第8話 凱旋する豊かな仲間たち

「そうか、あの後すぐにネロくんたちがヴェラの手当てをしてくれたんだね」


 アルが納得したように言う。頭に血が上り、魔王を倒す事だけを考えていたアルはヴェラがすぐにネロたちによって物陰に移動されていた事にも気付いていなかったのである。

 

「一週間ほどは飛ぶのも不自由するが、ゆっくり休めば元通りじゃ」


 ヴェラはけろっとした顔で言った。「臥竜がりゅうに戻るのもしばらく無理じゃな」

 

「全く、しぶとい奴だぜ」


 エリザがいつもの悪態をく。しかしちょっと嬉しそうにも聞こえる。

 

「……なぁ、デリル」


 ヴェラが急にデリルに声を掛けた。

 

「え? なに?」


 突然の指名に驚くデリル。

 

「魔王を封じた宝石を預かったじゃろう。ちょっとだけ見せてくれんか?」


 ヴェラがうれいを帯びた表情でデリルに言う。

 

「ええ良いわよ。はい」


 デリルがポケットに納めた封魔ふうま赤石せきせきを取り出す。受け取るかと思ったがヴェラはデリルの掌の上にある宝石を黙って見つめていた。

 

「魔王……」


 ヴェラはポツリとつぶやく。一度は一緒に暴れ回った盟友めいゆうである。デリルたちには分からない絆のようなものもあったに違いない。「一歩間違えばわらわもこの中に閉じ込められていたかもしれんな」

 

 そう、今でこそ豊かな仲間たちの一員だが、つい先日までは敵対していたのだ。もしもアルと出会う前に魔王が復活していたら、ヴェラは魔王と手を組んで世界を滅ぼそうと共闘していたかもしれないのだ。

 

「ヴェラ、後悔してるの?」


 アルが不安そうにヴェラを見上げる。こうして見るとただの幼子おさなごじゃな、ヴェラはアルを見つめてそう思った。後悔なんぞしてないぞという意味を込めてアルの頭を優しく撫でる。

 

「もう結構」


 ヴェラはヘルマン・ヘッセよろしくデリルにそう言い放った。どうやら今生の別れは終わったらしい。見せてくれと言うから見せてやったのに「もう結構」なんて言われたデリルは、「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」と思いながら赤石をポケットに戻した。

 

 

 

 デリルたちは帝都に戻った。通常であれば大臣であるキャスパルが窓口になるべき案件であったが、キャスパルは絶対安静であった。旧知の仲である事から直接皇帝と話をする事を許されたデリルたちは、帝座ていざに座るペディウスに一部始終を報告した。

 

「そうか、ミゲイルは最後まで大将軍として戦って散っていったのだな」


 ペディウスは苦悶の表情を浮かべた。しかし、帝座に座っている以上、他の者たちの前で取り乱す事は許されない。

 

「帝都を襲った今回の事件について陛下にご説明致します」


 アストラが理路整然と状況を説明する。こういう役目はやはりアストラの方が得意である。デリルが説明したのでは支離滅裂になって状況が分かりにくい。下手をするとデリルが帝都付近に魔王を封印した事を突っ込まれて、結局お前のせいじゃないか、なんて事になりかねない。

 

「そうか、復活した魔王を再び封じ込めたのだな?」


 ペディウスがアストラに確認する。アストラはデリルに目配せをした。

 

「え? なに?」


 きょとんとするデリルにアストラが小声で「赤石せきせき!」と言う。そこでようやくデリルがてのひらに赤石を乗せてペディウスに向けて捧げるように見せた。

 

「こほん、この封魔ふうまの赤石に封じ込める事に成功いたしました!」


 アストラが周囲の者たちにも分かるように一際大きな声で宣言する。

 

「おお! あの中に魔王が……」


「それじゃ、もう魔物におびえずにすむんだな」


「帝都は滅亡の危機を乗り越えたんだ!」


 口々に騒ぐ者たちをペディウスが手を上げて制す。

 

「デリル、そしてその仲間たちよ」


 ペディウスがおごそかに呼びかける。なお、ヴェラは体調が万全でないため欠席しており、シルヴィアはいくら正気でなかったとはいえキャスパル暗殺未遂の張本人なのでこの場には来ていない。

 

「はい」


 デリルたちは声を揃えて返事をする。

 

「そなたたちの働きにより、帝都の平和は守られた。帝都民を代表して感謝の意を表する」


 ペディウスはそう言ってお付きの者に目配せをすると、数名の家臣がデリルたちに何かを手渡していく。

 

「こ、これは、帝都銀行券?!」


 デリルがちょっとあきれたような声を出す。帝都銀行券、簡単に言えば現金である。

 

「一人につき一万テイトだ。少ないが取っておいてくれ」


 ペディウスが言う。一万テイトは一万オウトと同じ、金貨一万枚相当の大金である。デリルは七千万オウトもの資産を持っているのではした金に過ぎないが、他の者たちにとってはかなりの大金であった。

 

(私の分はシルヴィアにあげよっと)


 デリルは心の中でつぶやいた。

 

「今日から君たちの帝都での身分は『皇帝の客人きゃくじん』とする」


 ペディウスが宣言すると、謁見の場にどよめきが巻き起こる。帝都において皇帝の客人とは外交官特権を遥かに超える絶大な特権階級である。遥か昔、一人だけこの身分を与えられた人物がいるが、一度にこれほどの人数に与えられるのは前代未聞の事であった。

 

「これにて謁見を終了する」


 まだ騒然としている謁見の間に、ペディウスのお付きの武官の声が響く。デリルたちは羨望の眼差しを全身に受けながら、そそくさと会場を後にした。

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