第5話 志侑環希と烏漆羽黎明

「お前も大概だけどな。エントリーナンバー七二番、志侑環希しゆうたまき


 そうこうしている間に、東條さんは、次の人物へと話を振る。

 志侑環希。大概と語られる以上、その人もヤバい人なのだろう。


「――――って、ええっ! ボクのこと言ってる!?」


 思わず自分を指して立ち上がる。だって志侑環希ってボクだもん。

 加えて言うなら、二人と比べたらボクなんて全然普通と言うか。


「そりゃそうだろ。動機も明かさない上、大体お前、男だろ」

「それは…………、まあ、そうなんだけど…………」


 どうしよう、二もなく東條さんから言われたそれに、全く言い返せない。

 いやでも、咲良さくらちゃんや碧姫あきさんなら、自分達と比較しての斜め上の感想も出るはず。


「よし、通報っすね。男が女性アイドルを目指すとか、絶対よくない動機っす」

「まさかワタクシが通報側に回るとは…………。お兄様にどう説明いたしましょう」


 スマフォを構える彼女達。その反応は順当じゅんとうそのもので、そ、そこはそうなんだ。


「ま、待って! 本当ボク、邪なことは何も考えてなくて――――」


 どうしよう。もうこれ、全部話すしかないのかな。

 二人の動機を知った以上、ボクも明かすのがきっと妥当だとうだろう。

 それはわかってる。わかってるんだ。だけどボクは、


「今はまだ、信じてとしか言えないんだけど…………」


 明かせないんだ。逢いたい『彼女』が居る、なんて本当は誤魔化しだから。

 心でさえ向き合えないそれを言えるはずもない。言えない以上、ボクは終わりか。

 だがそんな想像とは裏腹うらはらに、みずから退場せんとする足音が、一足先に響き渡る。


「どこへ行くつもりだ。お前のため、大トリは残しといたんだぞ」


 呼び止める東條さん。

 立っていたのはまだ顔すら知らない、パーカーの彼女だった。


「いらないわ。私、もう帰るもの。こんな奴らに付きあってらんないわ」

「こんな、とは失礼っすね。こんなプロデューサーでも生きてるんすよ」

「そうですわ! 確かに奇特きとくな、いえ、危篤きとくな外見ではありますが!」

「い、いや、多分ボク達全員で『こんな奴ら』、じゃないかな…………」


 ボクだけを指してか、とも思ったが、彼女の言う『奴ら』とは複数形だ。

 なら多少図々ずうずうしいかもだが、この場の全員に対して、と見るべきだろう。

 なんて、全部ボクの勝手な想像だけど、おおむね正解だったようで。

「フッ、お似合いよ、アンタ達。そのまま地下でくすぶってなさい」


 そう吐き捨てると、その足取りを出口へと進めてしまう。

 どうしよう。ボクとしては帰られちゃうの、マズいんだけど。

 性別の件だ。呼び止めて秘密にしてもらえるよう懇願こんがんする?

 いや、じゃなくとも、彼女もアイドルを目指してここへ来たはずだ。

 なら同じこころざしを持つ者として、去り行く姿は見てられないと言うか。

 けれど、どう声を掛けていいかもわからないまま、彼女の右手は扉にかり、


「オレ達の力は価値基準かちきじゅんを変えるぞ。エントリーナンバー8番、烏漆羽うるしば黎明くろあ


 出てきた名前の衝撃に、ボクはそれまで巡らせていた全ての思考を失う。

 だ、だって――――。


「う、烏漆羽黎明って――――」


 あの大人気アイドル、セラフィドールの元メンバーの!?

 セラフィドールと言えば、今や現メンバー、白十字はくとじ美架みかの代名詞である。

 けど一年前、丁度人気が出始めた頃までは、烏漆羽黎明との二人組だったのだ。

 彼女が脱退した、その理由は未だ不明である。だが成功の只中ただなかでそれを捨てたのだ。彼女が芸能界に戻ることなどありえない、と思っていた。そんな彼女のはずが、まさか。

 そんな思考を吹き飛ばすがごとく、刹那、彼女はひびすを返す。

 その反動によってか、彼女の顔をおおっていたフードがヒラリとめくれる。

 そうしてあらわになった相貌そうぼうは、やつれてこそいるものの、間違いない。

 サラリと流れる黒髪も、切れ長の目元も、全てが烏漆羽黎明、その人で。

 彼女は室内に飛び込むなり、そのまま東條さんの胸ぐらを掴み上げた。


「『価値基準を変える』ってアンタ、どうしてその話を――――」

「欲には目聡めざといもんでな。このオレ、マモンは欲望の大悪魔だ」


 価値基準を変える――――。

 その真意はわからないが、ともあれ隠していたことだったのだろう。

 でもそれを当てられ、だから黎明さんも手が出てしまったに違いない。

 眉間に皺を寄せたその表情は、そんな心の動きを暗に語っていた。


「…………なら東條さんは、ボクの望みも全部知って…………」


 それでいて『どんな強欲でも叶えてやる』と、ボクを誘ったの?

 彼に付いていけば、ボクのこの、夢物語のような望みも叶うの?

 確証はない。尋ねようにも、聞ける空気でもなくなっていた。


「お、お前、そろそろ離せ…………。いい加減、苦しい…………」


 そんなことを東條さんは、青白い顔をさらに白く、言うのである。

 大悪魔、なんだよね? なのに十代の女の子に力負けするの?

 多分今何を言われても、心許なさ的に全然腑に落ちないと思う。

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