第8話 宣戦布告

 言いたいだけ言うと、東條さんは練習場をあとにした。

 文句は、ある。と言うか、言った。しかし逃げられた。

 そんなわけでボク達は、二週間後のライブを余儀よぎなくされる。

 出演する以上、不出来なものはアイドルとして見せられない。

 早速練習、と行きたいところだが、まずは件の曲について知るべきだろう。

 スマフォに送っておく、と東條さんが告げた諸々もろもろは、彼の去ったあと早々に届いた。

 オンラインストレージへのリンクだ。開くとそこには曲に関する全データがあった。

 思えば、なぜ彼は顔を合わせながらも、それらを直接渡してこなかったのか――――。

 その理由は多分、羞恥心しゅうちしんだ。でもそう気づくのは、中身を漁ったあとだった。


『振り付け見本.MP4』


 ボク達は各々のタイミングでそれを開く。

 ボクの場合、ダンスでいいとこ見せるぞ、と。開く上での心持ちも様々だ。

 だがそれを開いたが最後、ボク達の心情は大体同じとなるのだった。


「あーっはっはっはっは! 骨っす! 骨が踊ってるっす!」

「オホホ! こういう人形、サービスエリアで売ってますわよね!」

「ダ、ダメだよ二人とも。笑ったら失礼――――。ププッ!」


 言いながらボク達は笑い合う。

 い、いやね、ちゃんと見て覚えなきゃ、ってのはきっと皆わかってるんだよ?

 でもね、面白すぎるのだ。だって画面上で踊ってるの、東條さんだよ? 東條さん。

 速いリズムにも遅れず、動きも大きくメリハリがあって、一応かなり上手い。

 でも、痩せたスーツ姿が激しく舞う様は、風にあおられる真っ黒な傘のようで。


「ダ、ダメだ。笑っちゃって内容が全然頭に入ってこない!」


 咲良さくらちゃんや碧姫あきさんも多分、引き続き似た状況なのだろう。


「お金がないから自分で踊ったんすかねぇ! あーっはっはっは!」

「そう考えるとわびしい気持ちにもなりますが、オホホホホホッ!」


 笑い声が絶えず溢れる一方、だが見渡せば、黎明くろあさんだけは違った。

 スマフォに目を落とす表情で真剣そのもので、え、何か違うの見てる?


「――――って、黎明さんも同じの観てるじゃないっすか! あはは!」


 同じく疑問に思ってか、彼女のスマフォを覗き見る咲良ちゃん。

 今のも二つ、失礼だけどね。覗くのも笑うのも、大概悪い。

 なんて、現状爆笑しているボクが、言えた口でもないのだけど。

 慣用句的にもそうだし、そもそも笑っちゃってて喋れない。


「ボ、ボクも気を取り直して――――、ププッ! ダメだ!」


 そんなこんなで約四分、ようやく動画が終わった頃。

 ボク達は床に仰向けとなって、荒い息で天井を眺める。

 ついには笑い転げ、そこから立てなくなっていたのだ。

 片や黎明さんは、最後までその真剣な在り方を保ったままだった。

 横たわるボク達を尻目しりめに彼女は、自身の荷物をひょいと肩に背負い、


「じゃ、私も帰るわ。次会うのはライブ当日、でいいわよね?」


 そう言い残し、レッスン場の扉を出ていくのだった。


「ライブ、当日って…………」


 どういうこと、と、違う。最早考えてる場合じゃない。

 息切れていた身体をそれでも起こし、彼女を追い掛ける。


「ちょ、ちょっと待って! 黎明さん!」


 幸い、地上への階段を上りきってしまう直前で、その背中を呼び止められた。


「何? 笑い転げるのがアンタ達のやることなんでしょ? 私は練習がしたいの」


 振り向いて彼女は言う。

 最上段から見下ろしてくるその様は、ボクと彼女の差を表しているかのようだった。

 追いつかなきゃ。そんな気持ちの現れか、ボクは階段に足を一歩掛け、口を開く。


「気が抜けてたのは、ゴメン。謝るよ。でもボクも、アイドルには真剣で――――」

「そうっすね。何やかんや頑張る他ないのが、この業界らしいっすから」

「練習、ドンと来いですわ! バイクのコールにも練習は不可欠ですもの!」

「咲良ちゃん…………ッ! それに、碧姫さんも…………」


 二人の声だ。気づけばボクは、左右を彼女達に囲まれていた。

 そうだ。ボク達全員、腹にかかえている動機は違えど、望むものは同じ。


「練習、皆でやらない? ほら、フォーメーションの練習だって必要だし」


 用意されていた振り付けには、ダンスの他、立ち位置の細かい指定もあった。

 曲に合わせて四人の位置を変え、動きの見応えを増幅ぞうふくさせる考えだろう。

 当然その練習は一人では難しく、黎明さん側にも合同練習のはあった。

 ボク達側の利点りてんは言うまでもない。彼女が居れば先生が付くも同義どうぎだ。


「…………いいわ。でも、次に会うのは一週間後」

「い、いいの!? い、いや、いいなら凄く嬉しいんだけど」


 そうコロッと意見を変えてくるのは、正直意外と言うか。

 黎明さんのためだけの提案じゃない、とも見抜いてるだろうに。


「じゃ。それまで精々、腕を磨いておきなさい」


 言い残すと彼女は、階段から外へ、闇の中へと去って行く。


「え、な、嘘でしょ? 今のやつ、天啓…………?」


 目の前の景色を一変いっぺんさせるような力、ボクは他に知らない。

 追い掛け、階段を上る。だがもうそこは昼の線路沿いだった。

 どういうこと? 今の天啓、ボク達を撒くために使ったの?

 と言うか黎明さん、天啓使えたの? それも、歌も踊りも使用せずに。

 困惑や疑問は残る。だがボク達はもう、その場に取り残されていた。

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