがあった」

「それって、東條さんが言った、天使や悪魔みたいな…………」


 そうだ。思えば彼女は最初から、その点に動揺してなかった。

 早々に天啓てんけいを使いこなしたのもそう。知ってただけなんだ。


「私、調べたのよ。幸い、お金もコネも、人気ゆえ持て余してたから」


 何も知らないかつての自分を思ってか、自虐じぎゃく気味に彼女は笑う。


「そうして私は真実を突き止め、事務所に叩きつけた。ま、最初は否定されたけど」

「み、認めさせたんだね…………。さすが、黎明さんと言うか…………」


 真実から逃げなかったことも、事務所と戦う胆力も、やっぱり凄い。


「裏で動くな、とは言わないわ。そういう卑怯者を、制する術でもあるし」

「そうだね。何事も全部、正々堂々決まれば一番だけど…………」


 そうならないとは、大人に近づくにつれ、薄々勘付かんづいてくる。

 勘付いてもボクは、立ち回りとか上手くないし、損するばかりだったけれど。


「私が許せなかったのは、天使のやり方よ。世界を自分達の価値観で染め、それに沿ったものを供給し、需要に応える――――。そんなマッチポンプみたいなやり方、私の憧れたアイドルじゃないわ。私が求めるのは、喜びこそ優先した、残酷で清廉しれんな世界」

「残酷で、清廉な――――」


 確かに、出来映えだけで判断されるなど、言いようによっては残酷だ。

 けど観客だけを思うのであれば、その無慈悲むじひこそが一番なのだろう。


「そ。きよくあろうとして天使側を離れるとか、全く、皮肉よね」


 だがそうして彼女は、セラフィドールを離れるに至ったわけだ。

 天使云々など語っても普通は信じない。だから脱退理由も伏せてたのか。


「私は、私の憧れたアイドルになりたい。そのために世の価値基準を変える」


 だが悪魔を知る今のボクなら、経緯も含め、彼女の動機も納得出来る。


「そしてその上で私は、頂点に君臨する。ね、素敵な目標でしょ?」


 その上でボクは、意趣返しとばかりに尋ねるのだった。


「――――本気で言ってるの? そんな空論くうろん、叶うって」


 そんな意図は、彼女にだって伝わっていたのだろう。


「ふふ。当然よ。私だって必ず、やりげるわ」


 その笑みは不敵ふてきで、顔を見合みあわせるうち、ボク達は笑い出す。

 またである。もう何が面白いのか、正直わからなかった。

 河原かわらでぶつかり合って笑い合うとか、え、昔の不良漫画?

 なんて思うが、あるあるとして知るだけで現物げんぶつは見たことはない。

 最早もはや概念がいねんすほどの古ぼけた在り方だが、ま、いいかな。

 ボク達は悪魔側。はなからすたれた文化の中に居るのだ。

 そうしてひとしきり笑い合った頃、黎明さんは振り返って、


「アンタ達も盗み聞きしてた以上、ちゃんと付いてくるのよ」

「ぬ、盗み聞き…………?」


 彼女の視線に釣られるように、ボクは顔と意識を高架橋こうかきょうの外へ向ける。

 すると草の擦れる音に混じって――――、何だろう、ヒソヒソと交わされる、声?


「どうしてバレましたの? ワタクシ達、ちゃんと隠れていたはずでしてよ!」

「ちょ、あれは多分ブラフで、反応したらバレ…………、わ、わわっ!」


 それからドテーン、と。倒れ、積み重なる形で柱の裏から現れたのは、


「あ、碧姫あきさん!? それに、咲良さくらちゃんも!」

「い、いや、違うんすよ。アタシら、万一の時は止めようと思って」

「そうですわ! 決闘けっとうは立派な犯罪、バレればマッポの餌食えじきでしてよ!」


 腹這はらばいのまま、咲良ちゃんは言い訳を、碧姫さんは天然を各々述べる。

 ちなみに、上が咲良ちゃんで、碧姫さんがそれを支える形だった。


「ふーん、言いたいことはそれだけかしら?」


 笑顔だが、あつかった声で黎明さんは告げる。

 練習の邪魔になるから、とレッスン場を離れた結果がこれだ。怒るのもわかる。

 だが、そんな行動を取ってくる彼女達が、怒られ慣れてないはずもない。


「いやぁ、まさか環希さんにそんな動機があったとは、感動っす!」

「黎明さんの心情にも納得です。やはり目指すはかしら、ですわ!」

「全部聞いてて、って――――。練習、本当にしてないんだね…………」


 意図してやったのか、こうも反省がなければ、呆れる他なくなる。

 相変わらずの手法だが、けどボクは、最初から怒ってもいなかった。

 決着云々で頑張ったものの、『練習は?』と言えばボクもしてない。

 聞かれた話だって、黎明さんに明かした今、皆にも話すつもりだった。

 すでに性別は知られてるし、向き合った現在、それなら隠す必要もない。

 あとは黎明さんだが、諸々踏まえ、彼女も考えが決まったようだ。


「本当、酷いもんね。悪魔側の連中も、悪魔側の連中で」


 そうして深く溜め息を溢すと、晴れた苦笑で言うのだ。


「ま、面倒は見るわ。やり遂げられる気は、しないけど」

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