第3話 最初の天啓

 そうして回想かいそうから戻ってきて、現在。

 実質立ってただけだもの、当然辺りはお城のまま、激しい風がボクを襲う。

 それゆえ、うん、やっぱり寒い! 何とか止めないとこれ、本気で凍えてしまう。

 とは言え、え、止められるの? その元凶たる東條さんは本物の悪魔なんだよ?

 意見するのは正直怖い。だって悪魔だよ。気分次第で魂とか奪うんでしょ?


「いつまでそうしてるつもりかしら? いい加減、寒いんだけど」


 そんな中、パーカーの彼女は平然へいぜんと告げる。

 何その、強すぎる度胸。パーカーの下に武士でも居るの?


「そうだな。オレも、お前達をこのまま凍らせるのは本意じゃない」


 パチン。彼が指を鳴らすとそこは、元居た地下倉庫に戻っていた。

 え、夢? だってあまりに呆気あっけなく消え、いや、やっぱ違う。


「今のは一体…………。まさか、これがトブってやつですの!?」

「芸能界っすもんね。そういう薬で逮捕たいほって話も、珍しくない世界っすもんね」


 ドレス姿の彼女と昼寝の彼女から、超常現象に対すると思しき感想がこぼれる。

 二人も多分、同じものを見てたんだ。なら全部夢だった、とは考えにくい。

 それはそれとして、え、二人共、何かとんでもないこと言ってない!?


「違うんじゃないかな! もっとこう、ファンタジー的な――――」

天啓てんけい、と呼ばれる力だ。まあ黙ってろ。これから全てを教えてやる」


 そしてパチン。再度さいどらされた指の音で現れたのは、映画館?

