第5話 皇帝奪還!

 現在帝位に就いているのはわずか十五歳で即位したペディウスである。ミゲイルが投獄された時、何とか釈放出来ないかと手を尽くしたが、政治力のあるキャスパルによって議会の大多数が反対に回った。いくら皇帝とはいえ、なりたてのペディウスには議会の反対を押しきってまでミゲイルを解放する力はなかった。


 キャスパルはペディウスに妃をめとるように具申し、帝都領選りすぐりの美女たちを集めてきた。ペディウスは一目で気に入った一人を妃に迎えた。キャスパルは集めてきた美女たちを全て側室にして後宮をもうけ、ペディウスを骨抜きにしようと画策した。ペディウスは寝室から出なくなったが、国政は全権を委ねられたキャスパルによってつつがなく行われていた。


 腐っても先代皇帝を支えてきた重臣、キャスパルの政治手腕は誰もが認めるところだった。野心的すぎると言う反対派もいたが、圧倒的多数を擁したキャスパルの敵ではなかった。

 

 議会では皇帝が寝室に引きこもっている事を憂いている者もいたが、


「世継ぎをもうけるのも皇帝の重大な責務である」


 と、一言の元に切り捨てられていた。


 ペディウスの寝室の入り口には常にキャスパルの部下が立っており、妃と側室以外は何人たりとも出入りは許されなかった。不思議なことに妃はおろか側室の誰一人として懐妊する者はおらず、帝都領内には下世話な憶測が蔓延していった。


 ヘーゼルのもとに命からがら戻った間者によると、皇帝の寝室にあさゆうな通っている側室たちは魔性の者だと言う。もちろん手引きしたのはキャスパルである。キャスパルの部下が入り口に立っているのは人を入れないためではなくペディウスが逃げられないようにする為だったのだ。


「よし、これで将軍も動くはず」


 ヘーゼルはいよいよミゲイル奪還作戦を実行する。この日を待ち望んだ血気盛んな若者たちが集結し、ミゲイルが捕らえられた独房に詰めかける。


「将軍! もはや猶予はありません。我々と共に参りましょう!」


 看守から奪い取った鍵を開けながらヘーゼルがミゲイルに叫ぶ。


「ヘーゼル……、私がこのようなやり方を受け入れると思っているのか?」


 ミゲイルは厳しい眼差しでヘーゼルを見る。大抵の者はミゲイルのこの眼光を目の当たりにするだけで身がすくんで動けなくなってしまう。


 しかし、ヘーゼルの決意も固かった。


「将軍! あなたがこの理不尽な処遇に甘んじているせいで、皇帝陛下の御身が危険に晒されているのです!」


 周囲をあらかた制圧した若者たちが次々とミゲイルの眼前に集まってくる。皆、腹の据わった目をしている。


「そうか……。我が身の不幸は甘んじて受けるつもりだったが、皇帝までも手にかけようと言うなら黙って座っておる訳にはいかんな」


 ミゲイルがゆっくりと立ち上がる。長い間独房にいたとは思えない気力に満ちたその姿は、取り囲む者たちに大将軍の完全復活を確信させた。ヘーゼルはミゲイルに剣を差し出す。ミゲイルはこくりと頷いて剣を受け取った。




「ミゲイルが逃げ出したじゃと?」


 キャスパルは部下からの報告を受ける。「そうか、とうとう尻尾を出しおったな」


 キャスパルはワナワナと小刻みに震えている。部下はその様子を怯えた目で見つめている。


「キャ、キャスパル様?」


「ミゲイルに国家反逆罪を適用する。手引きした者たちも同罪だ! 見付け次第拘束せよ。抵抗するならその場で殺して構わん!」




 帝都城地下の独房から脱したミゲイルたちはそのままの勢いで皇帝の軟禁された寝室へ向かった。さしものキャスパルもまさかミゲイルが独房を出てすぐに皇帝を奪還に来るとは思っていなかった。


「おっと、ここから先は立ち入り禁止だ」


 キャスパル配下の用心棒はミゲイルの事を知らず、いつものように扉の前に立ち塞がる。


「ほう、なかなか命知らずな男だな」


 ミゲイルは身構えて腰の剣に手を掛ける。用心棒の顔色がサーッと青ざめる。とてもじゃないが敵う相手ではないと悟り後退りする。「死にたくなければ道を開けろ」


 ミゲイルが静かに言うと用心棒は何度も頷いて扉の前から離れる。ヘーゼルではこうはいかない。大立ち回りの末、援軍に取り押さえられて終わりである。すぐさまミゲイルは寝室の扉を開け放つ。


「ペディウス様! 救出に参りました!」


 ミゲイルは中の様子を見て目を見開いた。赤い照明にピンク色の靄がかかり、甘ったるい匂いが充満している。ベッドの上には三人の女がペディウスを取り囲んでいた。


 虚ろな眼差しで女たちにされるがままのペディウスを見てミゲイルが激昂する。


「貴様ら! 皇帝陛下から離れんかっ!」


 女たちは驚いてミゲイルの方を振り返る。女の中の一人がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながらミゲイルに近付く。他の二人も同じような笑みを浮かべてミゲイルを見る。


「そんなに怖い顔しないでさ、おじさんも一緒に楽しみましょうよ」


 全裸のままミゲイルの横に立ち、身体をくっ付けてくる。「テンプテーション!」


 他の二人もミゲイルに向けて、


「魅了!」


「チャーム!」


 と、立て続けに魔法を放つ。しかし、ミゲイルはさらに殺気を放つ。


「貴様ら、そんな色仕掛けが通じるとでも思っているのか?」


 ミゲイルはまとわりついた女を弾き飛ばし、ベッドの上で朦朧もうろうとしている皇帝をそのまま肩に担ぐ。両脇にいた女たちもその勢いに圧されてベッドから逃げ出す。


「行くぞ! 誰か皇帝の召し物を持って参れ」


 ミゲイルはそう言って寝室から皇帝を連れ出し、ヘーゼルの手引きであっという間に城から消えていった。




「皇帝を連れ去られた?」


 キャスパルが報告を聞いてワナワナと震えた。すでに城内から逃げ出したものと思っていたキャスパルは完全に裏をかかれてしまったのだ。「ミゲイルめ、まさか皇帝をさらうとは……」


 キャスパルは報告に来た者にくるりと背を向け、そのまま自室へ戻った。

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