第2話 呪いの効果

痩身そうしんの髪止めを装備すると外した時に身体中に黒い斑点はんてんが現れるのです」


「え?!」


 シルヴィアの言葉を聞いて、デリルは恐る恐る袖をまくってみる。真っ白な前腕に大きな黒い斑点がいくつも出来ている。「何よ、これ?」


「ですから、痩身の髪止めの呪いです」


 シルヴィアは唖然としているエリザから髪止めを取り返し懐に仕舞しまった。「私には何の影響もありませんがね」


めたわね、シルヴィア!」


 デリルが恨んだような目でシルヴィアをにらむ。一瞬で痩せる髪止めなんて代物を出されたらそりゃ条件反射で身に付けるに決まっている。そのせいでデリルはホルスタイン……言葉が過ぎたな、うーん、そうそう、ダルメシアンのようになってしまったのだ。


「何であんたは何ともないのよ!」


 デリルはシルヴィアに食って掛かる。自分が白黒になったのならシルヴィアも黒白になるのが自然なはずだ。


「髪止めの呪いは黒い斑点が出来る事なんです。ほら、よーくご覧になって下さい」


 シルヴィアがデリルに近づく。デリルがシルヴィアの顔をじっくり観察すると、微妙な色の違いがあった。「遠目じゃぜんぜん分かんないじゃない!」


「まぁまぁ、そんなにおかしくはないぞ。ミノタ……」


 アストラがミノタウロスと言いかけて口をつぐむ。デリルの掌に雷球が現れたのである。


「大丈夫ですよ。ちょっとしか装備していなかったのでしばらく待てば消えます」


 シルヴィアがいきり立つデリルをなだめるように言う。


「ホント? 暫くってどのくらいよ?」


 デリルが詰め寄る。


「あの程度の時間なら一時間もあれば……」


「一時間!? それまでこのまんまなの?」


 それでも元に戻ると聞いてデリルもようやく落ち着いた。これから魔王の封印を解こうと言うのにホル……ダルメシアンのままでは格好が付かない 。


「それにしても急激に膨らんだのに着ているものは大丈夫なんだな」


 エリザが巨大化したシルヴィアを上から下まで見て言う。忍びの黒装束のようだが、痩身の状態でも身体にピッタリフィットしていたのに、膨らんだ今でも同様にフィットしているのだ。


「伸縮性の高い素材で出来ておりますので……」


 シルヴィアが答える。しかし、内側に着こんでいる網目状の帷子かたびらは巨大化に合わせて網目がかなり大きくなっている。任務中はほとんど髪止めを外す事はないが、追手から逃れる時などに体型を変えて変装したりする事もある。いざと言う時の為に着る物にも気を付けているのだ。


「ヴェラさんなら髪止めの呪いは影響無さそうですね」


 ネロが褐色の肌のヴェラを見て言う。


「あんな物は要らん。その気になれば、ほれ」


 ヴェラがそう言うとカッと光を放ち、次の瞬間には幼女になって現れた。「どんな姿にでもなれるわい」


「服はどうなってるんだよ?」


 エリザが突っ込む。幼女ヴェラは青を基調にした可愛らしいドレスに身を包んでいる。いつもの褐色ではなく白い肌で金髪をいわゆるおかっぱにしている。


「イメージ通りの格好で変身するのじゃ」


 ヴェラは幼女の姿のまま言う。


逆鱗げきりんを突かれた時は全裸で倒れてたじゃない」


 デリルが言うと、


「死にかけとったんじゃぞ? 竜の姿を維持する事もままならんのに悠長に服なんぞイメージ出来るか!」


 ヴェラが思い出したくない事を思い出させられて不愉快そうに答えた。「苦し紛れに臥竜がりゅうになる前の姿に戻っただけじゃ」


「ヴェラがそんな格好をしているのは初めて見るけど、なんか……板に付いてるね」


 アルが幼女の姿のヴェラを見下ろして言う。


「そうじゃな、魔王と行動していた頃はこの姿だったのじゃ」


 ヴェラがそう言うとアルの表情が曇る。「……違うぞ、アル。この姿が魔王の理想の女性像な訳ではない」


 ヴェラがアルの表情を見て察したように言う。何しろアルと遭遇した時にはアルの思考を読んであの姿に変身したのだ。「人間界に潜伏する時に若い父娘の振りをしておったのじゃ」


「悪趣味ね、そんな姿で人間を安心させておいて突然正体を現すんでしょ?」


 デリルは市街地でパニックを起こす群衆を思い描いて露骨に顔を歪めた。


「まぁ、あの頃はわらわも魔王も人間が嫌いじゃったからな」


 ヴェラは悪びれる様子もなく言った。


「あいつは今も……」


 エリザは魔王を思い出してブルッと身体を震わせた。魔王が人間を見る目は人間がゴキブリを見つけた時よりも冷たかった。そんな人間に討伐され、魔界に追い返されたのだ。人間嫌いはさらに拍車をかけているに違いない。


「魔王と会うならこのままの姿でいた方が良さそうじゃな」


 ヴェラは幼女のままじっと魔方陣を見た。「随分荒ぶっておるようじゃ」


「そろそろ良いだろう、デリル」


 アストラがデリルを促す。「ちょうど顔の斑点も薄くなってきたことだし……」



「あら、ホント?」


 デリルは腕まくりして前腕を見る。まだ名残のような薄い色が残っているがだいぶ目立たなくなっている。「良かった、やっぱり楽して痩せようなんて虫が良すぎたわ」


 デリルは腕をゴシゴシ擦りながら言った。


「先生はそのままが一番魅力的ですよ」


 ネロは真剣な眼差しでデリルに言う。そんなネロをアストラは憐憫の眼差しで見つめていた。

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