最終話 勇者と皇帝

 その夜、デリルたちは帝都ロイヤルホテルの最高級スイートルームに宿泊した。ヴェラの傷もまだ完治していないので一週間ほど滞在する事にしたのである。

 

 旅が終わると打ち上げと称してどんちゃん騒ぎをするのがデリルたちのいつものパターンだったが、今回はミゲイルの死をいたんで少ししんみりとしたムードで行われた。

 

 翌朝、エリザとアルはいつものように朝早くにホテルから抜け出していた。

 

「魔王が封印されてもあたしたちの習慣は変わらないな」


 エリザはストレッチをしながら独りちた。


「そうだね、これからももっと腕を磨くぞ!」


 アルも屈伸運動をしながら気合を入れる。

 

「おっ、朝から張り切ってるじゃないか」


 エリザは冷やかすようにアルをつついた。ホテルの玄関先からちょっと歩くと帝都広場がある。さすがに広場で剣の練習は出来ないのでもう少し先に進んで、帝都軍人が訓練している運動場付近までやってきた。

 

「おっ、ここなら大丈夫そうだな」


 エリザは周囲を見渡して言う。早朝なので帝都軍人もぱらぱらとしかおらず、それぞれが集中して訓練しているのでエリザたちを気にする様子もない。

 

「そうだね、じゃあ始めようか」


 アルはそう言って剣を抜く。エリザは盾と戦斧せんぷで対峙する。「いくよ!」

 

 アルがエリザに飛び掛かる。エリザがアルの剣を戦斧で受け止める。

 

「おっ、ちょっと攻撃が重くなったな」


 エリザがアルの成長を感じて嬉しそうに言う。

 

「そう? 少しは力が付いたのかな?」


 アルが調子に乗っていると、エリザの戦斧が首の付け根にぴたりと付けられる。

 

「油断するな! スパッといかれるぞ!」


 エリザのげきが飛ぶ。アルとエリザの訓練をしばらく遠くで見ていた何者かがゆっくりと近づいて来た。

 

「やっぱり早朝から訓練してるんだね」


 声を掛けてきた人物を見て二人が目を丸くする。

 

「こ、皇帝陛下!」


「ペディウス……様」


 うっかり呼び捨てしようとしたエリザがとっさに様を付けて誤魔化ごまかす。

 

「よしてくれ、ペディで良いよ」


 照れくさそうにアルたちに言うペディウス。「君たちは『皇帝の客人』だろ?」

 

 どうやらその身分を与えられた者は不敬罪には問われないらしい。

 

「じゃあ、あたしは遠慮なくペディって呼ばせてもらうよ」


 エリザが言うとペディウスがどうぞどうぞとおどけて見せる。

 

「僕はペディさんって呼ぶよ。ペディさんの方が年上だからね」


 アルは十五歳、ペディウスは十八歳である。「で、ペディさん、皇帝がこんな所に来て大丈夫なの?」

 

「君たちがまだ帝都にいるって聞いて、もしかしたら早朝練習に来てるんじゃないかと思ってね」

 

 ペディウスは一振りの剣を持っていた。「アル、立ち合ってくれないか?」

 

「あはは、何言ってるの?」


 アルが軽く受け流そうとするとエリザの拳骨げんこつが飛んできた。

 

「馬鹿か、お前。あいつの目をよく見ろ、本気の目だぞ!」


 エリザが真顔でアルを叱る。礼には礼を尽くす、それがミゲイルから教わった武の心得こころえである。粗暴そぼうなエリザもそれだけはきっちり守ってきた。

 

「いてて。ごめんよ、エリザ」


「あたしじゃない、ペディに謝れ!」


「ごめん、ペディさん」


 アルは素直に謝罪した。

 

「アル、君は良い師匠を持ったな」


 ペディウスは羨ましそうに言った。「さぁ、改めて立ち会え、アル!」

 

 ペディウスが剣を抜く。アルも今度は応じて剣を構えた。

 

 

 

「ありがとう」


 立ち合いを終えたペディウスが頭を下げる。

 

「こちらこそ、ありがとうございました」


 アルも同じく頭を下げた。

 

「どちらもまだまだだな」


 エリザが言うと二人がエリザを恨めしそうに見る。「ねるな、どちらもまだまだ伸び盛りって事だ」

 

「さすが勇者だな、闘気オーラ無しでもこれだけ立ち回れるんだから」


 ペディウスが感心する。

 

「何言ってるんだ、皇帝さん。油断したらやられてたよ」


 アルもペディウスをリスペクトして言う。二人はゆっくり近づき、固く握手を交わした。

 

「困った事があったらいつでも力になるぞ、勇者」


「こちらこそ。いつでも言ってよ、皇帝」


 二人はそう言い合って大声で笑った。

 

「ミゲイル、あたしらの弟子たちはすこやかに育っているぞ」


 エリザは笑い合う二人を見守りながら空に向かってつぶやいた。

 

 

 

 ペディウスと別れたエリザとアルは帝都ロイヤルホテルに戻ろうとしていた。

 

「エリザ―ッ!」


 上空からエリザを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ん? デリル? どうしたんだーっ?」


 エリザも大声で返事をする。デリルはエリザを発見して急いで降りてきた。

 

「まったく、どこ行ってたのよ! 大変なのよ!」


 デリルはエリザにまくし立てる。

 

「いつもの朝練だよ、それよりどうした?」


 エリザが尋ねると思い出したように、

 

「そう、ヴェラがね、突然高熱にうなされ始めたのよ!」


 デリルが大慌てで言う。「へそで茶を沸かすくらいの高熱!」

 

 よく分からないが本当に茶が沸くならかなりの高熱だ。

 

「あんなに元気そうだったのに……」


 アルが心配そうに言う。

 

「ヴェラが言うには臥竜山がりゅうざんに『竜の熱冷まし』っていう薬草があるらしいの」


 デリルはほうきを掴んで再びまたがる。「エリザもついてきて」

 

「え? なんであたしが?」


 エリザは訳が分からず戸惑っている。

 

「そのエリアには魔法の効かないモンスターが出るらしいのよ」


 デリルはそう言ってちらっとアルを見る。「ああ、そうだわ! アルくんにお願いしちゃおうかな?」

 

「しょうがねぇな、あたしがついて行ってやるよ。アル、留守番頼んだぞ」


 エリザはまんまとデリルの思惑通りの行動を取る。アルをデリルと二人きりにしたくないというエリザの心理を利用したのだ。エリザは戦斧を担いでデリルの後ろで箒に跨った。


 二人を乗せた箒はゆっくりと浮上していく。

 

「行くわよ、それっ!」


 デリルとエリザは突き抜けるような青空の中に消えていった。




 <第二部 完>

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