第7話 封魔の赤石

「みんな、よく頑張った。これで魔王は完全に封じられた!」


 アストラがデリルたちをねぎらう。「一時はどうなるかと思ったぞ、デリル」


「ちょっと、理解が追い付かないんだけど……」


 デリルが頭を掻きながら言う。「あんたが名前を読んで、魔王が返事をしたら一瞬でその宝石に吸い込まれたのよね?」

 

 そう、ほんの一瞬で魔王は宝石に飲み込まれた。


「うむ、あいつにできる事なんて、せいぜい私たちを惨殺する夢でも見る事・・・・・・・・・・・・・・ぐらいだ」


 アストラが赤黒い宝石を見せながら言う。


「これ、青くなかった?」


 デリルが宝石を指差して言う。


「そうだ。こいつは封魔ふうま赤石せきせきと言うんだが、まさか赤石が青い宝石だとは思わなくてな。探すのに苦労をしたぞ」


 アストラは魔王を封じるため、この封魔の赤石を探していた。妖精の村にあると聞いていたのだが、シルヴィアに調べさせたがそれらしい赤石は見つからなかったのである。「紛らわしい話だ。何も封じていない時は青いんだとさ」

 

 アストラが手を開いておどけて見せる。

 

「じゃあこの石が赤黒くなっているのは魔王を封じ込めたから?」


 アルが興味深そうに宝石を見る。血のような、深い深いダークな赤である。この中に魔王が封じられていると思うと怖くて触る気にもなれなかった。

 

「見た目は普通の宝石なのにな」


 エリザは平気な顔でひょいっと赤石とまんだ。

 

「……よく触れるね、エリザ」


 アルは呆れた顔でエリザを見た。豪胆と言うか無神経と言うか……。

 

「まぁ封印が解ける事は無いが、とりあえず返して貰おう」


 アストラが手を出す。エリザは興味を失って素直に赤石をアストラのてのひらに乗せた。

 

「ホントに封印が解けないんでしょうね?」


 デリルがアストラに念を押す。

 

「うむ、少なくとも二十年やそこらで弱まるような封印ではない」


 アストラは嫌味ったらしく言う。「この先、宝石の中から魔物を抽出するような技術でも開発されない限り、永遠にこのままだ」

 

「砕けたら出てきちゃうんじゃない?」


 デリルはまだ不安が拭いきれず尋ねる。

 

「宝石が砕けたら中の魔王も砕ける。心配はいらん」


 アストラはじっと宝石を見て、ふと困った顔をした。

 

「どうした? 万事めでたしめでたしじゃないのか?」


 エリザがアストラにく。

 

「うむ。こうして無事に魔王を封印できたのは良いが……」


 アストラはポリポリと頭をく。「妖精の村の方をどうするか、と」

 

 アストラはシルヴィアを使って勝手に妖精の村から封魔の赤石を持ち出したのだ。しかも中身の入っていない青い宝石である。

 

「盗んだのは良くないけど、目的は魔王を封印する為だもんね」


 デリルはうーんと考え込む。「そもそもなんで盗み出したの? 魔王を封印するから貸してくれとは言えなかったの?」

 

「便利な道具というのは危険でもあるんだ。封魔の赤石もうっかり人の名前を呼んでしまうと返事をした人間を封印してしまうだろ?」


 アストラは続ける。「そんな危険な宝石を、どこの馬の骨とも分からない隻眼せきがんの魔導士にほいほいと貸し出すと思うか?」

 

 それでなくてもあまり人間と友好的ではない妖精たちである。アストラのような悪人面だとどうしても警戒してしまうだろう。

 

「分かった。私がミア様に事情を説明して返しておくわ」


 ミアというのは妖精の女王の事である。ケルベロス騒ぎの時に協力したのでデリルとネロは妖精の村に受け入れられているのだ。

 

「分かってると思うが、持ち逃げなんかするなよ」


 アストラは手渡しながら念を押す。

 

「こんな物騒な物、手元に置いておきたくないわよ!」


 デリルは親切心で返しておくと言ったのに心外な事を言われて声を荒げる。ついでに言うとデリルは宝石にはあまり関心が無い。大金を手にしたデリルはその気になれば国宝級の宝石も思うままに手に入れる事は出来るが、そんな事にお金を費やすつもりは無かった。

 

「じゃ、そろそろ帰ろうか」


 エリザが促す。エリザは急にミゲイルの事を思い出してぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。「ミゲイル……」

 

「これでヴェラの仇も取れたな」


 アルもヴェラを思い出してしんみりとした気持ちになっていた。

 

「うむ、よく頑張ったな、アル」


 いつの間にか隣に立っていたヴェラがアルを労う。

 

「うん……。……!? ヴェ、ヴェラ?!」


 突然現れたヴェラを見て驚くアルとエリザ。

 

「てめぇ、生きてたのか!」


 エリザが悪態をく。

 

「当たり前じゃ。そもそもあの時、ちゃんと言ったはずじゃ」


 そうヴェラに言われてその時の事を思い出してみる。

 

 

 

「大丈夫じゃ。わらわは……この程度では死なん」


「ちょっと眠るとしよう……。なに、そんなに長くはない……ほんの……ちょっとの間だけじゃ……」


「そ、そう言うな、アル。大丈夫……、大丈夫じゃ。わらわが眠りについても……お前一人でもきっと……魔王を……」




「それみたことか! わらわは一度も死ぬとは言っておらんぞ」


 ヴェラはまくし立てるように言う。「あの程度で死ぬならこんなに長く生きてはおらんわ!」

 

 よくよく考えてみればトカゲでも尻尾切られたくらいでは死なない。翼も切られていたがおそらく同じように再生できるのだろう。爬虫類の生命力を人間の常識で考えてはいけないのである。

 

「ヴェラ!」


 アルが思わずヴェラに抱きつく。

 

「いてて……、こら、アル。まだ傷が痛むんじゃ。乱暴にするな」


 ヴェラはしがみついて泣きじゃくるアルに向かって照れくさそうに言った。

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