最終章 魔王復活、そして……

第1話 忘れられていた女

 辺りは静寂に包まれていた。時々、エリザが鼻をすする音だけが響く。壮絶なミゲイルの最期さいごに圧倒され、一同は言葉を発するのも躊躇ためらっていた。


「デリル、いよいよお前の出番だ」


 沈黙を破ったのはアストラだった。


「分かっているわ、アーアー、うん……」


 デリルが喉の調子を確かめる。「赤パジャマ、黄パジャマ、茶パジャマ、蛙ピョコピョコ……」


 喉のあとは滑舌かつぜつもチェックしている。場に緊張感が高まっていく。


「生麦生米生……」


「もういいだろう」


 いつまでも早口言葉を続けるデリルにアストラが思わず突っ込む。「静かになるとさらに禍々まがまがしいな……」


 アストラは魔王が封印された魔方陣の前に立つ。どす黒い邪気が渦巻いている魔方陣は今にも内側から破られそうに見える。


「それはそうと、封印を解いて本当に大丈夫なんでしょうね?」


 デリルが指先の動きを確かめながらアストラにく。あれだけ倒すのに苦労をした魔王である。フィッツ亡き今、嫡男ちゃくなんのアルはまだまだ駆け出し、そして当時のメンバーであるデリルとエリザはとっくにピークを過ぎている。封印を解いてさぁ倒せ、と言われてもとてもじゃないが相手にならないだろう。


「心配するな。細工は流流仕上りゅうりゅうしあげを御覧ごろうじろ、だ」


 アストラが自信満々で答える。しかし、デリルは不安で仕方がない。


「み、みんなは準備できてる?」


 デリルが全員の顔を見回す。ネロはすでに気配を消してどこかに隠れているようだ。アルはミゲイルの残したエムブレムを見て勇気を振り絞っている。エリザもようやく戦士の顔に戻っていた。


「死ぬなよ、なんて言われたからな。あっさりやられたらあの世でミゲイルにどやされちまう」


 エリザは槍の貫通した腕の調子を確かめながら戦斧を構えた。


「わらわはいつでも良いぞ。積もる話もあるからな。むしろ楽しみじゃ」


 面識があるだけにヴェラは冷静である。


「じゃあ、ホントに封印を解いちゃうわよ?」


 デリルはもう一度念を押す。アストラがうなずく。デリルは改めて魔方陣の前に立ち、すぅっと深く深呼吸をした。


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


 いよいよ封印を解こうと手をかざしたところでネロの声が聞こえてきた。


「なに? どうしたの、ネロくん?」


 デリルがネロの方を向くと、ネロの隣で両手両足を拘束されたダークエルフの女が観念したように座っていた。「あっ、私を殺そうとした女じゃない!」


「シルヴィアか、すっかり忘れていた」


 アストラがシルヴィアに近付いていく。「どうだ、目は覚めたか?」


「不覚でした……。まさかターゲットに近付き過ぎて魔王の瘴気しょうきに取り込まれてしまうとは……」


 シルヴィアは自らを責めるようにそう言って項垂うなだれた。「各なる上はこの腹かっさばいて…」


「その辺が汚れるだけだ、止めておけ」


 アストラが吐き捨てるように言う。「責任を感じているならこれからなお一層お役目にいそししむことだ」


「はっ」


 シルヴィアは両手両足を縛られたまま正座をして頭を下げる。


「ちょっと、何時代のやり取りしてるのよ」


 思わずデリルが突っ込む。


「デリル様、その節は知らぬ事とは言え大変申し訳御座ございませんでした」


 シルヴィアがデリルに深々と頭を下げた。


「ま、反省してるなら許してあげるわ」


 デリルが言うと、


「つきましてはわたくしもデリル様のお役に立ちたいと存じております」


 シルヴィアが真剣な眼差しでデリルを見る。


「……お前、デリルが金持ちになったから取り入ろうとしているな?」


 アストラがシルヴィアの胸中を明かす。シルヴィアに分かりやすく動揺が走る。


「な、何をおっしゃいますか、アストラ様。けけ、決してそのような下世話な事は……ちょっとしか考えておりません!」


「あんた、アサシンのクセに嘘が下手ね」


 デリルが呆れた顔で言う。「ま、良いわ。お金がある内は裏切りそうに無いものね」


「おい、本気かデリル? あいつはその……」


 エリザがシルヴィアを見てデリルに念を押す。そう、以前も言ったがデリルの仲間にはある共通点があるのだ。「どっちかと言えばやせ型だぞ?」


「ああ、その事なら心配いりません」


 シルヴィアがエリザに微笑む。どうやらデリルの仲間なるのに必要な条件を把握しているらしい。「出来ればそろそろ拘束を解いて頂きたいのですが……」


 ネロは不安に思いながらもシルヴィアの拘束を解いた。シルヴィアがゆっくりと立ち上がり、ポニーテールの根本から髪止めを外す。


「え!?」


 デリルが驚きの声を上げる。


 髪止めを外した瞬間、まるでシルヴィアに空気が入ったかのように一気に膨らんだのである。痩身だった身体はデリルたちと変わらぬ豊満体型へと変貌を遂げた。


「これが普段のわたくしです。隠密活動には向かないので普段はこの痩身の髪止めを使っているのです」


「凄いわ、それ。私にも貸してよ!」


 興奮気味にデリルがシルヴィアの方に手を伸ばす。「仲間になるならそんな素敵な道具はみんなで共有しましょう!」


「いや、それが……この髪止めには呪いがかかっておりまして……」


 シルヴィアが止めるのも聞かずデリルは髪止めをひっ掴み、真っ赤な長い髪の毛を束ねた。


 シュッ。


 装備した途端、デリルが最盛期だった二十年前の体型に変わる。すらりと美しい長身美熟女である。ただ痩せているのではなくメリハリも付いている。


「あれが先生……?」


 ネロは大はしゃぎしているデリルを寂しげに見つめた。ネロは普段の豊満なデリルの方が好みなので、スリムになったと言うよりは「減った」という印象だった。


「つ、次はあたしが……」


 エリザがデリルの髪から髪止めを奪い取ろうとする。


「あの、エリザ様、お止めになった方が……」


 シルヴィアが止めるが興奮している二人の耳には入らない。「わたくしはダークエルフだから大丈夫ですが……」


 エリザが髪止めを奪うと瞬く間にデリルの体型が元に戻る。エリザは髪止めを使おうとしたが、デリルの顔を見て動きが止まる。


「デ、デリル……。お前、その顔……」


 さっきまでのお祭り騒ぎが一瞬で冷める。


「何? 私の顔に何か付いてる?」


 デリルは狼狽うろたえてエリザに尋ねる。エリザの表情はただ事ではなさそうである。

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