第12話 たからのちず【じれ&夢回(改稿版)】2549文字

 閑静な住宅街の1等地で、大きな庭と池を持つ自然あふれる2階建ての家が見えてきた。

 彼女の家だ。玄関先で白黒の猫が、呑気そうに欠伸をしている。不意に、彼女が離れた。左腕に寂しさが残る。


「じゃあ、また今度な」

「えぇー……よいせいのおひめさまのぉ〜、もぉっとすっごいヒ・ミ・ツ。見たくないんですかぁ……?」


 くねくねふりふり身をひねって、上目遣いで覗き込こまれた。誘惑にしても馬鹿らしい仕草に、笑えてくる。


「ぷっ、あははっ」

「あっ、笑いましたね?、よーし、好きにさせてやるからなぁぁ?」

「へぇ……」

「ちょっ……やだ急に! ……っ……離れて、くださぃ……」

「やだ」


 ズイッと間合いを詰めて、吐息が重なるくらい、真正面に思いっきり近づいた。

 彼女は恥ずかしそうに、口元に両手を重ねて少し身を引こうとしたので、腰に手を添えて逃さない。

 恥ずかしいと、すぐしてしまう可愛らしい癖だ。声が消え入りそうになっている。指先から漏れ出る吐息が酷く、甘く暖かい。


 タロッキの方を見るとムフッとでも言いたげな目で、黙って口元を隠している。

 俺と目が合うとそのままの仕草で、すり足で姫さんの自宅に帰って行った。言葉はわからなくても、おませに空気は読んでくれたのか。


 姫さんはタロッキが帰った事に、まったく気づいていないようだ。じっと黙って見下ろしていると、困ったようにおどおどし始めた。

 どうみても外見相応の反応なんだよな、積極的なようで全然男慣れしてないと言うか。成人はしているらいしいが、姫さん一体いくつなんだろうか。


「その癖。宝石箱の蓋みたいだね、かわいいよ……」

「はうっ…………!」


 気を取り直して長い耳元によく聞こえるように、顔を近づけてトドメの一撃をくれると。姫さんは真っ赤になって膝を折って座り込み始めた。その隙に一歩離れる。


「じゃ、今度こそ……姫さん?」


 座り込んだまますり足で近づかれて、足の裾を掴まれた。………イカン、こうなると、姫さんは絶対離れないんだった。

 まあ良いか、姫さんだし。一応抵抗してみよう。


「えっと、もう帰るからね?」

「うん……」

「ほらちゃんと立って、離れて」

「うん……」

「……離れないと、首筋に噛みつく、こわーい狼になっちゃうぞおぉぉ……!」

「うん……」


 駄目だこりゃ。聞いてるのか聞いていないのか、ズボンの裾を握ったまま離してくれない。諦めて1度だけ深呼吸して、以前から考えていた事を口にした。


「じゃあ、今夜は俺の部屋で過ごす? 姫さん」

「うん……。……………え?」





 彼の視線から隠れるように、肘に額だけ押し付けて歩いてる。何度も一緒に道は歩いてるのに、暗い夜道はまるで別世界みたい。


夜の住宅街を彼と歩く。ばっくんばっくん、口から飛び出しそうな心臓を押さえてる。お腹がぎゅうぅって言ってる。あんなに食べたのに。ま、まだ恋人でもない男のひとと、ひえぇ…。


「姫さん着いたよ。……姫さんの冗談が聞きたいな。なにか言ってくれよ」

「えっ、え……、ほ、本日はお日柄もよく……?」


「ぷっ、あははっ、今真夜中だよ? ……ん〜……、今度お見合いでもしようかなー……?」

「へ?、……だ、誰と?」

「さー、姫さん以外の、誰だろうねー……くくっ」


 忍び笑いが漏れて、ニヤニヤ笑って猫なで声で煽られた。………あ、コヤツあたしを馬鹿にしてるな!? ひとの子の分際で! あたしもだけど!


「むぅー!」

「ははっ、元気出ただろ、遠慮なんかいらないよ!」


 唸りながらぽかぽか殴ろうとして抗議する。何がかわいいだ。勢いよく蹴っててやろうか。弾むように廊下を駆ける彼を追いかける。彼の下宿先部屋の前に着いた。


 紙切れさんがカギを開けて中に入ってく。勢いに乗って追いかけちゃった。少し油臭い。古い本の匂い。おぅ……男のひとの匂いも、する。

 技術者さんの部屋だから、当然綺麗に整理されて片付いてる。でも物も多い。用途もわかんないのも多い。わっ、地図とスクロールいっぱいだ!


「それ、頭目に無理言って、整理するの譲って貰ったんだよ」

「わー……」


 壁一面には、綺麗に額縁に入った地図や海図が飾られてる。知らない土地や、大陸、島の地図もある。あ、浮島だ。でも変なマークばっかり……?


「読み方も少し教えて貰ったけど、例えばこれ。若い雷竜と修行したんだと」


 大っきな山の地図だ。読み方も分からない文字で、山の名前が書かれてる。雷みたいなマークと、小さな竜と、こっちの共通語で、修行って書いてある。


「あれは!?」

「ラランさんと出会った、北大陸だってさ」

「こっちは!?」

「嘘か真か、伝説の妖精郷だとよ」

「あれは!?」

「こわーい海賊ばかりの霧の街だってさ、絶対行くなっつわれたぜ」

「わ、東列島だ。ドラゴンばっかり!」

「罪人に間違えられて、お姫さまに助けて貰ったって言ってたなー」

「わー……あれ、これは?」

「それは俺のだ。卓上旅行も混じってるが、主に自由都市同盟領内だな」


 つい地図や海図を、はしたなく指さして聞いちゃった。ふわぁああああ……ゾクゾクする。いいないいなぁ!


「いいなぁぁ、これ……!」

「親方もクリスもたまに来て、懐かしそうに地図眺めてくんだ」

「ヘー……」

「今度、タロッキも連れて来なよ。故郷。わかるかも知れないぜ」

「あっ! そうですね。盲点でした、そうしましょう!」

「ここにないのなら、それだけでだいぶ絞れるだろうしな」

「…………やっぱり、紙切れさん。クックさんを、好きすぎじゃありません?」

「自分の青春の旅路を嫌いな奴はいないさ。姫さんだって愛してるぜぇ?」

「もーまた取ってくっつけたみたいに……ふふっ」


 結局。その夜はずっと、紙切れさんに地図について質問をしてしまって。途方も無く、とてつも無くずっとドキドキしっぱなしで。眠る事なんて、とてもできそうにない夜でした。






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