第2章 帝都との接触

第1話 聖女からの警告

 つい先日訪れた時とはまるで別人のようにスリムになったオータム。自信に満ちた美しい微笑みがデリルたちをイラッとさせる。


「ちょっと! オータムだけズルいじゃない。どうしたのよ、その姿」


 デリルはオータムに食って掛かる。するとオータムは真剣な表情で言った。


「皆さん、私のこの姿をうらやんでいる場合ではありません」


 オータムは三人の巨熟女が自分の姿を羨んでいる事を前提に話を進める。「私が良質な魔力を吸収しすぎて肥満化したのはご存じですね? それが元の状態に戻ったと言う事は、すなわち魔王が復活したという事に他なりません」


「魔王が復活? 何を言ってるの? 私たちが間違いなく封印したのよ」


 デリルはケタケタ笑う。「少なくとも復活には二十年は掛かるわよ」


「……おい、デリル。ってことはそろそろ……」


 エリザは指折り数えながら計算している。


「そうですよ! 先生たちが魔王討伐したのは二十年前なんでしょ?」


 ネロに言われてデリルは真顔に戻った。


「あらやだ、もうそんなに経ったのね」


 デリルは虚空こくうを見つめる。「二十年かぁ……、早いものね」


「こら! 何を黄昏たそがれてやがる! 魔王が復活したかも知れないんだぞ!」


 昔を懐かしむデリルの目の前でエリザが手を叩いて現実に引き戻す。


「それにしても、なんでオータムだけスリムに戻るのよ! ズルいじゃない!」


「それについては同感だ。魔王の野郎、きっちり懲らしめてやらねえとな!」


 エリザもデリルと一緒になってぷりぷり怒っているが、魔王にしてみればただの言い掛かりである。もちろん魔王をそのままにはしておけないが、このまま逆恨みをぶつけて良いものか……。


「私も別に痩せたから浮かれている訳ではありません。再びあの恐怖の時代がやってくるかもしれないのです」


 オータムは真剣な表情でデリルたちに語る。しかし、フッと笑顔があふれてしまう。


「きっちり浮かれてるじゃないの!」


 デリルはオータムの微笑みを見逃さなかった。


「そうだ、そうだ! パレードまでやっておいて何が浮かれてない、だ!」


 エリザも勝ち誇った様子のオータムに噛みついた。アルとネロは必死で巨熟女2人をなだめる。


「それはそうと、そちらの方はどなた?」


 オータムは黙ってやり取りを静観しているヴェラに気付いてデリルに尋ねた。


「ふふ、聞いたら驚くわよ。今回、私たちの仲間になったヴェラよ!」


 デリルはドヤ顔でヴェラを紹介する。


「まぁ、あの伝説の臥竜がりゅう!? へぇ……」


 オータムはじっとヴェラを見つめる。


「お前はあまり驚かぬのじゃな」


 これまでさんざん驚かれていたのに冷静なオータムを見て感心するヴェラ。恐れているようにも見えない。


手負ておいなのね? でもそれだけじゃないわね」


 オータムは視線をアルに向ける。「ははーん、なるほど、なるほど」


「こら、エルフ。何を勝手に納得しておる」


 ヴェラは見透かした様なオータムの態度がお気に召さないらしく、オータムに食ってかかる。


「ネロくんとはタイプは違うけど、いかにも牝竜めすりゅうが好みそうな少年だわ」


 オータムはにやにやしながらヴェラを冷やかすように言う。


「……手負いでもエルフの一匹や二匹、簡単に始末できるぞ」


 ヴェラが凄む。今にも臥竜に戻りそうな勢いである。デリルたちもオロオロして成り行きを見守っている。


「あはは、冗談よ、冗談。よろしくね、ヴェラさん」


 オータムはヴェラの殺意をさらりと受け流した。ふんっと不満そうに顔を背けるヴェラ。どうやら修羅場は回避できたようである。


「魔王って討伐されたんじゃなかったんですか?」


 ネロはデリルに尋ねる。


「討伐したわよ。でも、絶命はしなかったみたいね」


 上級悪魔でさえいくつかの命を持っているのだ。魔王が複数の命を持っていても不思議はない。


「魔界に送り返したのが良くなかったのかもな」


 エリザがデリルを責めるように言う。


「しょうがないでしょ? 放っておいたら瘴気しょうきが世界中を覆うところだったんだから」


 動かなくなった魔王の身体から真っ黒い靄が立ち上り始めたのである。デリルは慌てて魔界のゲートを開き、魔王を放り込んでゲートを閉じ、封印を施したのだ。「慌ててたから封印が甘かったのかしら?」


「もしくは誰かが封印を解いたか……」


 オータムは顎に手を添えてつぶやく。「まずいですね、もしそうだとしたらゲートは開きっ放しと言う事になります」


「先生、どうするんですか?」


 ネロがデリルを訴えかけるような目で見る。


「えっ? 私は別に何もしないわよ」


 デリルはきょとんとした顔をしてネロを見る。「金持ち喧嘩せず、って言うでしょ?」


 そう、デリルは二十年放置していた口座に莫大な資産を持っていたのだ。デリルがその事に気付いたのはつい先日の事である。


「でも、世界の危機ですよ?」


 ネロは今にも泣きだしそうな顔でデリルに言う。「僕の知っている先生はこんな時に黙って見てる人じゃありませんでしたよ」


「別に黙って見てる訳じゃないわよ、必要とあらばいくらでも支援するわ」


「……。デリル、本当にそれで良いのか?」


 エリザが珍しくデリルをさとすように静かに語りかけた。

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