第4話 裏切りの重臣

 帝国が衰退したのは魔王が現れてからである。魔王軍は帝国領に攻め入り、帝国軍をあっさりと打ち破る。当時、二強と言われたもう一方の王国軍もほぼ壊滅状態だったと言う。


 それほどまでに強力な魔王軍だったが、勇者フィッツとその仲間たちによって魔王が討伐されると、たちまち烏合の衆と化した。それまでの劣勢が嘘のようにあっさりと魔王軍は一掃されたが、崩壊しかけた帝国の復興は長い道のりであった。


 ようやく帝都が機能し始め、徐々に力を取り戻してきた頃、皇帝は王都への侵攻を計画した。しかし、重臣のキャスパルが帝都にいた魔導士に無理やりエリクサーを大量生産させようとして大事故を起こし、再び帝都は滅亡の危機にさらされる。復興の兆しを見せ始めた帝都の一部が焼け野原と化したのを目の当たりにした皇帝は絶望のあまり病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。


 しっかりと地盤を築いていたキャスパルは大した罪にも問われず、形だけの謹慎処分を受けてほんの少しの間、公の場から姿を消しただけであった。


 帝都城の地下にある監獄の最深部。週に一度、キャスパルは独房の中を確認しにやって来る。中には、同時期に幹部として徴用された帝国軍大将軍、現在の帝都軍大将軍であるミゲイルが収監されている。


「少しは頭が冷えたかね、ミゲイル将軍?」


キャスパルは独房で黙って座っているミゲイルに話しかける。「本来なら国家反逆罪で即刻死刑だぞ」


「覚悟のうえだ。私は間違っておらん!」


 ミゲイルは殺気に満ちた目でキャスパルをにらむ。しかし、所詮は檻の中の野獣、キャスパルは全く意に介さない。


 三年前、ミゲイルは王都との全面戦争のため、四万の兵を従えて遠征を敢行した。ところが、一週間もしないうちに補給が途絶えた。このまま行軍しても戦いにならないと判断したミゲイルは帝都へ引き返す。


 ミゲイルたちを待っていたのは変わり果てた帝都の姿だった。キャスパルの起こした爆発事故で市街の一部は焼け野原と化していたのである。助かった者たちも家を焼かれ、路上で死を待つばかりであった。ミゲイルたちは長い遠征で疲れた体に鞭を打って復興支援に尽力じんりょくした。

 

 キャスパルはエリクサーの材料費に国庫を使い果たしており、とても市街の復興に使える予算を捻出できる状況ではなかった。無い袖は振れんと開き直るキャスパルの頬に拳を叩きこみ、ミゲイルは貴族たちの屋敷を訪れ、半ば強制的に私財を奪い、復興の為の資金をかき集めた。


 帝都民からは神のようにあがめられたミゲイルだったが、当然のように貴族たちの反感を買う事となった。クーデターに匹敵する由々しき事態である。このままミゲイルを放っておいては国が成り立たない。


 査問委員会が開かれミゲイルの死刑は確実と思われたが、意外な事にキャスパルがそれを良しとしなかった。ミゲイルを人質に取り、軍部をコントロールしようと考えたようである。


「大臣! いつまで将軍を拘束するおつもりか?」


 若い将校たちは幾度となくキャスパルに直談判を行う。


「お主らのその行動が将軍の拘束期間を伸ばしておるのだぞ? それとも、お主らは皇帝の意向に逆らうつもりか?」


 キャスパルは皇帝を後ろ楯にして言い逃れを繰り返す。皇帝の名を出されては将校たちもそれ以上強くは出られない。下手をすれば反逆罪で自分たちまで拘束されてしまう。


「キャスパル様、ミゲイル将軍を拘束しておくのももう限界では?」


 キャスパルの家臣も詰めかける将校たちがいつか実力行使に踏み切るんじゃないかと恐れていた。何しろすでに三年以上ミゲイルは独房に入っているのだ。


「心配するな、ミゲイルがこちらの手に堕ちておるのだ。奴らは所詮、烏合の衆。形ばかりの訴えしか出来んのだ」


 キャスパルはふんっと鼻で笑った。




「くそっ、もう三年だぞ! どうしてミゲイル将軍がこのような不当な扱いを受けるのだ!?」


 場末の酒場で若い将校たちが煮え切らない現状を嘆く。


「こうなったら強行突破してでも独房から将軍を救い出そう!」


 将校の一人が息巻いた。わいわいと他の将校たちも賛同する。


「それは駄目だ、将軍は曲がった事を許さない。そんな事をしても将軍が独房から出ることは無いだろう」


「じゃあどうするんだ? このままじゃ将軍は死ぬまで独房で過ごす事になるぞ!」


 血気盛んな若い将校たちは一触即発状態で詰め寄る。


「落ち着け、俺に考えがある」


 ミゲイルの片腕と呼ばれた補佐官のヘーゼルは不満そうな連中を見渡した。「大義があれば将軍も動く。もう少し待つんだ」


 キャスパルは政治力に長けていたが、後ろ暗い噂も絶えなかった。キャスパルは楯突く相手を容赦なく叩き潰す事でも有名で、相手がどんなに弱小であっても全力でほふっていた。


 大抵は政治的に抹殺するだけだが、中には実際に闇にほうむられた者もいた。徐々にキャスパルに逆らう勢力は衰退し、キャスパル一強の時代が続いていた。


 三年前のエリクサー誘爆事故まではミゲイルが目の上の瘤となっていたが、独房に監禁された事により、最近ではますますキャスパルの独壇場どくだんじょうとなっている。


 もはや敵なしとなったキャスパルだったが、そんな時こそ油断が生じるものである。ヘーゼルはキャスパルの裏をかくべく鹿の子のこのこ虎視眈々こしたんたんとミゲイル救出の機会を狙っていた。

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