第3話 大山鳴動

 ベヒモスの背後で合流したヴェラはアルを背に乗せたままデリルたちの横でホバリングしている。

 

「アル、こいつと戦うにはまだ早い。大人しく見てろ!」


 エリザは相変わらずアルを子ども扱いする。

 

「大丈夫だよ、エリザ。ヴェラだっているし……」


 アルはそう言ってヴェラの首筋をポンポンと叩く。

 

「うむ。わらわがおれば百人力、いや、一騎当千じゃ!」


 ヴェラもアルに頼られて若干テンション高めである。

 

「お前はまだ傷が癒えてないんだろ? 途中で墜落なんて事になったらどうするつもりだ!」


 エリザはヴェラにも噛み付く。アルがヴェラを頼っているのもお気に召さないようである。

 

「心配するな、アルを落としたりはせん。わらわの命に代えてもな」


 ヴェラは断言する。

 

「いいじゃない、アルくんにも助けてもらいましょ」


 デリルがヴェラとエリザの間を取り持つ。「魔法を弾かれちゃってさ、困ってるのよ。どうしよう?」

 

 何しろデリルの持ち味はその比類なき破壊力の魔法である。その魔法が通じないとなるとただのデ……豊満熟女である。

 

「だからって普通の攻撃じゃ歯が立ちそうにないぞ、見ろ」


 と、エリザがベヒモスを指差す。「あの頑丈そうな体毛。まるで針金だ」

 

 全身をびっしりと覆った体毛。あの上から剣や斧で切りつけてもとてもじゃないが表皮にさえ届かないだろう。

 

「なんじゃ、のんびりしておると思ったらお手上げじゃったのか」


 ヴェラがバカにしたように言う。「このままじゃ帝都軍はおろか帝都そのものも踏み潰されてしまうぞ」

 

「だから困ってるんだろ? お前もグダグダ言ってないで何か知恵出せよ!」


 エリザが苛立ちを隠さずにヴェラに怒鳴る。

 

「わらわと戦った時のコンビ技は使えんのか?」


 ヴェラが尋ねる。エリザの戦斧にデリルが雷を落とし、帯電した戦斧で切りかかるという二人ならではのコンビネーション技、サンダースラッシュである。

 

「私も考えたんだけどね、あの巨体でしょ?」


 デリルはベヒモスを見る。「全身に電流を流すのは不可能よ」

 

「その前にあたしが感電死しちまうわ!」


 エリザも首を横に振る。「アル、何か良いアイデアはないのか?」

 

 エリザが業を煮やしてアルに意見を聞く。エリザの後ろをついて歩くだけのアルに良いアイデアが出るとは思っていないが……。

 

「背後から攻めるのは無理だね」


 アルは断言する。「少々の攻撃じゃダメージを与えるのは不可能だ」

 

「じゃあどうするんだよ!」


 エリザは話にならないとばかりにアルに言う。

 

「正面から攻めるんだよ」


 アルは真剣な表情で答える。

 

「馬鹿野郎! 背後からで歯が立たないのに正面から戦ってどうするんだよ」


 エリザは呆れた顔でアルを見る。

 

「背後には急所が無いじゃないか。それなら前から攻めるしかない」


 アルはそう言ってヴェラに合図をする。ヴェラはゆっくりとベヒモスの前方に向かって旋回を始めた。

 

「おい、アル!」


 エリザは慌ててデリルと一緒にアルたちを追いかける。

 

「うわぁ……。思った以上に大迫力だね」


 アルは思わず驚嘆の声を漏らす。正面にいるだけですくんでしまいそうな圧倒的な存在感である。長い鼻を挟むように牙が伸びており、天を突くように反り返っている。「まだ僕たちの事は眼中にないみたいだ」

 

 ベヒモスは目の前に現れたアルたちに気付かない様子で真っ直ぐに帝都を目指して歩を進めていた。何とかしてアルたちに注目させないと帝都に到着してしまう。そうなればあっという間に城壁をなぎ倒し、帝都民の大半が踏み潰されてしまうだろう。

 

「目の前で爆発を起こせばさすがに反応するでしょ」


 デリルはそう言って掌を上に向けて詠唱を始める。

 

「たしかに、あれはうっとうしかったわい」


 ヴェラはデリルたちとの死闘を思い出して苦い顔をした。

 

「いくわよ、それっ!」


 デリルはベヒモスの顔の前で爆発を巻き起こした。しかし、ベヒモスは何事も無かったように前進を続ける。「まぁ! ノーリアクション?!」

 

 デリルは自分の魔法を無視されてカチンと来てしまった。どちらかといえば温厚なデリルだが、体型と魔法を馬鹿にされる事だけは許せない。

 

「おい、デリル。まさか、それ……」


 エリザはデリルが両手を掲げて詠唱を始めたのを見て何かを察知する。どうやら温泉の村で発動した隕石落下の魔法を使おうとしているようだ。「馬鹿野郎! そんなの落としたら魔王の封印場所までぶっ壊れるぞ!」

 

「あ、そっか」


 デリルは詠唱を中断する。「参ったわね、どうしようかしら……」

 

「デリルさん、僕に任せて!」


 アルはそう言って腰に下げている竜殺しの剣の柄を握る。「いくぞ、ベヒモス!」

 

 アルがすらりと剣を抜く。しかし、ベヒモスは意に介さずそのまま帝都に歩を進める。どうやら敵と見なしていないようだ。

 

「アル、いくらそいつが伝説の武器だからってこんなバケモンに……」


 エリザが言いかけた時、アルの右手の剣が青白い炎に包まれた。

 

「ギィ?」


 ベヒモスがアルの方を向く。

 

「いくぞ!」


 アルはヴェラの肩越しにベヒモス目掛けて剣を振った。青白い炎がベヒモスに向かって放たれる。ベヒモスはアルに向かって突進してきた。そのまま体当たりをしようとしているらしい。

 

「アル、危ねぇ! 避けろ!」


 エリザはアルに向かって絶叫した。

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