 レトロな映画館だった。温白色おんぱくしょくの明かりのもと、現れた銀幕ぎんまくは小さい。

 ボク達が座っていた椅子も、位置関係はそのまま、赤い座席に変わる。

 これもまた、さっきのお城と同じで、天啓、なのだろう。

 やはり常識外の代物しろものと言うか、室内からは出入り口も消えていた。

 どうやらもう、逃げる機会はいっしてたらしいね…………。

 諦観ていかんめいた思いで状況に流される中、館内の明かりが落ちる。

 そうして、いざ銀幕に映されたのは、一枚の宗教画だった。

 暗澹あんたんたる紅色べにいろの空の下、描かれてたものは大きく分けて二つあった。

 まずは右側。そこには白い羽根を広げ剣をかまえる、神々こうごうしい軍勢が。

 そして左側。そこでは黒い翼を背負う邪悪な大軍たいぐんが、矛など重々おもおもしい武器を振るう。

 この世界には本当に悪魔が居て、その当事者とうじしゃたる彼が、これを見せてるのだ。

 ならつまり、居るってことだよね。この世界には悪魔だけじゃない、天使も。


『この世界にはかつてより、天使と悪魔が存在した』


 そんなボクの想像を、古くささ漂う抑揚よくようゼロのナレーションが肯定こうていする。

 この声が、彼の言うところの『全て』を、ボク達に教えるらしい。


『両者は、強大な力を持った敵同士であり、世界の覇権はけんを賭け、常に争っていた』


 メラメラ。戦闘の激しさを表しているつもりか、映像に炎のエフェクトが入る。


『だが問題が起きた。激化げきかするばかりであった争いが、やがて世界を滅ぼしかけたのだ』


 お次はパリーン、と画面が割れるかの演出が入る。

 これは、うん、何と言うか…………。

 いやぁ、炎のエフェクトが入った時にも薄々うすうす思ってはいたけど。


「ダサい演出っすね。道徳の授業で見せられるビデオみたいっす」

「懐かしいですわね。ワタクシ、道徳の授業はどうも苦手で」


 昼寝とドレスの彼女達が、上映中ながら飄々ひょうひょうと話す。

 だよね。ボクも古いなぁ、とは思ったよ。思った、のだけど。


「ふ、二人とも。映像の稚拙ちせつさはともかく、内容は聞いといた方が…………」

『滅亡は、両者にとって本意ではない。そこで一つ、約定が結ばれた』


 ほら、説明だって何やら重要な話に差し掛かってるっぽいし、ね。

 と言うか二人、こんな映画館みたいな場所で、よく喋れるよね。

 自然と声を抑えてしまう場所じゃないの? と思うボクだったが、


『直接的な争いの禁止。以降、闘争は『人』を使った代理戦争で行う』

「ひ、人って…………」


 自分で言った注意も忘れたみたいに、思わず声を上げてしまう。

 だって銀幕には、都会の交差点を行き交う人波ひとなみが映されていて。

 つまり、彼が闘争とうそうの道具と語る『人』とは、そうだ――――。

 ――――人間ボク達の、ことなんだ。


『両者は共に『天啓』を用いて人を導き、その成果で競い合う』


 説明は続く。だが思考は、その話をまるで理解しようとしない。

 だって、もしそれが真実なら『人』は、彼らの玩具おもちゃに過ぎないのだ。

 そんな世界だから、なのか、状況はボクに戸惑う時間すら与えない。


『両者の闘争は長く膠着こうちゃく状態じょうたいにあった。だが近年、それは崩れた』


 ドッゴォォォォン!!

 とどろく、激しい爆発音。銀幕に映る巨大なキノコ雲。

 何が起きて、と脳が状況を整理している間にも、それらは響き、広がり続ける。

 だんだんとわかってきた。世界を揺るがすほどのこの大爆発を、ボク達は知っている。

 歴史の教科書で習ったはずだ。トリニティ実験。人が、核を手にした瞬間だ。


『闘争の果て、人もまた、我々の歴史と同じ、破滅へと向かい始めたのである』


 それから次々に、戦争や飢餓きが、それらの痛ましい記録が映し出される。

 これが、破滅。

 目を背けたくなるほどの光景だが、そうだ、これもボク達の世界だ。


『しかし転機てんきが訪れた。人もまた、破滅を避けるべく動き始めたのだ』


 そうして映されたのは、壇上だんじょうにて手を取り合う大人達の姿だった。

 ピシッとした礼服や並んだ国旗から察するに、何らかの条約が結ばれた一幕ひとまくだろう。

 これが、破滅の回避? それを成し遂げたのは彼らの天啓ではなく、人なの?

 なら、それを土台に作られた今の世界はもう、彼らの手を離れて――――。

 なんて、希望めいた想像が過る一方、どうやらそんな単純な話でもないらしい。


『そうして救われた世界で人は、破滅からの反動か、綺麗事きれいごとを求めた』


 映像は変わり、今度はピースサインを向ける子供達の姿が流れた。

 いや、いい映像じゃない? これを綺麗事扱いは捻くれすぎと言うか。


『元は純粋な欲求だった。だが、綺麗事と言えば天使の得意分野である』


 またも映像は変わる。次に子供達は、介護やゴミ拾いに駆り出される。

 遊び場である公園からは、事故のリスクを減らすべく遊具が消える。

 そんなの、今を生きるボクの感覚からすると、ごく当然の光景だった。

 でもそうだね、言われれば確かに、やり過ぎにも強引にも感じる。

 そう考えるのは、映像から変に当てられた結果だろうか――――。


『彼らは人々の想いに付け込み、その思想を加速させたのだ』


 ううん、きっとそれだけじゃない。

 本当は、ずっと前から思ってたんだ。

 ボクにとってこの世界は、あまり居心地のいいものじゃない。


『今や世界は天使のものだ。悪魔の存在が潰える時も近いだろう』


 その一言を最後に映像は途切れ、場所も元の地下倉庫へと戻る。


   ☆


「と、言うことだ。お前達ならこの天啓、心当たりがあるはずだ」


 銀幕に代わり、今度は東條さんがボク達の前に立ち、言葉を続けた。


「今のお前達の在り方は悪魔側。つまり、この世界にとっての異物だ」


 異物、か。そんな風に呼ばれることに、別段違和感はなかった。

 だってここに居る面々、第一印象からどこかおかしいもん。

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