夢が覚めるまで。変身が解けるまで。

@sekiin-Moku

お話

 自己紹介をしよう。俺の名前は里長茉裕。やぎ座で、好きなものは誕生日にもらった抱き枕。ぎゅっと抱きしめると心が落ち着いたんだよな。小さい頃から寝付きが特に悪いが今は改善されたんだ。自己紹介はこれぐらいにしておいて、今日は俺の子どもの頃の話を聞いてくれないか?

 まずは俺の親友の富山玲を紹介させてくれ。玲と仲良くなったきっかけは至って普通で一番最初の席が隣だったからだ。玲は本当に明るくて聴き上手なとってもいいやつだ。あいつとの思い出で、強く印象に残っていることといったらあれだな。いつも遊んでいる公園で玲がトイレに寄って行った日。俺はいつものようにトイレにはいかず玲のことを待っていると、公園にやってきたヤンキーらしき人がやって来ていた。トイレからいつの間にか出てきてい玲が彼ら見て、

「わっ。超カッコいい!」

って褒め称えたんだ。そしたら、あいつさ、

「今日から私、一人称を『俺』にする!茉裕も一緒にしよ!」

って言ってきた。誰かにこうやってお願いされることを夢見た俺は心の中で大喜びしていた。でも喜んでるのがバレたくなかったからそっぽ向いて照れながら、

「うん。いいよ。」

と頷いたのをよく覚えている。その日から俺の一人称も『俺』に変わった。その夜、照れながらも家族の前で一人称を変えたとき、みんな驚いていたなあ。

その日公園であったこと、玲と一緒にしたことを話すと、みんな笑ってくれた。俺は珍しくその日はとっても寝付きが良かった。

 クラスが違って疎遠になった時期もあった。五年生のときだ。分かるだろ。どんなに仲良しでもクラスが違うと心の距離が離れていく感覚。しかも俺、多分その時、思春期に入っていたと思う。だから、親友だった玲にも長い事会ったり、喋ったりしていないと自然に話しかけることができなかったんだ。その結果、五年生の夏休みが明けてから関わりが薄くなっていった。俺がその頃に仲良くしていたのは人間関係を見るのが好きな小宮晴という奇妙なやつだった。俺はこの頃、特に寝付きが悪かったので、よく休み時間は机に突っ伏していた。学校だと家よりよく眠れたんだよな。それはさておき、昼休みを教室で一人で過ごしていたとき、俺は初めて晴に話しかけられた。

「里長さん、今いい?」

と。晴は緊張しているのか辺りをキョロキョロ見渡していた。俺はむくりと身体を起こして

「うん、どうしたの?」

と聞いた。晴は目を丸くし、深呼吸をして間を空けてから俺を見て言い放った。

「友達になってください!」

正直な感想はなんで急に?そして俺?だ。でも断る理由もなかったので

「うん。よろしくね。」

と晴に言いあっさり友達になった。晴はぱっと顔を輝かせて

「うん。よろしくっ。茉裕って呼び捨てしてもいい?」

と言って来た。珍しいな。なんて思いながら、別に嫌じゃなかったので、

「いいよ。ご自由に。」

と返した。その次の日からは休み時間も、移動のときも晴と一緒に行動し話した。晴は触れたら危険なような裏の人間や普通にハッピーな友好・恋愛関係について熱く語っていた。俺はそこまで友好が広い人ではなかったため、晴に

「何か知りたいことある?」

と聞かれたときは、

「富山玲はどんな立ち位置にいるんだ?」

としか興味のある質問は浮かんで来なかった。

「んーと、確か今は堺優紀ちゃんのグループあたりで仲良くしていると思うよ。」

と教えてくれた。別にそこまで興味があったわけじゃなかったので

「へー。そうなんだ。」

と軽く返した。この頃、晴といると俺が不思議な目で見られていることはもう十分分かっていた。

六年生では玲と再び同じクラスになった。残念ながら晴は別クラスだ。玲とはまた隣でちらっと見られただけで何もなかった。補足だがこの二年間で玲は見た目だけは男っぽさが嘘みたいになくなり一般的にいわれる可愛い系になっていた。ついでに一人称が『私』に戻っていた。この日、俺らが言葉を交わすこともなかった。

 この頃は不思議な感覚だったな。玲を見ると妙にドキドキする。例えば、玲のちょっとウェーブのかかったさらさらな髪。昔のあいつが着ていることを想像もできないようなふわふわなレースのスカート。そして、玲が近づくときにどこからか漂ってくる柔軟剤のいい匂い。その時まで気にして来なかった玲の些細なことまでに俺は魅了されていた。玲がクラスに馴染みだしてから、俺らは昔の様に話すようになり、休み時間もたまに一緒に過ごすようになった。玲は見た目は変わったが中身は変わらずで、俺に当たり前の様に抱きついてくるし、華奢な指で俺によくちょっかいも出してくる。俺も意地でやられた分をやり返すが平静を装って照れ隠しするので必死で強くやり返すことができなかった。

 この日は玲の友達、優紀ちゃんに仲良くなりたいと言われてお出かけに誘われたのでショッピングモールで待ち合わせていた。慣れない雰囲気にそわそわしているといきなり後ろから

