MECーメックー

@Pasifico

第1話 襲来

2025年 7月3日 アメリカ中西部の片田舎

「おいマクラレン!それもしかして、あれか?」

 家に遊びに来ていたキャップに呼びかけられたマクラレンは、やっと声をかけたかといった様子で笑みを向ける。その右手には日本製のダイキャストフィギュア〈M4アイゼンハワー 二十分の一スケール〉がしっかりと握られていた。キャップは最近見た〈驚異の新兵器!M4アイゼンハワーの性能徹底解説!〉というテレビの内容を必死に思い出した。それによると、M4アイゼンハワー。通称MECは、カッキ的なウンヨウシソーで、シキンキョリでの対ホヘイ戦ではアットウテキなアドバンテージをとれるらしい。しかし、そんなことよりもキャップはそのフィギュアのカッコよさに惹かれたていた。何といっても今までの車の派生形のような戦車ではなく、二足歩行のロボット型なのだ。武器を両手のアームを使って持つのもたまらない。大きくなったら、MECのパイロットになりたい。キャップはそんなことを本気で考えていた。

 マクラレンはこのフィギュアをどれだけ苦労して手に入れたか(なんとお風呂掃除にまで駆り出されたのだ!)を自慢げに語り、毎晩しているのと同じように、よくできているフィギュアを細部まで観察した。そんなことをしている内に、クッキーが焼けたと、リビングからマクラレンの母親の声がした。MECの最新版フィギュアも食欲には遠く及ばず、それをベッドの上に放り投げた。奇跡の偶然か、彼が投げたフィギュアが柔らかい毛布に触れた瞬間、一万キロほど離れたテヘラン空港で、アメリカ軍の爆弾が炸裂した。


 同日 同時刻 イラン テヘラン


 昼下がり、髭長マークニック先生の工学の授業は分かりづらいから嫌いだ。というところで僕たちの議論は落ち着いた。ランチルームは騒がしいが、うるさい三年生たちのせいではない。主に騒がしいのは教師たちだ。テレビを見ては、しきりに慌てたり、泣いたり、怒ったりしている。その中でも一番熱が入っているのが例のマークニック先生だ。豆のスープが入ったカップがこぼれているのにも気づかず、校長に対して怒鳴るような口調で何かを訴えている。マークニック先生はこのごろ異常ともいえるほど気が立っていて、以前からマークニック火山とあだ名がつけられるほどの癇癪持ちではあったが、この前の金曜日なんて、学校にライフル銃を持ってきて、警察に没収されている。そんなことで、このディブ・ラッティン中学校ではこの一週間ほど授業が行われていない。したがって生徒が来る必要もないわけだが、僕とマルティン・イーエステッドとマルティンの弟であるパーコスだけは、ここの学校図書館に通って本を読んだりしゃべったりしていた。マルティンとパーコスの母親は病気ですでに亡くなっているが、父はイラン解放戦線のメンバーとして、活動しているらしい。マークニック先生はそんな理由からマルティンとパーコスをひいき目に見ていて、そのせいか、彼ら兄弟は少しいじめられ気味だ。

 「テルウッド、どう思う?」マルティンがそばかすのある鼻っ柱を近づけてそう聞いていた。気づくと、自分たちのテーブル席を教師が囲んでいて、こちらを見ていた。

 「今日の夜のバスで先生たちはみんな、あーいや、マークニック先生以外みんなイランから逃げるからついてこないかって。」

 「ほかのみんなは?」

 「メイソンとデキはもう町を出て、ほかのみんなも準備をしてるって言ってた。僕たちの学年でテヘランに残ってるのは、もう三十人もいないって。」

 そこまで大変な事態だとは思っていなかった。家族に話そうかと悩んでいるとき、校長が畳みかけるように言った。

 「事態は思ったより切迫している。いつここに爆弾が飛んでくるか分からんのだよ。アメリカ軍の投入した新兵器は、次々とイラン解放戦線を撃破している。イランはもうだめかもしれないんだ。」

 その発言に、マークニック先生の眉がピクリと吊り上がったが、生徒の手前、剣を鞘に納めたようだ。

 「帰って、家族と話してみます。でも、マルティンとパーコスはどうするんですか?」

 「僕は、叔母さんが車で逃がしてくれるみたい、父さんはどこにいるかも分からないしね。」

 話は終わった。僕の家に先生たちも行って説得することになって、マルティンたちも一緒にランチルームを出た。マークニック先生は一人で、床に落ちたスープの前に立っていた。

 学校から出ると、見える景色はいつもと変わらない、この学校にまで通じる長い坂、いつもは鬱陶しかったが、もう二度と遅刻しそうになりながらこの坂を駆け上がることもないと思うと、少し寂しくなった。

 次の瞬間、空港のほうが一瞬光ったかと思うと、その次には、花火の百倍はありそうな爆音が聞こえて、空港は爆炎に包まれた。あれはいつの頃だっただろうか、友達から貸してもらったギターを盗まれてしまったことがある。ちゃんとそこに置いておいたはずなのに、そこにはもうない。取り返しのつかないことをしたと思って、背中をナメクジが這うようにゆっくりと冷たいものが下りてくる感覚。その感覚と全く同じものを、テルウッドは感じた。先生もイーエステッド兄弟も、ただ突っ立っていて、時が止まったように轟々とした音だけが耳の中に響いていた。

 止まっていた僕らを動かしたのはマークニック先生だった。彼はどこかに隠していたのか、ライフルを担いできていた。

 「ここから、動くんだ!空港からできるだけ離れろ!」

 僕たちはその言葉に従って、マークニック先生と一緒にバスが来るテヘラン駅を目指した。ジェットエンジンの音が上空から聞こえると、地上からその何倍もの大きさの爆発音が聞こえてくる。ついに、銃声も聞こえてきた。地上でも戦いが始まったのかもしれない。パトカーがサイレンを鳴らして、逃げる人でごった返す道路をかき分けるように空港へと突っ切っていったが、パトカーの中には兵隊が乗っていた。その兵隊はなぜか目隠しをされていて、重そうなリュックを膝の上にのせている。よく見ると僕と同じぐらいの年齢だった。それを見たとたん、国語を教える女性の先生が、膝をついて吐いた。マークニック先生もしかめっ面をしていたが、どこか泣くのを我慢していそうな顔だった。

 不思議なことに、駅に近づくほど逃げる人たちが減っていった。マークニック先生はよくない兆候だ。と言い、ほかの先生たちもそう思っているようだ。僕たちは大通りを避けて、車二台分ほどの、屋台が立ち並ぶ小さな通りに入った。通りに出た僕たちは息をのんだ。マークニック先生でさえ、銃を投げ捨てて両手を挙げた。

通りの先、五十メートルほどの距離に巨大な人型の兵器がこちらを見ている。

 「MECだ」校長はあきらめたようにそうつぶやいた。MECと呼ばれたその兵器は、全身青錆びをまとったような薄緑色で、二メートルほどの高さだ。片手にいつも僕たちが勉強している机を二つ並べたぐらいの銃口が四つある大きな銃を持って、何本ものコードがつながった監視カメラのような頭をしている。胸のあたりには、06と白い文字で書かれていて、脚だけ異様に太く、脚の先には人間でいうとくるぶしのあたりにタイヤの軸があり、脚を挟み込むように二対四個のタイヤがついてる。 

 その姿はあまりに無機質で、校長が中に人が乗っていると言っても信じられなかった。指の間から少しずつオイルが漏れていて、地面に小さな黒いシミを作っている。 その姿は最新鋭の技術の塊というよりかはむしろ、昔読んだ怪談に出てくる鬼のようであった。

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