第4話 楽導咲良と玖珠宮碧姫

「まずはお前だ。エントリーナンバー二一〇番、楽導らくどう咲良さくら

「え、ア、アタシっすか?」


 最初に指されたのは昼寝の彼女だった。

 おどろいた風の反応を見せる彼女、咲良ちゃんだが、いや、言われて当然じゃないかな。

 まずそのボブカットの髪、ピンク色だし。服装だって胸に『光学迷彩こうがくめいさい』と書かれた大柄おおがらな黒のTシャツで、小さな体躯を包み込んでいると来ている。少なくとも普通じゃない。


「アタシは別にそんな…………、ああ、いや、アタシが使ってる芸風のことっすか」


 当の彼女も、考えればさすがに思い当たった様子だけど、えっ? 芸風?


「アタシの父、楽導らくどう慎也しんやは元ランヤーパンなんすけど、ま、知らないっすよね」

「ランヤー?」


 何だろう。言い方的に、彼女の父親が所属していたチーム名っぽいけど。


「昔中国で使われた武器の名前ですね。ゴメンナサイ。それ以外は」


 ドレスの彼女は言うが、え、その格好で武器に詳しいの、何?


「お笑いコンビだ。約十年前、シニカルな笑いで世間をにぎわせた、な」

「人を傷つける笑い、って言うんすよ。昨今の風潮ふうちょうに言わせればね」


 東城さんの言葉に、咲良ちゃんは嘲笑ちょうしょうめいた笑みで補足ほそくを入れる。

 今のお笑いは傷つけないのが当然で、そんな概念がいねん久しく聞いてなかった。

 もしやそのかつてのお笑いも、悪魔側の思想だった、ってこと?


「アタシ、この芸風が大好きなんすよ。父の生き様とも言える、この芸風が」


 大事な思いなのだろう。ヘラヘラと言うが、その目は真剣そのものだった。


「だから継いで、広めることにしやした。それが今のアタシなんす」

「待ってそれ、芸人になる流れだよね? ここ、アイドル事務所だよ?」


 ボクは言う。まさか間違ってきました、なんてことはないと思うけど。


「親が芸人の芸人って、ダサくないっすか? それだけでサムいっす」

「い、今の発言でも大分人を傷つけたね…………」


 実際居るからね? そういう芸人も、そのファンだって。

 けど、わからない感覚でもないから、面白いとも感じてしまう。

 そっか、この悪ノリめいた楽しさが、人を傷つける笑いなんだ。


「なるほど。咲良さんもワタクシと同じ、訳ありアイドルですのね」


 納得を覚えたのはボクだけはないらしく、ドレスの彼女が口を開く。

「申し遅れました。エントリーナンバー一一○番、玖珠宮くずみや碧姫あきですわ」


 言う彼女、碧姫さんの様相ようそうは、早い話がお姫様だった。

 かんむりを思わせる金色の長髪に、シルクでまれたような白い肌。

 再三さいさん言っているそのドレスも、白と青を基調きちょうとした、本格的ほんかくてきなものだ。

 だからこそ、この地下倉庫においては違和感がすさまじいと言うか。

 いで言えば彼女、武器にも詳しかったよね。本当、どういうこと?


「ワタクシ、お兄様と同じく、この世界に帝国を築きたいんですの」


 話し始める碧姫さんたが、ますますどういうこと? 帝国?

真怒マッド皇帝エンペラーはご存じですの? ワタクシのお兄様が築き上げた、帝国ですわ」


 いや、うん、今の流れで何となくわかった。これ、絶対よくないものの話だ。


「知ってやすよ。都内のアングラを支配してた、所謂いわゆる半グレっすよね」

「そ、そうなんだ…………。いやぁ、咲良ちゃんも詳しいね…………」


 芸風が芸風なだけに、そういう知識も備わっているのかもしれない。

 片やボクは苦笑いしか出来なかった。だって半グレって、案の定以上にアウトだよ!


「その通りですわ。ですがそれも遠い昔の話。法の強化と一斉逮捕によって、今や真怒皇帝は事実上の壊滅状態。時代はもう、暴力と言うものを許さなくなりましたの」


 それもその実、天使に滅ぼされた悪魔側の思想ってこと、なのかなぁ。


「暴力がないのは、いいことなんじゃないかな、ってボクは思うけど」

「はい。ワタクシも、お兄様達の行動全てが正しかった、とは思いません」


 つい出てしまった一市民の意見を、碧姫さんは否定しなかった。

 よ、よかったぁ。本当、あ、やっちゃった、って思ったもん。

 全否定みたいな発言、怒らせて当然だし、それでお兄様を呼ばれたら終わりだ。


「ですが、このまま全てついえるのでは、さすがにお兄様も可哀想です」

「そ、そうかなぁ…………」


 苦笑いこそすれど、ボクも否定はしなかった。

 家族を想う気持ちならボクにもわかる。それに何より怖いもん!


「ゆえにワタクシは新帝国を、今度は個人の力で打ち立てますわ!」

「そのために選んだ方法が、アイドルなんだね…………」


 素直な話、人々を惹き付けるだけの魅力も、彼女にはあった。

 長い手足に背も高く、オマケにその、む、胸だって大きくて。


「いやぁ、まあ、アタシが言えた口でもないんすけど…………」


 内心ドギマギしていたボクを、咲良ちゃんの引きつり顔が引き戻す。

 そ、そうだよね。今は碧姫さんの外見に見蕩みとれてる場合じゃない。


「何と言うか、大分斜め上の考えをお持ちと言うか…………」


 実際のとこ、多分その理屈は滅茶苦茶なのだが、え、指摘すべき?

 だが当の碧姫さんは脇を締め大いにやる気で、なら、い、いいの?

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