第13話 志侑環希と言う男

「アンタみたいな奴、初めてよ。大体まず何なのよ、男って」

「それを言うなら黎明くろあさんだって。さすがに強すぎるよ」

「私のはまあ、このくらい出来ないと目標に届かない、ってだけで――――」

「黎明さんの、目標…………?」


 ポロリと出たそれは、ボクがずっと、意図いとして避けていた質問だった。

 聞けば多分、聞き返される。動機を明かしてないのはボクも同じだ。

 なのに言葉を撤回てっかいしないのだから、ボク自身、明かせると思ったのだろう。


「ねえ、その前に、アンタの動機について聞かせてよ」


 案の定黎明さんは、頭上の橋桁はしげたを見上げながらボクに尋ねる。

 大丈夫。答えるよ。仲間の力があればきっと向き合えるから。


「いいよ。黎明さんになら、ボクの全部を伝えるよ」


 ボクには、いたいアイドルが居る――――。

 そんな言葉でふたをし続けていた現実を、ボクは思い返し、口にする。


「ボクにはね、妹が居るんだ。『桃香ももか』って言うんだけど」

「さっきも言ってた子よね? あろうことか、この私とも間違えて」


 不満げに言う彼女だけど、正直、間違えるのは時間の問題だった。


「だって黎明さん、どこか似てるんだもん。昔の桃香とね」

「桃香ちゃんの、昔と…………?」


 そんな言い方をされれば、今はどうなの、とも思うだろう。

 見た目は当然今も可愛い。でも雰囲気で言うとまるで違う。


「桃香は今、車椅子で生活してるんだ。…………ボクのせいで」


 息がツラい。言葉が鉛のように重い。でもううん、向き合うって決めたんだ。


「桃香がまだ八歳の頃だよ。学校の帰り道、桃香は歩いてるボクを見つけてね、駆け寄ってきたんだ。今と同じで仲は良かったからね。多分、見つけて嬉しかったんだと思う」


 学年が違えば帰る時間が重なるのも珍しい。だからその気持ちは一入ひとしおだった。


「けど、そんな思いが先走るあまり周りを見てなくて、かれちゃったんだ」


 桃香の歩み。桃香の笑顔。桃香の声。鉄の塊。ブレーキ音。

 弾かれ、宙を舞う彼女にボクは、世界が遠くのを感じた。

 それから血が広がるなり、救急車が来るなり、多分色々あった。

 気づいた時には真夜中で、ボクが居たのは病院の廊下だった。

 そこには両親も居て、手術中を示すランプもあり、あとは、


「――――そんなの、アンタのせいじゃないわ。不慮ふりょの事故よ」


 ああ、そうだ。今ボクは、黎明さんと話してるんだった。

 思い出すうち絶望に落ちていたボクを、彼女の声が救い出す。


「……………………優しいね、黎明さんは」


 彼女はきっと、心からボクのことを思ってくれている。

 でなきゃおそらく、落ちていくボクを引き戻すなんて出来なかった。


「別に、普通よ。と言うか、他にも居たでしょ? そう言ってくれる人は」

「そうだね。皆、はげましてくれた。それが真実だ、とも思えてはいるよ」


 けど、もしそれだけで終わってたのなら、今のボクには至ってない。


「でもダメなんだ。ボクが居なければ桃香は絶対、夢を叶えてた」


 厳しい世界だとは聞いていた。けど桃香なら出来たんだ。

 それも含め妄執もうしゅうかもしれないが、ボクの中では真実だった。


「桃香ちゃんの夢…………。そう、もう察しは付いてるけど」


 まあわかるよね。今ボクがやっているのは、アイドルだから。


「そうだよ。桃香はね、ずっと、アイドルになりたかったんだ――――――」


 頭上の高架こうか轟音ごうおんける。電車の音だ。その音で全ての会話は断たれる。

 そうだよね、それを奪ったのはボクだもの。ボクが語るな、って話だよね。


「事故の結果、幸い命に別状べつじょうはなかった。でも後遺症として、足が激しい運動に耐えられなくなった。それを理由に今はもう、歩くことも外に出ることも、ほとんどないんだ」

「それは、何と言うか…………。そうね、わからない話でもないわ…………」


 業界の厳しさを真に知る彼女である。そこには実感めいたものがこもっていた。


「でもボクは、桃香の夢を応援したい。本来の輝きを、ボクなんかのせいで失わせたくない。だからボクは、証明することにしたんだ。アイドルとして輝きを手に入れることに、身体がどうこうなんて関係ない。そのための姿が、今のボクなんだ」

「今のアンタって…………。まさか――――」


 唖然あぜんとする彼女。そうだね、多分黎明さんの想像通りだ。

 滅茶苦茶だとはボクだって思う。だがボクはこの道を選んだ。

 ボクが桃香を救える方法なんて、他に思いつかなかった。


「ボクが男でありながら、女性アイドルとして活躍する――――」


 一生引きる怪我に匹敵ひってきするものなんて、思うに性別くらいだ。

 ボクがそれを隠したまま活躍すれば、怪我も平気と証明出来る。

 皆をあざむくこと、それでこの先、罰が待ち受けてようと、


「そうしてボクは、アイドルとなった桃香に逢う――――」


 それがボクの動機。ボクが逢いたい至高の『彼女アイドル』だ。


「そのためならボクは、時間も姿も、何だって捧げるよ」


 事実そうやってボクは、今の女性らしい姿にいたってる。


「…………なるほどね。理屈ではわかったわ。理屈では」


 頭を抱える彼女。だよね。こんなの、受け入れられる話じゃない。

 だが黎明さんは違った。ボクへと向き直り、真剣な顔で尋ねる。


「――――本気で思ってるの? そんな空論、叶うって」

「うん。やるよ。ボクは必ず、やり遂げる」


 それが罪滅ぼしや自己満足でしかなかったとしても。

 それでもこれが、今のボクにとっての全てだった。

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