病弱聖女は血を流して倒れる

 やがて馬車の音すら聞こえなくなる

 治癒魔法を掛けようとするが魔力が足りないようで発動しない


「嘘……魔力が……」


 ……まだ回復してなかったの


 兵士達に使った分が回復し切ってない

 聖女の魔法以外を私は使えない

 いや、厳密には他の魔法を覚える余裕が無かった

 私は魔法を一つ覚えるのにもヒナより多くの時間を要したから


 ……このままだと魔力回復は間に合わない


 現状の魔力量を考えると聖女の魔法が使える程度に魔力が回復するには最低でも1時間はかかる

 剣は深く刺さっていた、傷口が大きく大量の血が溢れている

 傷口を手で抑えるけど出血は止まらない

 何とか痛みを堪えて起き上がり周りを見渡す

 森の中、草木が生えて遠くは見通せない

 少し先に馬車道はあるが雑草生え普段から馬車が通るような道では無いように見える

 兵士達の話からしてここは魔物が出てくる森

 凶暴で危険な存在、強さに差はあれど弱くても今の私が勝てる相手では無い

 攻撃系の魔法も自衛用の武器も持っていない

 魔物に遭遇したら間違いなく死ぬ


 ……取り敢えず止血しないと


 応急処置を施せば死ぬより前に魔力が回復する可能性がある

 そうすれば間に合う

 森の中、何か無いかと必死に探す

 森の知識なんて無い、応急処置に使える果実、草など知らない

 病弱であった私は殆ど外に出た事が無い、本も聖女の魔法に関係する物しか読んでいない

 こんな状況になるなんて想定していない、対策だって考えていない


「止血……葉っぱ、包帯みたいな葉っぱがあれば」


 探す物を絞って周りを見る

 宛もなく探すより早い

 あるか分からないけど

 一つ一つ葉っぱを見ていく

 そして細長い葉っぱを見つける

 長さもある、これなら包帯のように縛れる

 ゆっくり葉っぱの傍まで歩き葉っぱをちぎって腹に巻く

 傷口を圧迫して痛みが走る

 我慢して縛る、葉っぱがちぎれない程度に力の調整をする

 数分待ち出血が少なくなる


「これなら持つ。でも……」


 直ぐに死ぬ事は無くなった

 ただそれだけで絶望的な状況なのは変わらない

 私はこの森の事を知らない

 知っていて魔物が出てくるだけ

 馬車道が近くにあり馬車が来て走り去った方向くらいは分かるけど歩いて街まで行ける自信は無い

 私は体力が少ない上身体能力も高くない


 ……薬もない


 病気の症状を抑える薬

 今日分は服用済みだけど明日以降は症状が抑えられない

 そうなれば行動が出来なくなる

 今日を凌げても明日以降で死ぬ

 完全に希望が無い、考えられる道の殆どは近い死に繋がってる

 運良く誰かが通れば助かる可能性はあるが魔物の出る森に人が通る事はそうそう無い


「街からどのくらい離れてるのだろう」


 寝ていたから馬車に運ばれていた時間が分からない

 近くにあれば人が来る可能性が高くなる


 兵士達が仕事で来る可能性はあるが見つけたとして私を助けてくれるかは分からない

 彼らは私を嫌っている

 それにもし捨てるなら緊急でも無ければ人が来ないような森に捨てるはず

 私は仮にも聖女、もし私が生きたまま見つかれば関わった人々は無事では済まない

 自ら手を掛けずに殺す手を取るはず


 ゆっくり立ち上がる

 フラフラとしているが馬車が来た方向にゆっくりと歩いていく

 少しでも助かる可能性を信じて進む


「私は死ねない」


 後ろから音がする

 距離はあるが草木が動く音、風では無い

 恐る恐る後ろを見ると黒い生物が居た

 2m近い生物、真っ黒で姿形がはっきりとは見えない


 ……魔物


 黒い怪物

 見た事は無かったが目の前の存在が魔物と言われている忌むべき存在だと理解する

 魔物の視線はこちらを捉えている


「逃げないと……あっ……」


 逃げようと前を向いて走るが浮石を踏んで足を捻り倒れる


「痛い……足が……」


 足を捻ったせいで上手く立ち上がれない

 立ち上がれても元々バランスが悪い私では歩く事は困難

 急ぐ必要が無い魔物は歩いてこちらに向かってくる

 近くにある石を拾って投げる、当たるが傷1つつかない

 武器となるのは落ちている枝や石、こんな物では倒せない


「来ないで!」


 石をひたすら投げる

 狙いを定めたところで当てられない、拾っては投げを繰り返す

 その間にも逃げる方法を考える


 ……どうすれば……


 何も思いつかない

 立ち上がれない、走れない、武器も持ってない

 防御魔法と攻撃魔法も使えない

 身を守る術が何も無い

 魔物が目の前に来る

 振るえば魔物の腕が届く位置、魔物は腕を振り上げる


「ひっ……いや……」


 適当に石を投げるが怯みもしない

 腕が素早く振り下ろされる、私の目では視認出来ない速度で振り下ろされた腕は私の足を切り裂く

 傷口から大量の血を流す

 私は激痛で声にもならない声で叫ぶ

 足を切られた

 切られた足が血を流して地面に転がる


 ……足が


 魔物がもう一度攻撃を仕掛ける

 胸、腹を深く切られる

 傷口から大量の血が溢れ出す

 私は倒れ込む

 意識は残っている、朦朧として視界もぼやけている

 私ですらもう分かる、これは死ぬと

 傷が深く多過ぎる、出血が多過ぎる

 まだ魔力が足りないから聖女の魔法も使えない


 ……死にたくない……


 あの家に居ても希望は無かった

 でも私は聖女の役目を果たして死にたかった

 彼らが私に任せた役目を……

 朦朧とした意識は私の意思を無視して薄れていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る