二章 初練習
第6話 準備運動
事務所地下での顔合わせから一週間が経過した、日曜日。
『オレと来るならここに集まれ。レッスンを行う』
東條さんのそんな言葉でボク達は、
顔合わせの場所すら地下だったのだ。まともな
だがいざ足を踏み入れたその場所は、違った。
正直驚いた。が、感動ばかりもしていられない。今日の目的はレッスンなのだ。
一応、準備運動とかした方がいいよね、と提案したのは確かボクだ。
しかし、うん、もう少し考えて発言すべきだったかな、と今は思う。
「一、ニ、三、四…………」
二人組作ってー、の号令からまず連想する、定番のストレッチだ。
ボク自身、皆で準備運動と言えばこれだよね、と
「わぁ…………」
チラリと目にした大鏡で、気づいてしまったのだ。
おっぱいだ。おっぱいの山だ。おっぱいの山がボクの背中に生えている。
いや正しくは、身体を反らして強調された、碧姫さんの胸なのだけど。
い、いいの、これ? 何らかのセクハラで訴えられない?
「どうかなさいました?
なんて思っていたら山の
この様子、もしや彼女、まだ山の
ならうん、ここは誤魔化そう。バレなきゃ
「そ、その、碧姫さんのそれ、オシャレなジャージだよね!」
って、反射的に出てしまったが、実はそれも触れるのを避けてた点だった。
着替えた時からずっと思ってたんだ。彼女のジャージ、え、何それ。
「まあ! 嬉しいですわ! 実はこれ、ワタクシの
明るい声で応える碧姫さん。よかった、触れていい話だった。
「バラは
「そ、そうだね。ド高貴と言うか、ドンキと言うか…………」
言う通り入ってるのだ。黒い生地の背中部分に、大きくバラの刺繍が。
ゴメン。
「環希さんのお
「え、う、うん、ありがとう。そこは一応、意識してて――――」
練習着であっても、今日は黒のTシャツにピンクのスカートだ。
性別がバレれば終わる生活をしている以上、気配りは常に欠かせない。
それに第一、妹に似たこの
って、待って。碧姫さん、今ボクの服装のこと見てる…………?
大鏡に目を向ける。上下逆さまとなった碧姫さんの顔と目があった。
やっちゃったね! 服の話なんて振ったから彼女もボクの格好を見てくれたのかな? それで褒めてくれるのは嬉しいよ。嬉しいけど、少し視線を上げられたらそこは一触即発おっぱい山なんだよね! えっとえっと、何かまた話題、変えていかないと。
「凄いっすね、まるでラクダっすよ」
「ちょ、
そうだね彼女、火種があれば煽るような人だったね!
強調された胸をコブに例えた、ってことなのだろう。
なるほどね! 上手いこと言い過ぎて最早告発だね!
「ラクダってあの、背中にコブのある、ですわよね?」
しかし碧姫さん、
助か――――ってないね! ここで追撃するのが咲良ちゃんだ。
「そうっす。あのコブ、実は脂肪っすからね。実質おっぱ――――」
「よ、よし! 準備運動はもう充分じゃないかな!」
ボクは身体を起こし、準備運動の方を半ば強引に終わらせる。
ストレートに『おっぱい』言われかけたらね、断つ他ないよ。
だがこうも不自然な行動を前にすればさすがの碧姫さんも、あ、気づいてない。
「そうですわね! 背筋もグーンと伸びて、これならいつでも
この素直すぎる性格、実は何とでも誤魔化せたんじゃないかな、なんて。
「ところで咲良ちゃんのそれ、さっきから何やってるの?」
だって彼女、さっきから床に長座するだけで、え、そういう置物?
「アタシ? アタシはほら、
ヘラヘラと答える
つまりサボりだ。開き直ることで他人を呆れさせる作戦なのだろう。
「あらあら、それは大変。ワタクシが手伝って差し上げますわ」
けど碧姫さん、素直なのだ。そんな彼女の背中を押しに掛かる。
「ぐえ! ぐえ! ちょ、あの、これ、そういうんじゃなくて」
「遠慮なさらないで下さいまし。仲間同士、助け合いは大事ですわ」
「助けぇ? いやいや、今アタシが欲しいのは命の助けで――――」
ぐえ! 背中を押される度、蛙を潰したかの声が彼女から漏れる。
「環希さんは察してやすよね! 言ってやって下せえ! ほら、また慌てて!」
そっかぁ。咲良ちゃんの中でのボク、そんなテンパり屋さんなんだ…………。
否定はしない。助けるのもやぶさかではないが、思うところがあるのも事実だ。
「痛い目も見るべきじゃないかな。実際、準備も大事だし…………」
大体彼女『動きやすい格好で』って話なのに、上下灰のスウェットなのだ。
その動きやすさは部屋着での
「それなら
そんな心配を抱く一方、今度は黎明さんを指し、
黎明さんが居たのはボク達から離れた部屋の隅。
「準備なら外で済ませたわ。別に、一緒にやるって決まりもないでしょ」
目も合わせず、心底煩わしそうに黎明さんは言葉を吐く。
「黎明さん…………」
アイドルはやりたい。が、ボク達を仲間とは認めてないのだろう。
それでも、ううん、ボクは嬉しいよ。今日また彼女と会えたんだ。
もう来てくれないかもなー、と正直なところ思ってた。
だって、ねぇ、ボク達、こんな滅茶苦茶な面々だよ?
「その手があったっすか! ならアタシもそれで! 外で済ませたっす!」
「あら、そうでしたのね。それはそれは、ワタクシったらとんだ失礼を」
「い、いや、嘘だからあれ。碧姫さんも騙されないで」
珍妙なやり取りを止めようとしているのも、また、
何なら、それをまとめるはずのプロデューサーすら悪魔で、
「――――おはよう、お前ら。何だ、もう集まってたのか」
そうして現れた彼は、集合時間の十時から五分遅刻していた。
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