第11話 河川敷の戦い

『――――場所を変えましょ。ここじゃ二人の邪魔になるわ』


 そううながされ、ボクと黎明くろあさんは近くの河川敷かせんじき、その高架下こうかしたへ移動する。

 昼時と言うのに薄暗く、土と雑草だけの広がる寂れた場所である。

 ここならば、誰の迷惑にもならず、邪魔が入ることもあるまい。

 ダッフルバッグに小型のスピーカーを乗せ、彼女はステージを完成させる。

 歌い踊る場所としてはいささか飾りに欠けるが、問題ない。

 何せ今のボク達が求めているのは、決着だけだ。


「始めるわよ。私達はこれから、一曲を通して天啓てんけいをぶつけ合う――――」


 黎明さんが言う。そうだね、何を賭けるかとか、まだちゃんとめてなかったもんね。


「もし万が一、アンタが私の用意する天啓を破れれば、アンタの勝ち。その時は本番までの一週間、アンタ達の練習に仕方なく付き合ってあげるわ。だけど――――」

「破れなかったら黎明さんの天啓にしたがって、ボク達はステージに立つよ」


 それでいい。結局ボクは、より素晴らしいものを見せたいだけだ。

 敗北し、それで不本意な結末を迎えようと、その時は潔く受け入れよう。


「ま。言ってしまえば、私の負担がどう転がるか、って戦いよね」

「そ、そう言われると、ゴメン…………」


 迷惑な話だよね。この決戦自体、言わばボクのワガママだ。


「別にいいわよ。私も私で、目的のためにやってることだし」

「黎明さんの、目的…………?」


 彼女の言葉に釣られ、ポロリと口にしてしまったが、ダメだダメだ。

 今から決戦なんだ。余計なことを考えてる場合じゃないし、それに、


「それより、始めましょ。ステージはかたらう場所じゃないわ」

「――――うん、わかったよ」


 うなづくボクに、黎明さんはスマフォを操作し、置くことで応える。

 流れ出す音楽。弦楽器を主体とした、ボク達の曲のイントロだ。

 曲調に合わせ、ボク達二人、優雅ゆうがな振り付けにて天啓を広げる。

 ボク達がそれぞれ展開させていくのは、同じく夜の教会だ。

 けど、別物である。対峙する今、そこには個々の実力が現れていた。

 やっぱり、黎明さんは凄い。密度も質感もボクのより数段上である。

 でもボクも、天啓は出せた。そうだ、同じ土俵には上がれてる。

 ボク達の天啓は各々空間を広げ、世界を包み込んでいく。

 だが世界は一つだ。天啓が二つ広がれば、いずれ衝突しょうとつする。

 ギターのグリスが迸り、楽曲がメタルに転じた刹那せつな――――。

 グンと、海底に引きずり込まれたかの圧迫感が、ボクを襲う。

 息も吐けない重量感。互いの天啓が相殺そうさいされつつ、押し合ってるんだ。

 重さと唐突さで思わずひざを折りかけるが、ううん、倒れたら負けだ。

 強く、全力を込めた振り付けでボクは、天啓に亡者の軍勢を放つ。

 天啓の主導権を少しでも多く握ろうとしてのことだが、そう考えるのは彼女も同じか。

 彼女の天啓からも無数の亡者が雪崩なだれ込み、教会内はたちまち悪夢の様相ようそうと化した。

 嵐となって吹き荒れる何十――――、いや、何百、何千にも及ぶ亡霊達。

 長椅子を巻き込み、壁をえぐり、柱を傷つけ――――、彼らは蹂躙じゅうりん享楽きょうらくする。

 その獰猛どうもうさたるや、えがくボク達でさえ、ともすれば飲み込んでしまう勢いだった。

 正直、怖い。だけど怯んでなんていられない。

 行くよ! ボクは黎明さんに勝つんだ!


「――――――――――♪」


 イントロ部分が終わった同時、戦う意思がボクの口に歌をかせた。

 するとボクの天啓から亡者が消え、代わりに甲冑姿の騎士が現れる。

 勝ちたい。その意思が表現にあふれ、天啓を変えさせたのだろう。

 騎士は腰の直剣ちょっけんを引き抜くと、一直線で黎明さんに襲い掛かった。

 ガギィン、激しい金属音が響き渡る。

 騎士の打突は届かなかった。突如現れた、真っ黒な大剣に切っ先をはばまれ。

 そうだよね。黎明さんだもん。歌には歌で、騎士には騎士でこたえられるよね。

 彼女側からも亡者は霧散むさんし、中から黒鎧に身を包む騎士が立ちはだかる。

 この黒騎士を倒さない限り、黎明さんの天啓には進めない。なら――――。


「――――――――ッ」


 ボクは歌う。ボクは踊る。全ては、黎明さんの天啓を破るために。

 その思いに呼応こおうし、ボクの騎士は、次から次へ剣撃けんげきり出した。

 だが対する黒騎士は、それら猛攻を最低限の動きでさいばいてしまう。

 まだまだ余裕ってこと? こっちはもうずっと、全力なのに。

 ダメだ。このまま攻撃を続けても、ボクの体力が尽きるだけだ。

 ならいっそ、二番以降は必要分の体力だけを残して――――。

 それからボクは、彼女を倒すではなく、攻防の維持に目的を移行いこうした。

 手を抜いた、とは思われまい。天啓の発動だけでも充分大変なのだ。

 そうして――――、これならギリギリ、大丈夫そうかな。

 教会は崩れ、荒野を嵐が暴れる中、曲は大サビのラストをむかえる。

 そんな中、幾分いくぶん心許ころろもとなくはあるが、ボクの余力は残っていたのだ。

 曲が終わるまであと三十秒。戦線維持では当然天啓も壊せてない。

 だがチャンスはある。大サビが終わってからの――――、今だよ!

 アウトロのメタルサウンドに合わせ、ボクは残った全てを注ぎ込む。

 この瞬間であれば、勝てる。

 ここからの天啓は、元々一人で出せてしまうくらい、どうやら得意なのだ。

 加えて、現実でのこの場所は土の上。すなわち、自宅の庭と同じ環境である。

 現在にいたるまで、ボクは毎日何時間と、そこで『彼女』を追い求めてきた。

 つまりこの場所、土の上でなら、ボクの経験は烏漆羽うるしば黎明くろあすら凌駕りょうがする!

 ボクの騎士は駆け出した。その勢いは、今までのどの攻撃より鋭く、

 だがそうして突き出した刃の先に、黒い騎士の姿はなかった。


『これは少し、大人げなかったかしら――――』


 降り注いできた声に、ボクは、ボクの騎士は視線を上げる。

 黒い騎士は、居た。その背にカラスのような羽根を広げ、空中へと逃げていたのだ。

 右手をかざす、黒い騎士。そこには力が、積んできた努力が、天啓が――――、収束しゅうそくし、太陽のような球体となって結びついていく。――――綺麗だ。力が、金色に光っている。

 こんなにも凄い人が相手じゃ、最初からどうやっても勝てなかったね。

 振り下ろされる球体。圧倒的な力の権化が、ボクの騎士を、天啓を食い尽くす。

 そうしてボク達の頭上に広がったのは、一切の希望のない曇天どんてんだった。

 完全敗北――――――――、だね――――。

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