冒険者の仕立て屋さん『外見偏差値カンストオーバーの彼女は、今日も愛の言葉を真に受けてくれない』爺さんの未練のために、異世界で一番の名店「コンビニ」に。いつか、行けたら良いな。
第13話 うらとり【ざまぁ(下準備)回】2406文字
第13話 うらとり【ざまぁ(下準備)回】2406文字
俺はその日。横になることはしなかった。出入口のドアを背にして、目を閉じて休む。やがて雄鶏の声が聞こえてきた。寝入っちまってたか。
あくびを噛み殺しながら、姫さんの寝ている部屋に入る。またなんて寝相してんだい。真っ白い枕を斜め上に、ガッツリ落ちるか落ちないかギリギリの寝相をしてやがる。タロットの愚者かよ。
いろいろはだけているし、もうこれ誘ってんのかな。無防備で性欲を持て余すったらない。
「んっ……」
そっと唇に掛かっていた髪をのけて、1度だけ身をよせて、起こさないように軽く抱きつく。
あたたかい。彼女の心音を確かに感じて、俺は外に出る事を決めた。
空がわずかに朝日の赤みを帯びた頃。部屋から外に出て、ほとんど音を立てずにドアを閉める。鍵がちゃんと掛かっているか。不備が無いかを、龕灯で照らしてチェックした。
「行くのか」
振り向きざまに、黒い上着のポケットに入れたままの物を構えた。クリスだった。彼もレイピアを抜きかけていた。彼に守りを頼むつもりだったので、呼びかける手間がはぶけた。
「ああ。行ってくる。眠り姫を頼むぜ。騎士様」
「俺を、2度と騎士と呼ぶな」
珍しく癇に障った物言いだったらしい。無表情に明確な不快感を示している。ふむ。本人ではあるようだ。
「今だけでいいさ。それと……」
「分かっている。お前自身が帰って来ても、決して通さない」
「ああ。さぁて、お前は本物かな?」
クリスは無言で、いつも胸に下げている8の字を横にしたような聖印に祈り始めた。リインカー医療教会の正式な聖印だ。
応じて、俺もポケットの中身を見せた。古臭いリボルバーで彼の眉間を狙う。引き金に指をかけた。
「バァーン!」
近所の迷惑にならない程度の声量で、大げさに撃つ真似をした。予想通りクリスは祈りの体制のまま、微動だにしなかった。
無言で部屋のカギを彼に放り投げて、振り返らずにまだ夜の残る街に出かける。
できるだけ人の多い道を選び、ダックス商会前へとやってきた。何人か浮浪者が寝転んで、靴磨き台の前で、あくびをかましていた。
「じいさん。靴頼めるか?」
「まだ店開けてねえよ」
「急ぎでな。大きい商談なんだ」
「けっ、こんな時間にお盛んだな。夜の姫か、妖精にでも会いに行く気かよ。高く付くぜぇ?」
「…………ああ、高く払うさ」
料金とチップを払い。足を台に乗せて、手早く磨いて貰う。口は悪いが手つきは職人のそれだった。
「景気はどうだ」
「悪かないな。最近は金持ちが賭け事に夢中で、よく磨きにきやがる」
「そうか、こっちも悪くはないんだがな」
「賭け先はまだ決まってねえんだと。そんな金があるんなら、こっちに回せってんだ」
「誰がどんなふうに賭けてるんだろうな。知りたいもんだなぁ。そういや、他にどんな連中が磨きに来るんだ?」
「たまにナヴィアの駐在軍の連中も磨きに来るぜ、堅苦しいったらありゃしねえや」
両足磨いて貰って、釣り銭を貰おうと腰を屈める。彼は釣り銭と1枚のクズ紙を手渡してきた。
「じゃあな。今度は昼間に来やがれ」
「また来れたらな」
「待ちな。聞きそびれていた。……旅に出るなら、どこに行きたい?」
「……そうだな。愛している女性と、誰も知らないところへ、行けるなら行ってみたいかもな」
そっけなく別れて、片手で紙を開いて中身を見る。俺にとって考えうる最悪の言葉の羅列が、その紙に綴られていた。
◇
胸に手を当てて、その穴をもう一度、感じてみてください。
きっと出来ます、私は彼のように、燐寸で火を灯して、幸せな夢を見続けようと思います。
あなた達はどうですか?
それでも愛されていると、感じられますか?
そうであれば、それは……。
ふと、目が覚めると、見たことない天井だった。窓が開けられてて、あったかくて、風が気持ちよくて、伸びをしたら頭が痛くて。遠くから演説の声がしてる。
演説……そう言えば前に、記念図書館で演説をして欲しいって、頼まれたんだっけ。あれからこの街は変わっていったと思う。火を付けたんだ。私が、この愛すべき街に。
「あれ?」
何か胸の前にある。ナイフだ。確かこれ、紙切れさんのだ。しっかりと鞘にしまわれてる。なんでここにあるんだろ。ノド渇いたなぁ。水が欲しい。
「起きたか」
「…………げっ」
エプロン姿のクリスさんが隣の部屋から顔を出してきた。筋骨隆々の身体にサイズもあっていないから気持ち悪い。
「見えてるぞ」
「え、きゃあ!?」
あーもうっ! 眠っている間に暑くてかなり着崩しちゃったみたい。胸元はボタンを外してブラや谷間が見えてたし、スカートがめくれ上がって下着が見えかけてた。
「…………見た?」
急いで布団を被ってると、無言でお盆に乗せられた水を差し出された。このダンマリヤロー……。なんだってこんなところに居るんですか。喉が渇いて仕方なかったので、コップを受け取って睨みつける。
「昼食は食えるか?」
「紙切れさんは?」
「外だ。俺はここを守っている」
「え、なぜ?」
それ以上彼は何も言ってくれない。自分で考えろと言う事だろうか。正式な仕立て屋さんだし、彼は時々こういう促し方を私にしてくる。さっきの事もそうだけど、都合が悪かったりすると喋ってくれない彼のことが、私は心底気に入らない。
「来たか」
控えめなノックの音で、彼が出入り口へと向って行く。紙切れさんと、何故かドア越しに話してるみたい。朝食はそつなく美味しかったのが、なんだか非常に悔しくて腹立たしかった。
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