第8話 馬脚を露す!?

 ミゲイルも勝ったという意識はなく、剣を抜かされた事にわなわなと全身を震わせていた。弱冠十五歳の少年に剣を抜かされたのである。ミゲイルにとっては屈辱でしかなかった。


 しばしの沈黙の後、はっと我に返ったエリザがアルに駆け寄った。


「アル! 怪我は無いか?!」


 エリザはアルを抱き起して全身を見回す。さいわい、大きな怪我はしていないようである。アルはゆっくりと立ち上がり、まだわなわなと震えているミゲイルの前に立つ。


「ありがとうございました」


 アルは深々と頭を下げた。どうやら竜の血の効果が切れたようである。「全く歯が立ちませんでした、完敗です」


「いや、君は本物だ。さすが勇者フィッツの息子だな」


 ミゲイルは剣を鞘に納めながらアルに言う。まさか十五歳の少年相手に剣を抜いてしまうとは夢にも思っていなかった。勝つには勝ったが、ミゲイルのプライドはズタズタであった。


「ドーピング使ってあのザマですから……」


 アルは恥ずかしそうに言う。ぶっちゃけ、アイテムを使えばワンチャン勝てると思っていたのだ。しかし、蓋を開けてみればミゲイルに剣を抜かせるのが精一杯というていたらく。まさに完敗と言って良いだろう。


「アル、お前、いつの間に竜の血を?」


 エリザがアルに近づいてきて尋ねる。


「ああ、ヴェラがね……」


 そう言ってアルは小瓶を取り出す。「お守り代わりにってくれたんだ」


「……ん? なんで白いんだ?」


 エリザは小瓶に少しだけ残った液体を見て言う。本物の竜の血は赤いはずなのに、乳白色にゅうはくしょくをしているのだ。「これ、竜の血じゃなくて竜の乳か?!」


 本来、竜は爬虫類なので哺乳動物のように乳は出さない。しかし、ヴェラは人間の姿の時だけ乳を出す事が出来るのである。


「血でも乳でも成分は一緒なんだってさ」


 呆れたように見ているエリザにアルが必死に弁明する。


「エリザ、さっきその子がヴェラと言ってたが、まさかあのヴェラじゃないだろうな?」


 ミゲイルは臥竜山がりゅうざんを指さしながらエリザに尋ねる。


「そのまさかさ。ほら、こいつの剣、竜殺しの剣なんだぜ」


 エリザが言うとミゲイルはぎょっとした表情を浮かべる。


「あの伝説の竜殺しの剣だと?」


 どおりで紙一重でかわしたはずなのにところどころにかすり傷が出来ているはずだ。ミゲイルは自分の勘が鈍ったのではないと分かって少し安心した。もちろん、自分の力を過信していたのは間違いない。そして相手をあなどっていたのも確かだ。


「見事であった!」


 突然、ペディウスが興奮した様子でアルに言う。


「「「えっ?!」」」


 エリザとアル、それどころかミゲイルまで声を揃えた。


「その若さでミゲイルを追い込むとはあっぱれ! ぜひ、余の軍に……」


 背後からミゲイルが膝でペディウスの尻を蹴る。「いてっ! 何をする!?」


「すまんな、エリザ。こいつを鍛えて皇帝陛下の影武者にしようと思ったんだが……」


 ミゲイルはペディウスの口を塞ぎながらエリザに詫びる。「態度ばかり横柄になってしまってな、恥ずかしい限りだ。忘れてくれ」


「驚いたよ、本物みたいな口ぶりだったな」


 エリザが言うとアルも同意する。


「うん、すごく皇帝っぽかった」


 そりゃそうだ、正真正銘の本物なのだから。ただ、今それを明かす事は出来ない。なにしろ2人は帝都から追われる身なのだ。興奮していたペディウスもようやく冷静さを取り戻した。


「ご、ごめんね、びっくりさせちゃって」


 ペディウスは頭を搔きながらアルに謝った。


「それよりミゲイル、あんた、こんなところで油売ってて良いのか?」


 エリザはミゲイルに尋ねる。何しろミゲイルは帝都の大将軍である。帝都領のすぐ傍とはいえこんなところにいるのは不自然極まりない。

 

「なーに、今は落ち着いているんでな。久方ぶりに長期休暇を取ったのさ」


 ミゲイルはペディウスの肩に手を乗せる。「それで息子と一緒に温泉旅行に来たって訳だ」


「ふーん、まぁどうでも良いけどな」


 エリザは興味無さそうに欠伸あくびしながら言った。「あんたにそんな大きな息子がいたとはな」


 エリザはペディウスを見上げた。ミゲイルほどではないが、エリザよりも大きい。母親似なのか、褐色の肌で彫りの深いミゲイルには似ても似つかぬ、金髪碧眼きんぱつへきがんの好青年である。


「お前は何でこんなところにいるんだ?」


 今度はミゲイルがエリザに尋ねる。


「うん、まぁ、ひと仕事終わって、昨日はその打ち上げだったんだ」


 エリザはちょっと浮かない表情で言う。


「その割にはあまり楽しそうじゃないな」


 ミゲイルはエリザの様子を察して尋ねる。「何か心配事か?」


「なぁ、帝都で魔王が復活したという噂を聞いた事は無いか?」

 

「いや、そんな噂は聞いた事がないが……」


 ミゲイルはそう言ってペディウスの方を見る。「お前、なんか聞いた事あるか?」


「うーん、僕もそんな噂は聞いた事ないよ」


 ペディウスもそう答える。まぁ実際には2人とも世間の噂が届くような状況では無かったのだが……。


「そうか。うん、分かった。忘れてくれ」


 エリザはちょっとだけ安心したようにミゲイルたちに言った。「大将軍に休暇を取らせるくらいだもんな、帝都は平和そのものって訳だ」


 ミゲイルたちはその言葉を聞いてぐっと喉を詰まらせた。まさか皇帝と大将軍が追手を逃れて王都領まで亡命してきたとは口が裂けても言えない。


「エリザ、もう明るくなってきたよ。どうする?」


 早朝の訓練にやって来たと言うのに結局、ミゲイルとアルの立ち合いだけで終わってしまった。しかし、エリザとペディも消化不良という感じは無かった。あんな激戦を目の当たりにしたら、普段の訓練などほんの体操である。


「そうだな、そろそろデリルたちも目を覚ます頃だ。ホテルに戻ろう」


 エリザはそう言ってミゲイルを見る。「一緒に朝飯でもどうだ?」


「私たちが行っても良いのか?」


「当たり前じゃねぇか。それにみんなで食った方が旨いだろ?」


「じゃあ、よろしくお願いします」


 ミゲイルが答えるより早く、ペディウスが返事をする。「ね、父さん?」


「よし、じゃあ行こう!」


 そう言ってエリザは先頭に立って歩き出した。アルとペディウスもそれに続く。ミゲイルは困ったような顔をしていたが、ふっと笑ってエリザの後を追った。

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豊満熟魔女デリルと豊かな仲間たち~復活の魔王と隻眼の魔導士~ 江良 双 @DB1000

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