「わっっ!」

と玲が驚かせてきた。俺は突然のことに、そして玲がそばにいたことに驚いて

「うわあああっ!」

と裏声が出して尻もちをついてしまった。俺のあまりの驚きように両手をパーにして玲が呆然としていた。そして俺が

「いきなり驚かせてくるなよ。」

と下を見て言うと玲はさっきまでポカンとしていた顔がみるみる笑顔になり、煽るように

「へぇ、こんなんでこんなに驚いちゃうんだー。緊張でもしてるの?で、誰を待っているの?晴くん?付き合っているって噂よく聞くよー。」

と調子よく言ってきた。

「は?なんで晴の名前が出てくんの?」

噂されていたことは気付いていたが、そこまで発展していることになっていたとは。

「え?晴くんじゃないの?じゃ、誰待ち?」

嘘をつく必要もなかったので正直に言った。

「優紀ちゃんだよ。」

「えっ?優紀?え、なんで、」

「茉裕ちゃーん。おまたせー、ごめん待った?あれ、なんで玲がいるの?」

あたふたとしていた玲が言おうとしていた言葉が途切れた。そして優紀ちゃんの声を捉えた瞬間、表情が凍りついた。

「お母さんに買い物を頼まれたからだよー。優紀こそどうして茉裕と?珍しい組み合わせじゃん。」

そう玲は早口で言った。優紀ちゃんはまるで玲を見下すかの様に

「別に仲良くしたいだけだけど何か悪い?さっ、茉裕ちゃん行こ!」

「あ、待ってっ!」

玲は俺らを引き留めようとしたが優紀ちゃんが俺の腕を組んで強引にその場から離れた。かといって玲が追いかけに来ることはなかった。文房具や雑貨を一通り見終えた後、一休みするためにアイスを食べることになった。他愛のない会話をして沈黙が生まれたとき。優紀ちゃんは俺のことをじっと見て舌で唇を舐めてからバッサリと切り出した。多分優紀ちゃんのお出かけの目的はこれだ。

「単刀直入にいうね。茉祐ちゃん。一人称を『俺』から『私』に変えて。理由はキモいから。」

耳を疑った。まさか玲の一人称が『私』になったのもこれが原因?黙って考えを巡らせた。すると優紀が強く急かす様に言った

「ねぇ、黙ってれば解決できるものじゃないから。」

怖くなった俺は沈黙を生まないように必死に言葉を紡いだ。

「俺は『俺』のほうがかっこいいなと思って。あはは。ちなみにもしかして玲にもこれ、強要したの?」

後半の方は声がおかしかった気がする。顔も引き攣っているのが分かる。

「強要って。やめてよぉ。ただ、茉裕がかわいい女の子だから言っていることなのっ。」

違う。俺は女の子じゃない。

「茉裕はボーイッシュ女子も似合うけどさー」

違う。俺は女子じゃない。

「スタイルもいいし、胸も大きいし、性格も私らと違って控えめで大人しいし。きっと、女の子らしくしたらもっと可愛くなると思うのっ。」

違う。俺は男だ。

「だから『俺』を使ってキモくなるのはもったいないよぉ。玲にもそれと似たようなことを言っただけだよ。安心してっ。」


俺は下を向いて慣れている言葉の暴力に耐えていた。不思議とあまり怒ってはいなくて、ただ無心でいた。黙っていても埒があかないのは確かで、でも抵抗する心の余裕もなかった。だから優紀ちゃんが今きっと一番欲しがっている言葉をあげた。

「うん。わかった。私、もう俺っていうのやめるね。アドバイスありがとう。」

優紀の顔がぱっと輝いた。私は目を細めた。私はもう既に崩れかけていた心が壊れた気がした。



どうして俺の親は私を女扱いしてくるの?

俺は男なのに。

そんなときは「えへへ。」と笑って誤魔化した。

どうして私は女子トイレに入らなきゃいけないの?

俺は男なのに。

だから外では意地でもトイレにいかなかった。

どうして俺は髪を伸ばしたらかわいいなんて言われるの?

俺は男なのに。


どうして俺の身体にはちんちんがついていないの?どうして胸が膨らむの?生理がくるの?


俺は男なのに。


ねぇ、なんで俺はっ!ねぇ、なんで?なんでっ!

ねぇ、これは夢でしょ!夢なら早くさめてよぉ。

もう何年も待ってるんだよ!

これは俺の身体じゃない!俺の身体は女じゃない男だ。


これは夢じゃないって?

じゃあなんなんだよ。じゃあ、これはなんなんだよ!



「あぁ、そっか俺は女の人に変身してるんのかあ、納得だわー。あははー。」

彼女は涙声で狂ったように笑っていた。しばらくして彼女はピタリと笑いやんだ。落ち着いたのか、諦めがついたのかこちらからではわからない。それから静かに泣き出した。そして彼はもう何度目になることかわからないほどに願っていることを今日もつぶやいた。

「早く変身が解けてくれないかな。」

と。彼女は顔をくしゃくしゃにして視界が真っ黒になるほど抱き枕を強く抱きしめた。今の彼にはそう願うほかできることはなかった。

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