第28話 蹂躙【戦闘回】

 爆炎と轟音が響く中、鬼の恐ろしく歓喜あふれる哄笑が響く。虎視眈々と影から様子を窺っていた3人の娘たちも、彼の前に姿を現した。


「やったでぇええええ!! これで報酬アップ間違い無しや!!」

「しゃちょー!! ちょっとハデじゃないー!? 下手するとお姫ちゃん逃げちゃうか、死んじゃうよぉー!!」

「いかん! そうやった!!? とと、こっちに来よるな……!!」


 白い鉄機兵に乗り込み勝ち誇っていた猿鬼は、部下の一声で冷静に立ち返った。同時に他の白い鉄機兵が、苦戦してこっちに吹き飛ばされて来た。


「よし、ゴブ共は全員上手く引きい!! ミザ、ポー、ナザリは姫探し!! そろそろ第2射が来る!! ケツ捲くる準備じゃあ!!」

「アイサー♡」

「ゴブ!!」


 猿鬼は襲いかかってくるゼロナナに視界を塞ぐような、広範囲の炎呪文による攻撃を加えると、白い鉄機兵たちは逃げ始めた。


「弾みで殺すでねえぞぉ!! ドサクサの土産も無しじゃ!!」

「チッ……」


 ナザリと呼ばれた表情に乏しい少女は、猿鬼の1言にあからさまに舌打ちすると、目を閉じて魔力を集中した。

 呪文も唱えず彼女の背後で光がまたたいたかと思うと、背後の方向を彼女は指さした。


「んっ……あっち」

「じゃあ、姫狩りスタートだぁ!」

「ボクが一番乗りデース!!」

「「いや、それはマジ可哀想だから、絶対止めて」」

「えぇー!?」





 ミュレーナたちは全員分の貴重品を素早く整えると、最低限の荷物だけ持って外に出た。街のあちこちで炎が揺らめいている。

 白い鉄機兵たちは背を向けて逃走を開始していた。ゼロナナたちが追いかけている。小さな影に魔法を応射されて、彼らは苦戦していた。


「ドゥエドゥ!?」

「急ぎましょう!!」

「ああ。……いや、マズいかもしれん」

「え!?」

「引き際が良すぎる。おそらく……」


「見つけた♡」

「っ……!?」


 鋭く黒い切っ先が迫り、金属音を響かせた。クリスが奇襲を防げたのはほぼ勘働きで、偶然だった。

 即座に神力を込めて、全力で押し返す。攻撃を仕掛けてきたのは栗毛の少女だった。

 一見どこにでも居そうな場違いな容姿に、火石が黒く固まったような、不気味な2対の剣を構えている。


「おー……、やるじゃん。でも爆撃来るからさぁ、さっさと逃げよ?」

「え……?」

「やはりか」

「あ、そっちのお兄さんはわかってる感じ? ならついて来なよ。危ないでしょ?」

「行くと思うか?」

「ぜんぜん!!」


 下段。それも地を這うヘビのような2連撃を、盾を地面に突き立てるように防ぐ。そのまま盾でもう一度押し返した。


「行け!!」

「でも!?」

「神の加護がある。不足無い。……マナギを、頼む」

「…………はい!」


「いや、逃さないデース」

「グルッ!?」

「きゃあぁ!?」


 ミュレーナを抱えて飛び上がろうとしたタロッキが、棒状の物に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。攻撃したのは作り物のような少女だった。

 繊細な長い金髪を完璧にコントロールして振り回し、ポール・ロッドを巧みに操り、躍るように倒れ込むミュレーナの側に着地した。


「ポーちゃんナーイス。でもさっさと攫わないとヤバくね?」

「ヤバいな。まあ巻き込まれたら、それまでデース」


 ガズンッ!! と足蹴に押さえつけたミュレーナの耳元に、ポール・ロッドを激しく突き立てて、彼女はミュレーナを人質に取った。


「姫!!」

「動かない」


 ポーと呼ばれた少女の傍らから、影のように現れたのは、ボッサボサな前髪とショートカットの捨てられた犬のような少女だった。

 やる気なさそうにクリスを一瞥すると、何故か場違いに彼女は手を振った。愛想もなく仏頂面なのでクリスは少し脱力した。


「グ……ルルッ……」

「はいはい血ィ出てるんだから、キミも動かないの。ポーも危険に興奮しない。ナザも手やめて。で、お兄さんどうする? 盾、手放してくれる? 時間は押してるよぉ〜?」


「彼女を、殺すのか?」

「あ、それはクライアント含めて無し。貞操の保証までは、できないけどねぇ〜」

「クライアントとは?」

「えー……、我が社にもいちおー、雇い主への守秘義務と言うものがありまして……」

「なに? 白紙の教団……」

「あぁん!?」


 白紙の教団の名を出した途端。全員の顔つきが急変した。先程まで冷淡な目で一見愛想よく笑ってこそいたが、今は触れれば切れる切っ先のようで、冷えた血のように殺意を滴らせている。

 ゴリッっとポール・ロッドの先端から嫌な音が響く。僅かでも身じろぎすれば、即座にミュレーナの頭蓋を簡単に砕くとでも言いたげに。


「………すまない。気に、ぐ、ぅあぁー!!?」


 クリスが油断した瞬間を見逃さず。ナザリは呪文を唱え、衝撃光で建物の向こうに彼を吹き飛ばした。


「手加減した?」

「すぐ謝ってくれたし、イイ男だったから」

「じゃ、しゃあないか。あの子も」

「ん」


 ナザリこと、ナザリムはタロッキに手加減する気が無かった。呪文を唱え、全力で魔力を回し、禍々しい大きな光が彼女の両手に渦巻く。

 タロッキはようやくふらつく視界が定まり、最悪の状況である事を即座に感じた。戦える者が誰もいなくなった恐怖でどうすれば良いか判断できず、泣き出してしまった。


「タロッキちゃん……、逃げてぇ……!」

「あ、あぁぁ……アンルプ トゥン、アンルプ トゥン 、トゥエユイディ〜!!!」

「死んだら、ごめんね」


 一か八か泣きじゃくりながら突っ込むタロッキに、光が迫る。彼女は魔法の衝撃で、建物を貫通して吹き飛んだ。


 そのはず、だった。


「は?」


 巨大な鉄の腕が、泣き叫ぶ彼女を輝く衝撃波の魔法から、守っていた。

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