第2話 魔導士と魔女

「少し数を減らしてやるか」


 アストラは短杖ワンドを振りかざし、天に向かって呪文を唱え始める。

 

「先生の兄弟子……。どんな魔法を使うんだろう?」


 ネロは引き続き襲い掛かる魔物の群れを射止めながら横目でアストラを見る。

 

「行くぞ! デスストーム!」


 アストラがくわっと目を見開くと杖の先から禍々しいどす黒いもやが吹き出す。その靄はどんどん広がり、ぐるぐると竜巻を起こして魔物たちを巻き込んでいく。小型の魔物はあっという間に渦中かちゅうに引き込まれ、中型以上の魔物も必死で竜巻から逃げ出す。竜巻に飲まれた魔物たちは次々に弾き飛ばされ、そのまま大地に叩きつけられていく。

 

「す、凄い!」


 ネロはアストラの魔法の破壊力に圧倒された。昆虫系の魔物たちはほぼ壊滅状態である。

 

「なんだ? 初めて魔法を見る訳じゃあるまい?」


 アストラは不思議そうにネロに言う。

 

「先生以外でこんなに凄い魔法を見たのは初めてです!」


 ネロは目を輝かせて言った。

 

「あいつの魔法とは性質が違うがな」


 アストラは飛行系の魔物が距離を取って遠くで旋回し始めたのを見て、短杖を腰帯に差した。「簡単に言えばデリルの魔法は陽、私の魔法は陰だ」

 

「陽と陰?」


 ネロは不思議そうに首を傾げる。

 

「もちろん一通りの魔法は使えるが、どうしても得意、不得意がある」


 アストラは辺りを見回し、ちょうど良いサイズの石に腰かけた。「デリルは火や爆発、真空波なんかを使うだろ?」

 

「そうですね、特に火炎魔法が得意のようです」


 ネロはこれまでの戦いを思い出しながら言う。

 

「私は吹雪系の方が得意だ。もちろん……」


 アストラはこっそり近付いて来た魔物に火の玉を飛ばす。「火炎の魔法が使えない訳ではないぞ」

 

 火の玉が直撃した魔物はあっという間に消滅してしまった。

 

「水と油って訳ですか」


 ネロが言うと、

 

「うまい事言うな、水とか」


 アストラが吹き出す。どっちが脂かは言うまでもない。「だから共闘してもお互いの力を相殺そうさいしてしまって全く噛み合わんのだ」

 

「なるほど、だから先生はアストラさんが苦手なんですね」


 ネロが納得したように言うと、

 

「いや、それは違うぞ。デリルが私を苦手としている主だった要因は属性の違いではない」


 アストラはきっぱりと言い切る。「私があいつよりも一枚上手うわてだからだ」

 

 アストラとデリルはほとんど同じ時期に師匠の元に弟子入りしたが、その時から現在に至るまで、デリルは一度としてアストラに勝った事がないのだ。兄弟子だからしょうがないと割り切れば良いのだが、負けず嫌いな性格なのでどうしてもアストラを敵視してしまう。アストラもたまには負けてやればいいのに変に真面目な部分が出て、わざと負けるのはデリルの為に良くないと思って決して手は抜かないのだ。なかなか超えられない壁でいる事が自分の務めだとアストラは考えていた。

 

「一枚上手ですか……。でも魔王を討伐したのは先生ですよ?」


 ネロが自分の手柄のように胸を張る。

 

「ま、そうだな。だが、それに関してはある意味仕方がないんだ」


 アストラはため息をく。「私は陰の魔術師だと言っただろう? 魔王とはすこぶる相性が悪いのだ」

 

「なるほど、そう考えると先生は適任だったんですね!」


 ネロが嬉しそうに言う。

 

「陰気な私よりも陽気なデリルの方が魔王とは相性が良かったのだろう。ま、アイツの場合、陽気と言うよりは能天気だがな」


 アストラは愉快そうに笑った。

 

 

 

「へっくしっ!」


 ベヒモスの元に向かうデリルが大きなくしゃみをする。

 

「どうした、風邪か?」


 エリザが後ろからデリルに言う。

 

「なんか嫌な感じ。悪い噂してる奴がいるんだわ」


 デリルはそう言って今来た方を振り返る。「きっとアストラだわ! どうせ私が能天気だなんて馬鹿にして笑ってるんでしょ」

 

 デリルはまるで盗聴器でも仕掛けたかのように的確に看破する。

 

「おい、それよりあのデカブツ、どうやって倒すつもりだ?」


 エリザはどんどん近づいてくるベヒモスを見ながらデリルに言う。

 

「まずは挑発してベヒモスに方向転換させましょ」


 デリルはベヒモスの後ろに回り込む。

 

「挑発は得意だぜ! おい! ベヒモス、こっち見ろ!」


 エリザが大声で怒鳴る。しかしベヒモスは一心不乱に帝都の方へ進んでいく。

 

「馬鹿ね、そんなんで反応する訳無いでしょ!」


 デリルは右掌を上に向けて火の玉を出す。真っ赤に燃える火球かきゅうにさらに魔力を込め、白い火の玉にする。まるで太陽をてのひらに乗せているようだ。

 

「熱ぃなぁ、さっさとぶつけちまえよ!」


「いくわよ、それっ!」


 デリルは火球をベヒモスに放つ。火球は見事にベヒモスの臀部でんぶにヒットした。

 

「よし!」


 エリザが喜んだのもつかの間、火球はそのまま弾き飛ばされてしまった。

 

「嘘でしょ? あれを弾くの?」


 デリルが弾かれた火の玉の行方を追う。火の玉はそのままの勢いで近くの海に落ちた。じゅっという火が消える音と共に水柱が立つ。

 

「危ねぇなぁ、陸上に落ちたらどうなってたんだよ……」


 エリザが水柱を眺めながらうめくように言う。

 

「困ったわね、あの調子じゃ雷球らいきゅうでも弾きそうだし」


 デリルはうーんとうなって思考を巡らせる。

 

「エリザ-ッ! 僕も戦うよ!」


 手をこまねいているデリルたちの元にアルとヴェラが合流した。

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