第1章 魔女たちの凱旋

第1話 刷り込まれた恐怖

 デリルと弟子ネロ、そして二十年前にデリルと共に魔王を討伐した女戦士エリザと今は亡き勇者フィッツの嫡男ちゃくなんアルは、逆鱗げきりんを突かれて瀕死の重傷を負いながらも一命を取り留めた臥竜がりゅうヴェラと共に、協力してくれた人たちにお礼と報告のために各地を訪れる事にした。ヴェラにしてみればお礼する理由は無いが、これからはデリルたちと共に行動するという事を報告する旅となる。


 まずは竜殺しの剣を鍛え直してくれたドワーフの集落である。突然現れた巨女三人と少年二人に集落の民たちは戸惑いを隠せなかった。


「おおっ、誰かと思えばデリルさんじゃないか! 元気にやってきたってことは臥竜は討伐できたんじゃな」


 見張りからの報告を受けてやってきた長のヴォルフが嬉しそうにデリルに近づいてくる。「お主がアルくんか。ふむ、竜殺しの剣がよく似合っておるな」

 

「皆さんの協力で無事に救出して頂けました。ありがとうございます」


 アルはヴォルフに頭を下げる。


「ふわっはっは、その剣があれば臥竜なんぞイチコロじゃったじゃろう? 」


  愉快そうに笑うヴォルフを不愉快そうに見下ろすヴェラ。


「あたしはエリザだ。世話になったな」


 アルの横にいたエリザがヴォルフに礼を言う。


「……。ふんっ、図体も態度もでかい女じゃな」


 ヴォルフは露骨に不機嫌そうに言う。その様子を見てネロは不思議に思った。デリルもエリザも割と似たような体格である。一方のデリルは絶世の美女と言っていたのに、どうしてこうも態度が違うのだろう?


 厳密に言えばデリルは百七十センチ百五キロ、エリザは百八十センチ百二十キロだからエリザの方が一回り大きいが、ドワーフたちから見ればどちらも見上げるほどの巨体である。


「で、こちらが……」


 デリルがヴェラを紹介しようとする。ヴォルフは不機嫌そうに見下ろすヴェラに気付いてにらみ上げた。


「なんじゃ、コイツは! わしが小さいからと思って馬鹿にしておるな?」


 ヴォルフは今にも飛びかからんといった様子で身構える。「わしもまだまだ若いもんには負けんぞ!」


 どう見ても大人に食って掛かる子供にしか見えない。何しろヴェラは二メートル二百キロという超巨体、かたやヴォルフはネロやアルと変わらない百五十センチ程度である。


「新しく仲間になったヴェラよ」


 デリルが言うと、


「なんじゃい! コイツらに討伐された臥竜と同じ名ま……えじゃ……ない……か?」


  真っ赤だったヴォルフの顔があっという間に真っ青になる。「そのお怪我は……」


 ヴォルフはヴェラの喉元の傷に気付いて恐る恐る尋ねる。


「ああ、これはそこにいるアルにやられたのじゃ」


 ヴェラは身をかがめてヴォルフの耳元でささやく。「お前らが鍛え直したあの竜殺しの剣でな」


「ひえぇ! ほ、本物ぉ!?」


 ヴォルフは腰を抜かしてその場にへたりこんだ。


「おー、お主ら、無事に帰って来たのか、わしの鍛えた剣は役にたったじゃろ?」


 広場で話していたデリルたちに老ドワーフが能天気に近づいてくる。武器職人のゲレオンである。「なんじゃ、この図体のデカい女どもは……」


 ゲレオンもエリザとヴェラを見て忌々いまいましそうに言う。


「ゲレオンさん、無事に戻って来たわよ」


 2人の背後からデリルが顔を出して手を振るととたんに機嫌が良くなるゲレオン。


「デリルさん、無事で何よりじゃ。うむ、相変わらず別嬪べっぴんさんじゃのう」


 ネロもアルもドワーフたちの反応に首をひねる。なんでデリルだけあんなにちやほやされるんだろう? エリザとヴェラも面白くなさそうにデレデレしているゲレオンを見ている。


「改めて紹介するわ。こっちの少年がアルくん、こっちの女戦士がエリザよ」


 デリルに紹介され、アルとエリザが頭を下げる。ゲレオンはアルの腰に下げられた竜殺しの剣を発見する。


「おおっ、お主が竜殺しの剣の新しい持ち主か! ふむ、一回り小振りになったがちょうど良かったようじゃな」


 確かに今のアルにぴったりのサイズなんだが、面と向かってそう言われるとあまり面白いものではない。


「それと、こちらがヴェラ」


 デリルが言うとへたり込んでいるヴォルフがビクッと反応する。


「ヴェラ? わははは、それはお前たちが討伐した臥竜の名前じゃろ」


 ゲレオンは笑って聞き流す。


「わらわもずいぶん有名じゃな」


 ヴェラがゲレオンを見下ろす。ヴェラの並々ならぬオーラを感じ、ゲレオンの背筋が凍り付いた。


「冗談、なんじゃろ?」


 ゲレオンはデリルをすがるような目で見た。すでにへたり込んでいるヴォルフの怯えきった顔がゲレオンの視界に入る。


「お前の剣は見事じゃった。わらわに致命傷を負わせるとは大したものじゃ」


 ヴェラはゲレオンに敬意を示した。しかし、言われた方は、お前のせいで死にかけたと言われているようにしか聞こえない。ゲレオンは石になったように動けなくなってしまった。


「ヴォルフさん、立ち話もなんだから中に入れてよ。暑いし」


 デリルはまぶしそうに空を見上げながら手でパタパタと顔をあおぐ。


「そ、そうじゃな。突然のことで面食らってしまって申し訳ない。どうぞこちらへ」


 ヴォルフはなるべくヴェラの方を見ないように気を付けながらデリルたちを洞窟内に案内した。

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