第3話 魔王復活

「みんな、お待たせ。そろそろ行くわよ」


 デリルは張り切って魔法陣の前に立つ。アストラも横に並んだ。ネロは再び闇の中へ隠れ、シルヴィアも髪留めを装備してアサシンモードに入る。ヴェラは幼女姿のまま期待に満ちたキラキラした目で見ている。エリザとアルは緊張した面持ちで見守っている。


「さぁ、今こそ魔王の封印を解くのだ!」


 アストラに言われ、デリルは両手を魔方陣にかざしてブツブツと呪文を唱え始める。


「いよいよだな。お前だけは命に代えても守ってるからな」


 エリザが言うと、


「死ぬなよ、って言われただろ? 死んだら僕もエリザを許さないからね」


 アルが震える手でエリザの手を握る。


「お兄たん、あたちも怖い」


 ヴェラが反対側からアルの手を握る。エリザとだけ絆が深まるのは見過ごせないらしい。アルは嘘臭いと思いながらも黙ってそのまま手を繋いでいた。


「オープンゲート!」


 デリルは両手を掲げて叫ぶ。魔方陣から青白い火柱が立つ。徐々に火柱は弱まり、人影がうっすらと浮かび上がってくる。


「あれが……魔王?」


 アルは人影を見て呟く。全身が青い肌で、頭にはぐるぐる巻きになった二本の角が生えている。二メートルは下らない長身を屈強な筋肉で包み、裏地の赤い黒マントを装備している。


「間違いねぇ。忘れもしねぇよ、この殺気」


 エリザが震える声でアルに言う。


「まさかわたしが破る前に封印を解くとはな」


 魔王は身も凍るような冷たい声で言う。


「か、変わってないわね、相変わらず恐ろしい殺気だわ」


 デリルが言うと魔王がデリルを見る。


「お前が封印を解いたのか? その赤い髪と緋色の目……、あの時の魔女か!」


 魔王がカッと目を見開く。まじまじとデリルを見て、「……お前は随分と変わったな」


 と呆れたように吐き捨てる。

 

「おい魔王、わらわには挨拶無しか?」


 ヴェラが言うとぎょろりと魔王の目がヴェラの方を見る。ヴェラを見た魔王は凍てつくような眼差しから少しだけ優しい目に変わる。


「ほう、随分と懐かしいな。臥竜がりゅうじゃないか」


 魔王は一緒に暴れていた頃を思い出したのか少し笑みさえ浮かべているように見える。しかし、次の瞬間、再び凍てつく眼差しに変わる。「臥竜ともあろう者が人間なんぞと仲良しこ良しか」


「お前が閉じ込められている間に色々あったのじゃ」


 ヴェラは魔王の殺気を物ともせず答える。


「せっかく復活したのだ。また共に暴れようではないか」


 魔王は両手を広げてヴェラに言う。


「悪いが今、わらわの背中はこの者にしか預けん事にしておる」


 ヴェラがアルを見て魔王に答える。魔王は視線をアルに向ける。見られただけで石になりそうな強い視線である。


「ほう、わたしににらまれても目をらさぬか」


 魔王は感心したようにアルに言う。


「こやつはお前を倒したフィッツの息子じゃ」


 ヴェラが言うと再び魔王の目がアルを見る。先ほどより憎しみを乗せた強烈な眼光だが、アルは真っ直ぐに魔王を見返す。


「ア、アル……。お前、怖くないのか?」


 エリザは隣でガタガタ震えながらアルに尋ねる。アルはエリザの手を握り返しながら、


「大丈夫、落ち着いて」


 と、エリザを励ます。たったそれだけの言葉で、あれほど震えていたエリザが全く震えなくなった。


「ふん、勇者の血脈か。今のうちに芽を摘んでおくか」


 魔王がゆっくりとアルに向けて手を翳す。


「ねぇ、あんなこと言ってるわよ。早くなんとかしなさいよ!」


 デリルがアストラの袖を掴んで引っ張りながら急かす。


「心配するな、ほら」


 アストラが懐から青い宝石を取り出す。


「まぁ綺麗、私にくれるの?」


 デリルが言うとアストラはため息を吐く。


「何でこのタイミングでお前にこれをやるんだ、よく見てろ」


 アストラは満を持して魔王に向けて宝石を差し出す。「おい、魔王!」


「なんだ、人間?」


 魔王はアストラの方を向いて答える。


「……。……、あれ?」


 アストラが何度も宝石を振りかざすが何も起こらない。アストラはコホンと咳払いをして宝石を片付けながら隣のデリルに話しかける。「こんなはずじゃなかったんだが……」


「どういうこと?」


 デリルは小首をかしげる。


「代名詞だと駄目らしい。申し訳無いが実力で何とかするしか無さそうだな」


 アストラが困った顔でデリルに言う。


「……まさかあんたの言ってた対策が失敗したって言うんじゃないでしょうね」


 デリルは自らの手で解放した魔王を横目に見ながらアストラに詰め寄る。


「簡単に言えばそうだな。すまん」


 アストラが頭を下げる。


「すまんですむわけ無いでしょ! すでに魔王は復活してるのよ!」


 デリルはアストラを怒鳴りつけた後、恐る恐る魔王の方を見た。魔王は両手を組んでじっとこちらを見ている。どう見ても向こうは当時と変わらない力を持っている。魔王にしてみれば二十年なんてほんの一瞬である。絶望的なな戦力差と言えよう。


「まぁまぁ、遅かれ早かれ魔王は復活しただろうし、ほんの少し復活が早まっただけだ」


アストラは悪びれる様子もなく言い放つ。よくもまぁ魔王を目の前にして言えるものである。


「臥竜よ、今ならまだ間に合うぞ。こんな愚者どもと一緒に死ぬ気か?」


 魔王はヴェラを説得にかかる。


「自分の死に場所くらい自分で決めるわい。今のわらわはアルのそばで死ねるなら本望じゃ」


 ヴェラは平然とした様子で魔王に言い放つ。


「よかろう、貴様らを魔王復活の生け贄にしてくれる!」


 ゴゴゴゴ……と大地が震える。魔王の闘気が膨れ上がっていく。マントをひるがえし、巨大な剣を鞘から抜いて構える。ただでさえ大きい魔王がさらに大きく見えた。

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