第29話 守護【戦闘回】

 彼女たちは、慎重に警戒すべきだったと後悔した。

 なぜ、あのドラクーンの少女が地下に居たのか。

 なぜ、猿鬼が警告した通り、氷の攻撃が飛んでこないのか。

 なぜ、ドラクーンの少女が報告通り、水を纏っていないのか。

 当然、自分たちと同じように転移してきたはずだ。想像して叱るべきだったと。


「ぐぁー!! やっちまったぁぁあ!!」


 ミザことミザリーは、思い至った時点で遅かった事実に絶叫した。

 虚空から伸びる緑色の鉄腕は、宙に円形に縁取られた水から伸びている。ぐわんともう一つの巨腕を水の縁にかけて、ゼロロクが1体。強引に空間を広げて姿を現した。


「トゥエユイディー!!」

「おぉと!! こっちには人質がいるデース!!」

「がっ……!」


 最も早く冷静に動けたポールの一撃が、ミュレーナの脇腹を勢いよく打ち据えた。そのままポール・ロッドを脇腹にぐりぐりと押し当てる。

 巨腕を大きく振りかぶっていたゼロロクと、タロッキを守るように降り立った戦いの水は、ピタリと動きを止めるしかなかった。


「トゥイトゥぅぅ!!」

「早く、拘束を頼むのデー……?」


 ガサガサガサとポールの耳が音を拾った。まるでゴミでも入ったかのような音に、ポールは反射的に空いていた片手で頭を数度叩いた。


「なに、どったの?」

「いや……?」


 その瞬間。彼女の頭の中から、ざりっ……と身を削られるような激痛が走った。


「!!!?!!!!?」


 声にならない悲鳴をあげ、あまりの激痛にポールは電撃でも身体の内側から食らったかのように、一瞬身体を大きく痙攣させた。


「えっ!? えぇ!!?」

「うわっ」


 ゴロゴロと転がり声にならない悲鳴を上げて、ポールはびくびくと痙攣し始めた。突然の豹変に、他の2人もタロッキたちも驚いて身を引いてしまった。

 ミュレーナだけは、その隙を逃さなかった。


「くぅっ……!」

「あぁあー!! しまった!!」


 痛む脇腹を押さえながら、ミュレーナは剣を片手で構え、油断なく相手を見据える。ポールが幽鬼のようにゆっくりと立ち上がった。


 そして、ミュレーナは気づいてしまった。彼女の足元、血が数滴したたり落ちたその先に、白いシミのような、点があることを。



「この……クモぉ風情がぁああ!!」

「やめっ……!」


 バチイィン……と、ポールは振り上げた足の裏で、したたり落ちた血ごと、地面を思いっきり踏み抜いてしまった。


「あ、あぁ……」

「なぁんだ。ただのクモか、平気?」

「耳がザリザリ酷っいデース。後で社長に治して」

「…………逃げるよ」

「え? ナザリ?」


「グリン」


 ミュレーナが剣を落として、杖を自身の胸にかき抱いた。表情は無表情で、瞳はどこを見るでもなく、虚ろに宙を見つめている。


「全部、使って良いよ」


 身を引き裂かれるような。馬のいななきがどこからともなく響く。ミュレーナのかき抱いた杖がヒビ割れ始めた。

 同時に、土と瓦礫で出来た、巨大な蹄が地面から現れた。踏み潰すように、ミュレーナに迫る。


「ちょっ!!?」

「トゥイトゥぅぅ!?」


 手を思わず伸ばしたタロッキは見た。蹄にミュレーナが潰される直前。彼女が気を失うように地面に倒れた。杖から伸びた黒い影が、彼女を押し倒すように覆っていた。





 俺は手で覆いを作って、なんとかラランさんと会話を試みた。

 無理だった。姿こそ豆粒ほどに見えるが、風の音が強すぎて声が耳に届かない。向こうも同じなようだ。


「…………やる。かぁ」


 完全に重力の檻に囚われて、ふわふわと浮いている。本物の、狂気しか存在しない世界。

 万人が触れるべきで無い世界。万人が憧れ、向き合えず、目を背け続ける世界。

 空。大空。原始、元来。真の竜たる血脈だけに赦された。狂気のみの世界。


 腰のスクロールに念じる。ただ身につけ、それだけで呼応するように、スクロールのケースが独りでに砕け始める。


 風の質が変わり始めた。四方八方、縦横無尽に暴虐なまでに好き勝手吹いていた風は、俺の背後に集まり始めた。


「…………いいのか?」


 風の中に、スクロールの中に居た魂が、風切り音を響かせて俺に問いかけてきた。気遣うような、心配で仕方がないような声だった。


「みんなを守って、ラランさんを返さないとな。そう出来なかったら、アンタに殺されるだろ?」

「…………すまん」

「そりゃ毎度、借りちまってるこっちのセリフだ」

「ああ。ラランを、レーナを、頼む」


 俺を一生呪う言葉誓い。俺を一生祝す言葉誓い。…俺を一生、狂わせ続け、はなさない言葉誓い


「俺が、動く」

「俺が、見据える」


 俺を常に、大空を征く為に作り変えてくれる、最高の言葉憧れ


「「いいな?」」





「ぎょぇえええぇええええ!!?」


 必死に駆け抜けるミザリーの喉から、絶叫が響き渡った。

 自身を遥かに越える巨体。瓦礫と大地で出来た、馬の上半身。

 叫んでしまうのは無理もなかった。地面を這いずり回る巨大なグリンと、ゼロロク1体に追い回される姿は、誰が見ても悪夢のような光景だった。


「ポー! 合わせて!!」

「了解、デェス……!」


 2重の呪文が重なり、風を纏う光弾魔法の一撃が、迫りくる巨体2体に撃ち当たる。ゼロロクの装甲に傷こそついたが、馬はこわれた端から瓦礫を飲み込んで再生していく。


「だめ、切りが無い! 走れェエ!!」

「こ、こんなのぉぉ、聞いてないデェース!!」

「怒らせ過ぎた。不覚……!」


 必死に走っても距離は開かない。相手が巨大すぎて、歩幅が違いすぎる。次第に息が切れて、距離が縮まり始める。


 グリンが片足で身を弾き、大きく踏み込んだ。激怒をその身に示すように、自身の蹄が砕けるのも構わず、ポールに向ってもう片足で大地を砕いた。


「がぁああああああああ!!?」

「ポーォオオ!!」


 直接踏み潰されることさえ無かったが、ポールは飛び散る瓦礫の破片で、体中を殴打し吹き飛ばされた。


「…………! 伏せろぉお!!?」


 その時だった。風を切り裂くような落下音。ミザリーがいち早く気づいて、地面に飛び込むようにポールをかばって彼女たちは伏せた。


 大爆音が響いたかと思うと、ゼロロクごと馬は、爆撃に巻き込まれて横倒しになっていた。


「や、やったの……?」

「お前ら、まだ居たんか!? 状況は……!?」


 猿鬼が血相を変えて走り込んできた、同時に、塔の近くにまた爆発。爆撃が完全に始まってしまっていた。

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