第2話 空を飛ぶ勇者

「何がよ。本来なら私がお金を出す話でもないのよ?」


 デリルは不服そうにエリザに言う。


「大金持ちになったって浮かれてるけどな、王都が陥落したら水の泡だぞ?」


 エリザの言葉に、それまで平然としていたデリルの顔が曇る。確かにその通りだ。王都が保証しているオウトという貨幣の価値は王都が存在しているから成立しているのだ。魔王によって王都が滅ぼされたらデリルの資産はただの紙屑と化してしまう。


「そ、そんなの困るわ。せっかく王都に新しい家を建てて、ネロくんと一緒に悠々自適の暮らしをする予定だったのに……」


 すでに王都の一等地に広大な敷地を確保し、ぜいの限りを尽くした王宮さながらの新居を建てる計画を進めているのだ。すでに不動産屋に手付金も渡してある。


「えっ? そんなの初めて聞きましたよ」


 寝耳に水といった顔でネロがデリルに言う。


「だってもうあの丸太小屋で暮らす意味無いじゃない」


 何しろ王都一の大富豪になったのだ。片田舎でポーション作りなんて必要無い。


「そんな計画も、魔王が王都を陥落したらパーだな」


 エリザは首を横に振りながら言った。


「魔王めぇ~!」


 まんまとエリザに乗せられたデリルは拳を握ってわなわなと震える。

 

「それはそうと、皆さんが魔王を封印したのはどこなんですか?」


 オータムがデリルたちに尋ねた。

 

「それがねぇ、あまりの激戦で魔王の根城から随分離れた場所で決着したのよ」


 デリルが思い出しながら言う。「あの頃はエリザもマリーも痩せてたから簡単に運べたからね」

 

「確かに随分飛んだ気がするぜ」


 エリザが苦笑する。「デリルもよく二人も抱えて飛んだもんだよな」

 

「二人? じゃあお父さんは?」


 アルはエリザに尋ねた。

 

「そうか、アルは知らないんだな。フィッツは自分で飛べるんだ」


 エリザが当たり前のように言う。

 

「ま、まさか! 普通の人間が飛ぶなんて……」


「悪かったわね、普通じゃなくて」


 デリルはねたように言う。デリルが普通じゃないのは周知の事実なのだが、面と向かって言われると気にさわるらしい。

 

「何言ってるんだ、アル。お前も飛べるじゃないか」


 エリザは不思議そうにアルに言う。

 

「え? 僕、飛べないよ。飛ぶのはヴェラじゃないか」


「ああ、言い方が悪かったな。フィッツはドラゴンライダーだったんだ」


 エリザはちらっとヴェラの方を見る。「もちろん伝説級の竜じゃないぞ。ただの飛竜だ」

 

 飛竜の里で乗り方をマスターしたフィッツは、1匹の飛竜をもらい受け、その背にまたがって魔王と戦ったのである。魔王討伐後、役目を終えた飛竜はそのまま飛竜の里へ帰って行った。

 

「なるほど、やけに乗せやすいと思ったが、ご尊父そんぷの血じゃったか」


 ヴェラは以前からアルがあまりにも簡単に背に乗るので不思議に思っていた。知らないところでアルにも確実に父親の血が流れていたのである。

 

「あたしも挑戦したんだが、あいつら全然言う事聞かないんだ」


 エリザは当時を思い出して忌々いまいましそうに吐き捨てる。

 

「そりゃ、飛竜も相手を選ぶわい」


 ヴェラが呆れたように言う。アルがいるから大人しく乗せているが、エリザだけがヴェラの背に乗ったら、ヴェラも全力でエリザを振り落とす事だろう。野生に近い飛竜ならなおの事である。

 

「そっか、お父さんも竜に乗ってたんだ……」


 アルは自分の知らない父の一面を知って嬉しそうに呟いた。

 

「決着したのは大草原のど真ん中じゃなかったか?」


 エリザが言うと、

 

「え? 違うわ。確か岩山のてっぺん辺りでしょ?」


 デリルが反論する。

 

「あれ? もしかしたら海底洞窟だったか?」


 エリザが困惑気味に言う。

 

「なんでそんなところに辿り着くのよ!」


 デリルは呆れたように言う。「駄目だわ、このままじゃ平行線ね」

 

「マリーさんなら分かるかも」


 ネロが言うと、

 

「マリーは方向音痴なのよ、北も左も分からないわ」


 デリルは両手を広げてお手上げポーズを取る。北も南もでもなく、右も左もでもないところにマリーの方向音痴ぶりが現れている。

 

「困ったな。これじゃらちが明かない」


 アルはデリルたちのやり取りを聞いてため息を吐く。

 

「二十年前じゃろ? なぜ覚えておらんのじゃ?」


 ヴェラが不思議そうに言う。

 

「何千年も生きてるあんたとは時間の尺度が違うのよ!」


 デリルはヴェラに反論する。ヴェラから見れば二十年前なんて昨日の事のように覚えているかもしれないが、人間にとっては二十年は長い年月なのだ。

 

「あっ、そういえば皆さん、人間でしたわね。私も不思議に思ってたんですよ」


 オータムが納得したように言う。オータムにとっても二十年はさほど長い年月ではないので、単純にデリルとエリザの記憶力の問題だと思っていたのだ。

 

「次に魔王を封じる時にはあなたたちに覚えてて貰うわ」


 デリルがそう言うと、エリザがあっと声を上げた。

 

「おいデリル、そう言えば魔王を封印した場所は王都に報告済みだぞ!」


 エリザの言葉を聞いてデリルは目を輝かせた。

 

「そうだわ! 王宮に行けば記録が残っているはずよ」


 デリルとエリザは活路が見出せたと小躍りして喜んでいる。しかし、その横でネロは深刻そうな表情で何やら考え込んでいた。

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