第10話 裏切りと裏切り

 日曜日。

 結局、ボク達三人では天啓てんけいを出せないまま、その日をむかえる。

 けど、努力は積んできたのだ。黎明くろあさんのお眼鏡にもきっとかなうはず。

 そう考えてのぞんだ初の全体練習で、ボク達は格の違いを思い知る。


『まずは一旦、全員で合わせてみましょ。一週間の成果を確認したいわ』


 そう提案する黎明さんは、軽い小手調べ、と言った様相ようそうだったのに。

 現れたのだ。曲を流しての最初のフリ。ただそれだけで闇夜てん教会けいが。

 凄い。黎明さん一人加わった途端とたん、こうも一変するんだ。

 彼女と共に、天啓の中で踊れる。その状況に気がたかぶる。

 そのせいなのか、三人で演じていた時より身体が軽い。

 これなら、うん、行ける! 一週間の成果を全力で発揮はっき出来る!

 曲は最後の大サビを抜け、闇夜の教会も崩壊し、荒野だけの光景となる。

 ここだ! 最後の間奏かんそう。ここならボクは、曇天どんてんを裂く天啓を描ける!

 行くよ! 腕を振るい、ステップを刻み、全身全霊で世界に干渉かんしょうする。

 そして――――――、一曲演じきったあと、ああ、そっか。

 これってつまり、だったんだ。

 ギターの残響ざんきょうえ、世界は元のレッスン場へと変わっていく。

 最後は全員、中央に集まってポーズを決める。

 それを解かせるのは疲れであり、もう終わったよね的な空気感であり、


「み、皆様…………、今のって…………」


 それら疲労ひろう緩慢かんまんも含んだ上で、彼女達を動かしたのはきっと、驚きだろう。


「天啓、ってやつっすよね…………。アタシらにも見えたと言うか、出来たと言うか」


 辺りをキョロキョロと伺う碧姫あきさんと咲良さくらちゃん。二人の目にも天啓は映ったのだ。

 それで嬉しいやらまだ信じられないやら、おそらくそんなところに違いない。


「そうね。まあ、及第点きゅうだいてんってとこかしら」


 壁にりかかり、傍らのペットボトルをあおる黎明さん。

 それだけ消耗しょうもうしたのだろう。彼女の身体からは汗が滴っていた。

 それでも彼女は言葉を続ける。多分、ボク達に疑問を抱かせないために。


「いいんじゃない? これなら。きっといいステージになるわ」

「そうっすよね! だってアタシら、出せたっすもんね! 天啓!」

「うふふ。この一週間、頑張ってきた甲斐かいがありましたわ」


 黎明さんの一言で、咲良ちゃんも碧姫さんも喜色満面きしょくまんめんとなる。

 そうだね。このまま受け入れるのがきっと、一番いい展開なのだ。

 でも、ゴメンね。そのり方は、理想のアイドルとは違うから。


「ねえ、黎明さん」

「…………何かしら? 私今、疲れてるんだけど」


 顔を下げた彼女。その様子は、対話を拒んでいる風だった。

 そうなるよね。こんなの、彼女はバラされたくないはずだ。


「今の天啓、黎明さんが作ったんだよね? ボク達を操って」

「は? え? 何言ってるんすか? アタシらを操って?」

「そうですわ。ワタクシ達、別に操られた感覚など…………」


 困惑する咲良ちゃん達。明かす罪悪感は二人にも思ってる。


「二人共、感じなかった? いつもより身体が軽くなる感覚を」

「感じましたわ! あれはまるで、検査時けんさじだけ性能が上がる的な――――」

「まあ変っすよね。それが起きるのって実際、自動車くらいっすもん」

「た、たまに聞くよね。車メーカーが試験で不正してた、みたいな」


 少し話はれたが、ともあれ二人共、心当たりはあったようだ。


「話はまだあるよ。ボク達で一番の実力者って、黎明さんでしょ?」

「そうですわね。そこに関しては全く異論いろんありませんわ」

「なのに、その黎明さんが一番ヘタって動けなくなってる、と」


 二人も得心とくしんが行ったのだろう。皆の視線が黎明さんを向く。


「…………別に、一年も現役を離れてたのよ? にぶってただけよ」


 顔を上げ、自嘲的じちょうてきな笑みを浮かべる彼女。けどその理由付けは無理がある。


「そんなはずない、とは思うよ。でも違和感がそれだけなら言い負かされてた」


 ボクの言わんとすることを悟ってか、彼女の視線が再び下がる。

 そのきゅうした姿はボクを踏み止まらせるには充分だったが、ううん、ボクは退かない。


「ボクもね、一人でなら天啓、出せるんだ。だからわかるんだよ。さっきのは間違いなく天啓を出せる状況だった。ボクの天啓では曲の最後、月光が差し込んできてね。だからそれを見せようとしたんだけど、いくら頑張っても世界は、何も応えてくれなかった」


