第6話 ノッポとの再会

「あっ!」


 ネロは射的の屋台を見つけて立ち止まった。


「あら、ネロくん、やってみたいの?」


 デリルに言われてこくんと頷くネロ。


「いらっしゃい。あそこに並んでる景品に当てて、倒せたら景品をあげるよ」


 屋台の主はにやにや笑いながらネロに話しかける。「一回一銀貨だ、やるかい?」


「お兄ちゃん、止めた方が良いよ。全然倒れないし……」


 先に挑戦した男の子がネロに助言する。「僕、お小遣い全部使ったのに一つも取れなかった」


「ちっ! 余計な事言うんじゃねぇよ、クソガキ!」


 屋台の主は男の子をにらみつける。


「大丈夫だよ、僕はとっても射的が上手なんだ」


 ネロはにっこりと笑って男の子の頭を撫でた。


「お? あんちゃん、やるのかい? ほら、こいつで狙うんだ」


 屋台の主がおもちゃの鉄砲をネロに渡す。引き金を引くとコルクの塊が飛んでいく、よくあるおもちゃの鉄砲である。ネロは笑顔で鉄砲を受け取る。


「ボク、どれが欲しかったんだい?」


 ネロは男の子に尋ねる。男の子は大きな人形を指差す。「あれだね?」


 そう言うとネロはすっと人形に銃口を向ける。


 ぽんっ!


 情けない音を立ててネロの構えた銃からコルクの塊が飛び出す。コルクの塊は人形の足元を掠め、人形は大きくバランスを崩して倒れた。


「えっ?」


 思わず屋台の主が声を上げる。あのおもちゃの鉄砲で標的を倒せる訳が無いのだ。しかし、実際に人形は倒れている。


「うわぁ、お兄ちゃん凄いね!」


 男の子はスーパーヒーローを見るようなキラキラした目でネロを見ている。


「い、今のは無しだぁ!」


 屋台の主が理不尽りふじんな事を言い始める。


「え? ちゃんと倒れましたよね?」


 ネロが不思議そうに言う。


「うるせぇ! この人形を銀貨一枚で取られたら、商売あがったりなんだよ!」


 屋台の主は、ネロがおとなしそうな少年なので強引に無かったことにしようとしている。「これ以上ごちゃごちゃ言うなら痛い目見るぞ!」


「あはは、面白い事言ってるわね」


 後ろで黙って見ていたデリルが右手にバチバチと雷球を発しながら屋台の主に微笑みかける。


「せ、先生! そんなのぶつけたら確実に死んじゃいますよ!」


 ネロは必死でデリルを止める。


「ひ、ひぃぃ! ア、アニキ!」


 屋台の主は這う這うの体で屋台の奥に逃げ込んでいく。どうやらケツ持ちが控えているらしい。


「どうした、揉め事か?」


 屋台の奥はほろに隠れて見えないが、屋台の主は誰かと話をしているようだ。


「実は……」


 屋台の主が状況を説明する。


「ガキが一発で目玉商品の人形を倒したぁ?」


 アニキと呼ばれた男は怒ったように言う。「あの人形がコルクの鉄砲で倒せる訳ねぇだろ?」


 無茶苦茶な話である。倒れない物を標的にしていると言うのだ。しかし、こういう出店ではそんな理不尽な事も平気で行われている。


「どんな奴だ?」


 そう言ってアニキと呼ばれた男は幌をまくって表を見た。「……ははっ、アイツならやるだろうな」


 男はネロを見て笑い出す。


「え? アニキ、あのガキを知ってるんで?」


「ふっ、まさかここで再会するとはな。おい、ネロ!」


 幌を開けて男はネロに声をかけた。


「ん? あっ、ノッポじゃないか!」


 ネロは屋台の奥から顔を出した男を見て、驚いて叫んだ。「やっぱり、来てたんだね」


「ネロくん、この人知ってるの?」


 デリルは不思議そうにネロに尋ねる。


「なに言ってるんですか、ノッポですよ。ほら、王都で会った……」


「え? ああ、ヴァイオレットさんの息子さん?」


 デリルは思い出したように言った。「そんなカッコしてるから分からなかったわ」


 以前、デリルが会った時のノッポは赤紫色の髪の毛を出していたが、今はネロに初めて会った時のような黒いニット帽を被っている。おそらくこの格好が、こういう稼業の時のノッポの正装なのだろう。


「先日はどうも。おい、ネロ。また俺たちの邪魔するのかよ」


 ノッポはネロに近づいて人差し指でネロの頭を小突いた。邪魔されて怒っているというよりは弟をからかっているような感じだ。


「まだ愚連隊みたいな事やってるの?」


 ネロは困った人だという感じでノッポを見る。


「そう言うな、これが最後さ」


 ノッポはニヤリと笑って言った。「あの後、組織を抜けると伝えたんだ。お陰で稼ぎはほとんど上納させられちまったけどな」


 弓術大会の日、大穴のネロに賭けたノッポはかなりの大金を手にした。闇業者から借りた金を返しても十分すぎるほどの稼ぎだった。


「そこまでしてどうして組織を抜けるの?」


 ネロは素直に疑問を投げ掛ける。


「お前のお陰さ、ネロ」


 ノッポはこれまで見たことがないような屈託の無い笑みを浮かべてそう言った。「親父の弓部隊に戻る事にしたんだ」


 一度は弓を捨て、道を踏み外したノッポだったが、ネロとの出会いによって立ち直ることが出来たのである。


「そう。うん、それがいいよ!」


 ネロも素直に喜んだ。


「それで組織の最後の仕事として、今回の出店管理を任されたのさ」


 そう言ってノッポはネロが倒した人形をネロに手渡す。「ほら、持っていきな」


「あ、うん。良いの?」


 ネロは人形を受け取りながら聞く。


「倒したんだからお前のもんだ。遠慮は要らねぇよ」


 ノッポはチラッと屋台の主を見る。「その代わり、もうこの屋台は出禁だぞ」


「ほら、君。これ……」


 ネロはノッポに渡された人形を男の子に差し出す。男の子は驚いてネロを見上げる。


「くれるの?」


「うん、君にあげるために取ったんだし」


 ネロから人形を手渡され、嬉しそうに笑う男の子。ネロはにっこり微笑んで男の子の頭を撫でた。


「おい、ちょっと見回りしてくるぞ」


 ノッポは屋台の主に声をかけた。

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