第6話 皇帝と将軍
帝都の追手から逃れているうちに、あれだけいた軍勢はミゲイルとペディウスだけになってしまった。帝都領を離れ、いつの間にか王都領に入った二人は温泉のある村にたどり着く。
温泉によって景気の良いその村は訳有りの二人も快く受け入れてくれた。この村は一応王都領内に位置するが帝都とも取引がある。キャスパルが大量にエリクサーの素材を買い付けたのもこの村である。
生き別れた部下にいくらかの路銀は渡されていたが、いつ無くなってもおかしくない状況だった。安宿を借りた二人は誰にも聞かれないように声を潜めて話す。
「このような安宿で申し訳ございません。奴らもさすがにここまで追手を寄越すことは無いでしょうが油断は禁物です。しばらくおとなしくしておきましょう」
ミゲイルはマットが破れてスプリングがはみ出しているベッドに腰かけた。酷い部屋だ。帝都の皇帝と大将軍が泊っているとは夢にも思うまい。
「そうだね。……ところでミゲイル、余はただの若造、しかもここは王都領だ。あなたにそんな話し方をされると周囲に怪しまれてしまう。これからは父親のように振る舞ってくれ」
ペディウスが言うとミゲイルは目を見開いて固辞する。
「まさか! そのような事が許されるはずありません。私は先代から皇帝に忠誠を誓う一将軍、現皇帝に対して……」
「ミゲイル、今はそういう状況じゃないんだ。そうだな……昔、慰問会で劇をやっただろう? あんな感じで役を演じると思えば良いんだ」
ペディウスは冷やかすような目でミゲイルを見る。ミゲイルは苦虫を噛み潰したような顔をした。あの慰問会はミゲイルの数少ない黒歴史の一つなのである。
「……、分かりました。ではこれからはペディと呼ばせて貰います」
ミゲイルは複雑な表情で言った。
「じゃ、余……じゃないや、僕は父さんって呼ぶね?」
ペディウスは小さい頃から父親のように慕っていたミゲイルと本当の父子になったみたいで嬉しそうに笑った。「父さん、この村はずいぶん景気が良いみたいだね」
「うむ、温泉によってかなりの収益を得ているようだな。帝都領でないのが惜しまれるところだ」
「……父さん、帝都の話は止めてよ」
「あっ、申し訳……いや、すまん、すまん」
ミゲイルはしどろもどろになる。「とにかく、ここでしばらく旅の資金を稼ぐとしよう」
「あてはあるの?」
戦うことしか知らないミゲイルにそんな甲斐性があるとは思えない。しかし、ミゲイルは自信満々に笑う。
「なぁに、いざとなったら薪割りでも何でも力仕事で稼ぐさ」
ミゲイルはペディウスに力こぶを見せつける。「稼いだらこんな安宿じゃなくて、あっちの豪華なホテルに移ろうじゃないか」
ミゲイルは窓からホテルの
「みんな、お疲れ様~!」
デリルの
デリルたちはあいさつ回りを終えてデリル温泉グランドホテルのロイヤルスイートルームで打ち上げをしていた。支配人のマイクはレセプション会場を貸しきりにすると言ってくれたが、その会場の大きさを見たデリルは驚いて断った。とても数人で貸し切るような会場ではない。まるでお城の舞踏会場のような規模だったのである。
「それで、結局どうするんだ?」
エリザは深刻な表情でデリルに尋ねる。聖都を訪れた際、オータムから魔王が復活したかもしれないと言われたばかりなのである。
「うーん、まだ噂レベルだし、私たちの行動は変わらないわ」
デリルは骨付き肉に噛り付きながら答える。「それよりあんたも食べなさいよ。全然食べてないじゃない」
「なんか……嫌な予感がするんだよ」
豪快なだけの女傑と思われがちだが、エリザは動物的直勘が鋭い。二十年前もエリザのおかげで何度も全滅の危機を回避したのである。不安そうなエリザを尻目に、デリルや他の仲間たちはどんちゃん騒ぎで盛り上がっていた。
翌朝、うっすらと暗さが残る町を二つの人影が横切った。それから少しして眠い目を擦りながらエリザがホテルから出てきた。
「デリルはああ言っていたが、やっぱり何かモヤモヤするぜ」
エリザがホテルの入り口で伸びをしていると、すぐにアルも現れた。
「ふあぁ……、おはよう、エリザ。なんで毎日こんなに朝早く起きて訓練するの?」
「おはよ。なんでって、昔からの習慣だよ」
エリザは身体を動かしながら答える。「駆け出しの頃からやってるからな」
すでにピークを越えた年齢でありながらエリザが未だに活躍できているのは、日々の鍛練があってこそであった。もちろん、もって生まれた資質もあるが、それだけでは魔王や
市街地で剣を抜いたりすると騒ぎになるので、少し奥まった山のふもとで訓練するのがエリザの日課となっていた。
「あれ? 誰かいるよ?」
アルは朝靄の中に二つのシルエットを見つける。
「ま……、まさか……」
エリザはそこに立っている長身の壮年男を驚愕の表情で見つめている。百八十cmあるエリザよりもかなり高い。もう一方の若者もエリザより大きく見えた。気配を感じたのか、長身の男がくるりとこちらを振り返った。
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