第2話 テヘラン駅近郊にて
MECはこちらを見ると、マークニック先生が投げ捨てた銃を見て、また通りの先を見た。こちらに危害を加える気はないのかもしれない。そう思ったとたん、カーキ色のジープが一台、こちらに向かってきて、中から兵隊が下りてきたかと思うと、マークニック先生の腕をつかんでジープに引っ張っていき、結束バンドで雑に手を固定した。そして、声も出せない僕らを置き去りにして走り去っていく。この横道に入ってから起きることはすべてどこか遠いところで起きたこと、それはオットマン先生が歴史の授業で語る第二次世界大戦や、第一次中東戦争のようなものに感じられて、そのせいかマークニック先生が連れていかれても、情報を脳は理解できずにいた。
一分か二分だろうか。空から聞こえるヘリコプターのプロペラ音と、MECから聞こえてくる心臓の鼓動のような不気味なエンジン音以外は、通りは完全な静寂となった。
やはりというべきか、静寂を破ったのは人間ではない機械音であった。通りをさっき通り抜けた市場からこっち側に向かってくる車両の走行音が聞こえてきたのだ。僕たちは急いで止めてある車の裏に隠れた。駅につながる大通りからも同じようなエンジン音が聞こえた後、銃声と爆発音が響き渡った。爆発音が聞こえると、MECは動き出し、巨大な銃を片手で構えて、照準を通りの先に向けた。通りは緩やかな上り坂で、車両の正体は相手が坂を上りきらないと見えない。車両がこちらに姿を見せるのと、その車両がMECに向けて発砲し始めるのはほとんど同時だった。車両はピックアップトラックで、荷台には大きな機関銃が載っていた。機関銃から発せられた弾は一筋の線となって、MECの左、約一メートルの位置を撃ちぬいた。弾痕が連なり、コンクリート造りの壁をえぐる。窓ガラスが割れると、パーコスが悲鳴を上げて大通りの方向へ走り、マルティンもそれを追った。先生たちも僕も引き止めなければいけないことはわかっていたが、そこまで大きくもないミニバンのトランクの裏から動けずに、声は銃声にかき消されてしまった。MECも撃ち返し、数発が運転席にあたったが、機関銃を止めるには至らず、僕たちを挟んで約三秒間、撃ち合いが続いた。三秒後、撃ち止めたのはピックアップトラックのほうだ、最初の銃弾が、運転席から荷台まで貫通していたのだろう。僕はここがオットマン先生の授業の中ではないことに気づいた。今ここが、歴史の最前線なのだ。僕らは自分たちで思考し、未来を選択する必要があるんだ。しばらくの間動けなかったが、最初に動き始めたのは僕だった。立ち上がると、MECに睨まれながらも、しっかり歩いて駅へ向かった。先生たちはあっけにとられていたが、僕の後にすごすごと身をかがめてついてきた。マルティンたちはバスが出るまでとうとう見つからなかった。夜闇に紛れるようにして、バスは出発した。バスには五十人以上が乗り込んでおり、しかも大体の人が僕らと違って大きな荷物を持ち込んでいるので、冗談抜きに目的地に着く前に一人ぐらい死ぬだろう。僕は一番後ろの席で窓に押し付けられていた。順調にいけばこのバスはパキスタンのグワーダルという港町に着くらしい。アメリカ軍の車両と何度もすれ違った。校長先生のランチルームでの発言は正しいと思うほかなかった。マークニック先生とマルティンたちは無事だろうか、自分だけ逃げてよかったのだろうか、空には流れ星のように双方のロケット弾が飛び交う。
数台のMECが検問を張っていた。足跡ではなくタイヤ痕がある辺り、やはり移動にはタイヤを使うらしい。戦車さえ検問所にいた。よほど重要な何かを監視しているようだ。黒煙が立ち上り、黒煙で月も見えないようなテヘランからパキスタンに向けて、バスは何もない砂漠を走っていく。
2025年。ホルムズ海峡でアメリカ国籍のタンカーが攻撃を受け、沈没したのを皮切りに、イラン国内の複数の民兵組織をターゲットに、アメリカ軍が攻撃を開始した。時の大統領キム・ビルックは、イランをテロ国家と断定し、世論と逆行して戦線を拡大していった。そんな中で投入されたM4アイゼンハワーは、民兵組織に壊滅的な打撃を与え、イラン民兵連合〈IMC〉を古都ヤズドまで追い込んでいた。
ヤズドの北、五十キロの地点にあるアメリカ軍のFOB―フォワード・オペレーティング・ベース―であるフォート・マイロ基地に第三歩兵中隊所属の第一遊撃機械化小隊が傷だらけのMECに乗って帰ってくる。
レングル伍長が率いている第二分隊は、ルート・ナンフを通って第二ドッグへと向かう。レングル伍長は分隊に指令を出し、速度を落としながら左にある立体駐車場にも似た第二ドッグに入っていく。第二ドッグは五角形の三階建てで、メカエンジニアが三十人ほどいる。第二分隊所属のダニエル一等兵が入口のインターホンで32と番号を伝えると、ベルトコンベアーが動いて機体を32号修繕室に運ぶ。
いつも通り32号修繕室にはエリック特技兵がいた。
エリックは機体をジャックに固定して、レバーを下ろす。白熱電球のみの小さな部屋に、気圧安定のためにコックピットに充満している圧縮空気が抜ける音が響く。
その次にエリックは、機体の横にある六角形の穴にハンドルをはめ込んで、グルグルと回した。一定数回すとロックが外れ、扉のように背中が開く。エリック特技兵はクリップボードを手にしながら、点検してチェックをつけていく。それが終わると今度はノートパソコンを起動していろいろ測り始めた。数値から見ると、今は放射線量の計測だろう。
ダニエル一等兵はMECから降りると工具箱の横に薬が置いていないのに気付いた。
「おい、エリック。」
「右の戸棚の三段目だ。一昨日みたいな馬鹿をしないように場所を変えた。」
「バレたか?」
ダニエルの額には汗がにじんでいた。
「いや、俺の考えだ。」
「そうか」
戸棚を開けると錠剤が二錠だけ薬包紙にくるまっておいてあった。それを口の中に放り込むとかみ砕いて飲み込む。
作業が終わるとエリックとほんの数分立ち話をした後、俺は部屋を出た。薬が効き始めてきたのか、今までの不安も罪悪感もゆっくりと溶け出し、ただ強烈な睡魔がそのあとに残る。兵舎に戻ると朝まで泥のように眠った。
MECーメックー @Pasifico
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