第5話 眠りにつく臥竜

 ギィヤアアァアァアッ!!


 ヴェラがけたたましくいななく。大広間とは言え手狭な室内を低空飛行で魔王に向かっていく。


臥竜がりゅうよ、どうしてもその乳離れしてないガキを選ぶと言うのだな……」


 魔王は失望を隠せない様子で突っ込んでくるヴェラたちを見る。「サラバだ、臥竜よ!」


 カッと目を見開いた魔王が剣を構え、狙いを定める。そこに無数の矢や苦無くないが飛んでくる。


「ネロくんたちだわ!」

 

デリルが嬉しそうに叫ぶ。「よーし、私も張り切っちゃお!」


 デリルは再び両手を開いて魔王に向けた。


「むっ、この矢は……」


 魔王が剣を旋回させて矢を弾く。どうやら放っておいたら危険だと察したらしい。矢自体はどこにでもある物だが放ったのはキューピッド・ネロである。全ての矢が急所に向けて飛んできているのは間違いない。


「行くぞ、魔王!」


 アルがヴェラの背で叫ぶ。構えた竜殺しの剣から青白い闘気オーラが魔王に向かって飛んでいく。


「そらっ、あたしの戦斧せんぷもお見舞いするぜ」


 エリザがヴェラの背から飛び上がり、魔王の頭部に戦斧を振り下ろす。


ヴェラはそのまま魔王に尻尾で攻撃しようと身体をよじる。巨大な尻尾が魔王を襲う。


「調子に乗るな、雑魚どもが!」


 魔王はアルの放った闘気を簡単にかわし、エリザの戦斧を剣で弾き飛ばす。「臥竜、覚悟!」


 魔王は尻尾をかわして背を向けたヴェラに渾身の剣を振り下ろした。


ギィヤアアァアァア……!


 ヴェラは悶絶しながらヨロヨロと二、三歩歩いた後、そのまま仰向けに倒れた。


「ヴェラァァァッ!」


 アルが絶叫する。ヴェラの尻尾は断ち切られ、片方の翼も失っていた。かなりの重傷である。ぐったりとしたままヴェラの姿は閃光に包まれ、いつもの豊満美熟女の姿に変わった。「グスッ、ヴェ、ヴェラ……」

 

「ふ……、ちょっと……張り切り過ぎたようじゃの……」


 ヴェラが力なく微笑む。「大丈夫じゃ。わらわは……この程度では死なん」

 

「もう良いよ、ヴェラ。もう喋らないで」


 アルが泣きじゃくる。

 

「ふふ、そんなに泣くな……アル。まだ戦いの最中じゃぞ……」


 ヴェラは弱々しい声でアルをたしなめる。「魔王を倒すのじゃ、頼ん……だぞ」

 

「ヴェラ……」


 アルはヴェラの手を握る。握り返すヴェラの力も嘘のように弱い。

 

「ちょっと眠るとしよう……。なに、そんなに長くはない……ほんの……ちょっとの間だけじゃ……」


 ヴェラがアルに微笑みかける。

 

「嫌だ、ヴェラ……。寝ちゃ駄目だ……」


 アルは握った手を振ってヴェラを励ます。

 

「そ、そう言うな、アル。大丈夫……、大丈夫じゃ。わらわが眠りについても……お前一人でもきっと……魔王を……」


 ヴェラはそのまま目をつむる。

 

「ヴェラ? 嘘だろ? ヴェラってば、ねぇ、ヴェラァァァッ!!」


 アルはヴェラの身体の上に泣き崩れた。エリザは二人に背中を向け、涙をこらえている。

 

「ヴェラ……」


 デリルは少し離れたところで見ていた。三人にしか分からない世界があるのだ。あの空間に立ち入るのは無粋な気がしたのである。

 

「魔王ぉっ!」


 アルが怒りに身体を震わせながら立ち上がる。

 

「心配するな、お前もすぐにヴェラの元へ送ってやる!」


 魔王は剣を構える。

 

「てめぇだけは許さねぇ!」


 アルは竜殺しの剣を両手で持ち、身体中の闘気を注入する。剣からは青白い炎が立ち上り、アルの目が怒りに燃えている。「喰らえっ! 勇者の破壊ブレイブブレイク!」

 

 竜殺しの剣から青白い巨大な闘気の波が魔王に向かって飛んで行く。

 

「凄いわ。あれじゃ、避けようがない!」


 デリルが目を丸くして言う。先ほどあっさりと避けられた闘気は刀身と変わらない程度の大きさだったが、今度の闘気はとてつもなく大きい。

 

「ぬぅ……、受けるしかないか!」


 魔王は腕を交差させ、衝撃に備えた。「魔王の鎧ダークロードメイル

 

 全身を硬化させ、アルの闘気を受け止める魔王。巨大な闘気は魔王を飲み込むようにして貫いていく。

 

「死ねぇぇっ!」


 アルはさらに剣に闘気を送り込む。

 

「アル、止めろ! これ以上闘気を送り込んだらお前が死ぬぞぉっ!」


 エリザが両手でアルを羽交い絞めにして食い止める。

 

「放せ、エリザ! 魔王は確実に殺すんだぁっ!」


 アルはさらに闘気をめようとする。

 

「いい加減にしろ! お前が死んだらヴェラが悲しむぞ!」


 エリザが必死に声を掛けると、ようやくアルは闘気を籠めるのを止めた。

 

「はぁはぁ……、ほ、本当に死ぬところだった……。ごめん、エリザ」


 アルは我に返り、エリザに謝る。

 

「相変わらず怒りで人格が変わる野郎だ」


 エリザはアルの頭をゴツンと叩いた。

 

「凄かったわね、アルくん」


 デリルが二人に近づく。アルの放った闘気は床や天井を削って一本の道を作っていた。魔王は逃げる術もなく正面から闘気を受け止めていた。

 

「もしかして……倒しちゃった?」


 デリルは腕をクロスさせて動かない魔王を見てつぶやいた。ぶすぶすとくすぶる音が聞こえ、何かが焼けたような匂いが充満する。

 

 しかしヘーゼルの例もある。迂闊うかつに近づけば反撃を喰らい、ミゲイルの二の舞になる可能性もあるのだ。デリルたちは警戒をおこたらず、徐々に間合いを詰めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る