第5話 屋台巡り

「しかし、パレードはまだまだ続きそうだぞ。あの速度で聖都を回るんじゃ夜まで掛かりそうだ」


 エリザが大聖堂の入口付近まで進んだ神輿を眺めながら言う。まだお昼前である。さすがに今から執務室へ行っても暇を持て余すだけである。


「そうね、じゃあちょっと早いけどお昼ご飯でも食べましょう」


 デリルが言うと全員が賛成する。「多分、聖都市街地に出店もあるはずよ」


「もちろん、たくさんありますよ」


 マーガレットが言う。「今日はいつもなら王都や帝都にいるエルフたちもたくさん集まって来てますから」


 神輿が市街地へ出て行ったので、大広間に集まっていたエルフたちもほとんどいなくなっており、いつの間にか大聖堂は閑散としていた。


「なるほどね、いくらなんでも群衆が多すぎると思ったわ」


 デリルはマーガレットの話を聞いて納得する。普段は王都や帝都で生活しているエルフたちも、十数年ぶりに聖女が公式の場に立つとなれば見逃す訳にはいかない。エルフに商人のイメージはあまりないかもしれないが、彼らの中にも王都や帝都で商売をしている者もいる。


「もしかしたらノッポも来てるかな?」


 ネロは先日、王都で行われた弓術大会で知り合ったノッポというエルフを思い出していた。


「あっ! あれ、おいしそう」


 デリルは目の前の屋台に近づく。大聖堂を出るとメインストリートが伸びており、道の両側に所狭しと屋台が並んでいる。メインストリートは馬車の通行を制限しており、パレードが終わるまでは歩行者天国となっている。


「いらっしゃい、おいしい焼きそばだよ!」


「まぁ、おいしそう。おいくらかしら?」


 デリルは屋台の主に尋ねる。


「一個五銀貨だよ!」


 焼きそばは蓋つきの容器に入っている。


「じゃあ、私とエリザとヴェラは五つずつね。ネロくんとアルくんは? ……一個でいいの? マーガレットは?」


「え? 私もよろしいんですか?」


「当たり前でしょ、水臭い事いわないの!」


「では、一つお願いします」


 マーガレットは人差し指を立てて言った。


「じゃあ全部で十八個ね。じゃ、これでお釣り貰える?」


 デリルは十オウト紙幣を手渡す。


「駄目だよー、姉ちゃん。これ、オウト紙幣じゃないの」


 屋台の主は困った顔でデリルに言う。「ここじゃ、セイト紙幣を使わないと……」


「あら、困ったわね。そんなの持ってないわ」


「あそこに銀行があるから、そこで両替してもらいなよ」


「しょうがないわね、じゃあそうするわ」


 デリルは銀行に向かおうとする。


「悪いね、いつもみたいに王都でやってる時なら良いんだけど……」


 屋台の主がそう言うと、デリルは不思議そうに主を見る。


「え? あなた、いつもは王都で商売しているの?」


「そうだよ、今日は祭りだからわざわざ出張って来たのさ」


「……と言う事は、祭りが終わったら王都に帰るのよね?」


「そりゃそうさ。家は王都にあるんだから」


 何を訳の分からない事を言ってるんだとばかりに主が言う。


「だったらオウトで良いじゃない」


 デリルにそう言われて、あっと声を上げる屋台の主。


「確かにそうだな。他の奴らがセイトで支払うもんだからうっかりしてたよ」


 屋台の主は恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。王国や帝国が力を持っていた頃は他国に渡る際には必ずその国の通貨に両替する必要があった。しかし、魔王の影響で両国が力を失ってからは国境そのものが意味を失い、かつての国境付近はオウトとテイトが混在している。


 セイトは基本的にエルフの間で使われる通貨なので、王都や帝都では使えない。聖都ではオウトやテイトも使えるが、聖都民はエリート意識が高いのであえてセイトを使う。オウトやテイトを使うのは行商人や冒険者たちなど、聖都と他の都を行き来する者たちだけなのである。


「それじゃ、改めてこれでよろしく」


 デリルは十オウト紙幣を手渡す。屋台の主は十八パックの焼きそばとお釣りの一セイトをデリルに手渡す。「へぇ、これがセイト紙幣なのね」


「悪いね、オウトはいったん、聖都銀行で両替しちまったから」


 屋台の主は申し訳なさそうに言う。


「おい、あそこの焼き鳥もうまそうだぞ!」


 エリザが指差す先には、炭火で焼かれた焼き鳥が所せましと並んでいた。今もなお、新しい串が炭火で焼かれており、辺りに鶏の脂と甘辛いタレが焦げる匂いが立ち込めている。


「まぁ、本当に美味しそうね。肉の焼ける匂いがたまらないわ」


 デリルはまんまとシズル効果で屋台に引き寄せられていく。


「へい、いらっしゃい」


 頭にタオルのような物を巻いた若いエルフがうちわでばたばた仰ぎながら威勢よくデリルに声を掛ける。


「とりあえず、焼けてるの全部ちょうだい」


 デリルはポケットを探りながら言う。


「えっ? 今焼けてるのって、ここに置いてあるパック全部?」


 若いエルフは作業台に山積みしている焼き鳥を指差しながら言う。


「今焼いてるのも焼けたら頂くわ」


「へ、へい、まいど! えーっと、十本入り一パックが八銀貨で……今焼けているのを合わせて五十パック、四十セイトだよ」


「ねぇ、こんなに買ってあげるんだからオウトで良いでしょ?」


 デリルは百オウト紙幣を出してエルフに尋ねる。


「お客さん、王都の人かい? しょうがないな、オウトで良いよ」


 若いエルフは百オウト紙幣を受け取る。「でもお釣りはセイトだぜ?」


 そう言ってエルフはデリルに十セイト紙幣を六枚渡す。デリルがお釣りを受け取り、ネロが商品を受け取る。焼きそばと焼き鳥ですでに両手がいっぱいになってしまっている。


「あっ! あそこにクレープ屋さん発見!!」


 デリルは次々に食べ物を大量に購入し、仲間だけでは持ちきれず、マーガレットまで両手いっぱいに色んな食べ物を持たされてしまった。

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