 出来なかったとしても、何もないのはおかしい。今のは絶対、そういう状況だ。


「だからあれは、ボク達で作った天啓じゃない。ね、そうなんでしょ?」


 ボクの問いかけは、咲良ちゃん達の注目と共に、黎明さんへ突き刺さる。

 彼女の回答は、うん、わかってる。

 ボクの実力不足や誤解など、それらしい言い逃れは無数にある。

 けど、彼女はそうしない。他人が努力で掴んだ結果を、否定しない。

 …………そういう人でもなきゃ、選ばないよ。こんな選択。


「…………そう。アナタがそこまで仕上げてるとは、予想外だわ」


 言いながら、彼女はゆらりと立ち上がる。

 さすがは黎明さんだ。実はもう、体力だって回復してたんだ。


「そうよ。私が操った。アナタ達に満足な演技をさせるためにね」

「マジっすか。確かにアタシら、そのために練習はしてきたっすけど」

「そうですわ! どうしてそんな、ケツ持ちみたいな真似を!」

「知ってたんでしょ? 素人が一週間で天啓なんて、出せっこないって」


 一週間前の時点で、黎明さんは天啓を使いこなしていた。

 だからそこに求められる技量ぎりょうも、彼女は知っていたはず。


「つまり何っすか。最初からアタシらを助けるつもりで?」

「あまりいい気はしませんわね。期待されてないみたいで」

「別に、もし私の天啓に付いてこられないなら、見捨てたわ」

「そうだよね。そもそも今日の練習自体、それを確認するためのものだったんだ」


 ボク達の力量次第りきりょうしだいでは、彼女以外目立たないような天啓を、本番で使ったはず。


「否定はしないわ。ともあれアナタ達は、必要最低限の実力は付けてきた」


 それほどの芸当げいとうも出来る上で、ボク達三人を尊重そんちょうする道も用意して、


「だから、そのご褒美ほうびに私が支える。ね、悪い話じゃないはずよ?」


 不器用なだけで、彼女はきっといい人なのだろう。

 全部わかってる。わかっているから、心は痛い。


「――――ダメだよ。そんなの」


 そんな彼女の慈愛じあいに満ちた提案を、ボクは真っ向から潰さなきゃいけないのだ。


「ボク達が描くべきは、皆を楽しませる天啓だ。仲間を支える道具じゃない」


 全力をファンのために尽くす。それだってボクの、理想とするアイドルだ。


「ならどうするつもりよ。他にアンタ達が演じる方法なんて――――」

「あるよ」


 言ってボクは一歩、前へ出る。

 その周囲には、本来室内で起こりえない、突風が渦巻いていた。

 全力を尽くしてなお、ボクは黎明さんの天啓を破れなかった。

 でも、足掻いたことで掴んだんだ。天啓の感覚を。今ならばこうして、動きと声だけで天啓を生み出せる。風をなびかせる程度、表現としては微々たるものだ。それでも、


「黎明さんが、ボク達と一緒に練習する。そうすれば絶対、ボク達は変われるから」


 変われる証拠にはなっている。実際昨日までは、出来なかった芸当だ。


「そうね。でも多少成長したくらいじゃ、私の天啓に居た方がマシよ」


 彼女も突風を吹かせる。さすが、この程度の天啓、容易く出せるんだね。

 二つの突風、二つ天啓。それらはやがて衝突し、お互いを削り合う。

 なるほどね、違う天啓同士が衝突すると、こうして相殺そうさいされるんだ。

 彼女の天啓下でボクが天啓を出せなかったのも、つまりその理屈だろう。

 なら、今のボク達が決着を付けるには、これがきっと一番だろう。


「じゃあさ、ボクの天啓が、黎明さんの天啓を破ればいいんだね」


 彼女に挑むなど無謀だ。でも、ううん、成し遂げるよ。

 無謀なんて、女性アイドルを目指した時点で今更だもの。


「――――――――――――勝負しようよ。黎明さん」

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