第12話

 クーロンはあんなことをしたから完全にクラスから孤立してしまうだろう。僕はそう思っていた。

 しかし、意外にクーロンはクラスの中で人気者のポジションに上り詰めそうになっている。


 それは体育の授業の話である。

 本日の体育の授業はバレーであった。そこでクーロンはジャンプスマッシュを何度も決めたり、ボールをブロックしたりして、クラスの中でも注目の的になっていた。


「クーロンさん凄い!」


「ぜひ、バレー部に入ってくれないか?」


 などと部活動の勧誘が来るほどである。またクーロンの容姿は、学校の中でもトップクラスである。だから男子生徒も青髪を揺らすクーロンの方に目が行っていた。


「なぁ、どうやったらあの子の汗飲めるだろうか」


 と恐ろしいことをいう人まで現れた。流石にそれは犯罪である。

 また、先ほどまで野球部の野郎が暴行されたことに対して。何人もの人が可哀想だとかそんな同情の声があった。しかしそれはほんの数時間で全て消えた。それどころか


「もしかしてアイツ、凄いご褒美を受けていたんじゃないか」


 とか言い出す人が現れてしまったぐらいだ。


「アイツ、だって胸ぐらを掴まれた時に、あの人の体を触れたわけでしょ」


 ふむ。確かに。その通りである。体を密着させていたのだから。


「いいよな。それでアイツの体を触れた上に保健室に行くなんて」


「許せんな」


 と男子の馬鹿どもはそのような会話をしていた。そして自分もどうやったらアイツに殴られるのだろうか。そのような会話をしている。


 そして試合。1セットが終わったとき。クーロンは女子たちに囲まれていた。あんな凶暴な姿を見たから、ここも冷たくあしらうのだろうか。そう思ったが、意外や意外。クーロンは女子たちの輪の中。丁寧に対応をしていた。それはヒーローインタビューを受ける選手のようである。


 恐らく、あそこまで人に囲まれたことがないから、どのような対応をすればいいのか。分からないのだろうか。


 そんな姿を僕はぼんやりと見ていた。僕はこの時間。何もしていない。ボールにすら触れていない。ただジッと体育館の隅で体育座りをするだけである。


 僕は体育の授業が苦手であった。どうも昔から運動神経が悪い。50メートル走は学年で最下位だし、握力は椅子を持てるかすらも怪しいほどしかない。サッカーをやっては、グラウンドでただ走り回るだけで、ボールに触れることなどない。そのくせ、先生からは真面目にやれと怒られる始末。クラスの中ではお笑いの的にされる。


 体育という授業にはたくさんの理不尽がギュッと詰め込まれていた。

 その理不尽を避けるためには何もしないということをしなければならない。というよりもそうした方が他のみんなにとっても幸せなのである。


 というのも、はたから見るには随分と愉快な運動神経でも、これが仲間になってしまったら絶望しかない。役立たない人が1人増える。つまり球技などでは一人分。ハンデを追うことになる。


 だからこうやって隅っこにいる方が、みんなにとって幸せだということになる。


 こうやってボーッとしていると、クーロンと目があった。そしてクラスの女子の輪を抜け出してこちらの方へやってくる。

 バレた。


 そして。クーロンはいつも通り首を傾げた。


「どうして、あれに参加しないの?」


 とクーロンは男子たちが試合をしている方を指差す。


「僕みたいな奴は参加しない方が世界平和に繋がるからだよ」


「世界平和?」


「そう。僕みたいに何も出来ない奴がチームに参加したら迷惑だろ」


「迷惑? どうして?」


「僕のせいで負けるんだよ」


「これに負けたら何か起こるの?」


「いや、何も起こらないけれどさ」


「それなら参加をすれば」


 クーロンはギュッと僕の腕を掴む。そして男子たちが試合をしている方へ僕を連れて行こうとする。


「やめてくれ」


 僕はその腕を振り解いた。


「あのな。僕は運動が得意じゃないんだ。他の誰よりも。ボールをキャッチすることすらも出来ない」


「キャッチ?」


「そうだ。ボールを触れることすら出来ない。だから体育なんて面白くないんだ」


「そうなんだ」


 ふーんと言って、クーロンは近くに落ちていたボールを拾った。そして一歩、二歩、三歩と僕の方から離れる。と思ったらそのボールを下投げで僕の方へ飛ばす。


「うわっ」


 と僕は急いで手を前に出す。しかしそれは指の先に当たりカンっと跳ね返されてしまった。ボールはコロコロと転がり再び、クーロンの元に返る。


「本当だ」


 とクーロンは少し、表情を緩めた。


「馬鹿にするな」


「別に馬鹿にしていない」


 そしてもう一回。クーロンはボールを投げる。

 構える。やはり取れない。


「ほら、僕はまともにキャッチボールすら出来ないんだ。そんな奴よりもあっちでみんなとバレーした方がお前も楽しいだろ」


「そんなことない」


 と即答。


「私はダーリンと一緒にいたい」


「ふん」


 僕は顔を赤らめる。

 その右のコート。バシンとそんな轟音が聞こえる。と思ったら歓声が上がる。


 そこにはまるで俳優のように顔立ちが整っている男子がいた。早乙女。それがソイツの名前である。そして彼は勉強も出来て、運動神経も抜群。圧倒的にクラスでも人気の存在である。


「ほら、お前だって僕なんかよりもアイツとかの方が良かったりするだろ」


「なんで?」


「だってアイツは運動神経いいし、顔も整っている。友達だってたくさんいる。それに比べて僕はなんだ。ボッチでウジウジしていて勉強もスポーツもダメだ。こんなもの選ぶほどじゃないだろ」


「そんなことない。私はあの人は興味ない。ダーリンが一番好き」


「ふん。どうせ、いざ早乙女に優しくされたらお前の気持ちも変わるよ」


 女というのはそういう生き物だ。


「ううん。ダーリンは素敵よ。他の誰よりも」


「何で」


 そんなこと言い切れるのだろうか。

 僕は別にクーロンに対して何かしたというわけではない。


 そして彼女はまたもう一回ボールを投げた。それを構えてもやはり取れない。


「私はこうやってダーリンと一緒にいる時が一番楽しい」


 だなんて、そのようなことを言ってくる。

 やはり分からなかった。


「ふん。僕は」


 僕はどうなんだろうか。この時間。楽しいだろうか。

 そりゃ、ボーッと体育座りをしている時間よりも何倍もクーロンといた方が楽しい。


 ボールを投げ返す。するとそのボールはクーロンの元に届く前に、ワンバウンドして勢い弱くコロコロと転がっていく。それを彼女は手に取る。


 そのボールを手に取って、もう一度。彼女は僕の方に向かって投げた。

 そしてそのボールはスッポリっと僕の腕の中に収まった。僕がタイミング良くキャッチしたというよりは偶々、僕の腕に入ってきた。そのような形である。


「ふん……」


 僕はほころびそうになる顔を抑えて、顰めっ面を作り続けた。


「ほら、ちゃんと取れるようになった。凄い」


 体育の授業で初めて褒められた。そのような感じがする。誰かに認められた。


「ふん」


 僕はクーロンの方へ思いっきり腕を振り、ボールを投げた。それを彼女は受け取った。

 認めたくなかった。クーロンの球をキャッチして嬉しかったということを。

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