第11話

 結論。神様などいなかった。いや、違う。さっきの美鶴の話を聞くと神様はいる。ただし、その神様。それは僕の言葉に一切耳を貸さない、馬鹿者である。


 僕は悲鳴が聞こえた後、急いで自分の教室の方へ向かった。


「何、あの女の子。楽々、男性生徒を持ち上げているよ」


 と途中。そのような声が聞こえた。もうそのようなことが出来る女子。僕はたった1人しか知らない。これはクーロンの仕業だ。


 そして教室。そこには人混みが出来ている。その中心。

 男子生徒を楽らくあげているクーロンの姿がいた。


 赤ん坊を取り上げる助産師よりも軽々しく上げるものだから、本当はあの男。体重がないのではないかと思ってしまう。しかし、その男の腕は随分と立派で木の幹ほどある。また身長も僕よりも一つ分抜けている。

 その男。興味がなくて、名前など覚えていないが、確か野球部の主将だった気がする。


 なぜ、彼女はあのように暴れているのか。


「よくもダーリンの悪口を言ったね」


 どうやら僕のせいらしい。

 よし、逃げよう。そう心に決めた。


 流石に、あの化け物と関わりがあるとは思われたくない。

 今までずっと教室でひっそりと生きていた。あのボッチの学校生活が今になって恋しくなる。そして何も事件が起こらないと言うのは幸せだったなと。


 ボッチの特権は、人から恨まれることなどない。だから変な事件に巻き込まれることがないのだ。

 しかしここで僕が実はこの化け物女と関わりがある。これがみんなにバレてしまったら。


 僕の平穏が学園生活にピリオドが打たれてしまうだろう。そして今日この瞬間から、この野球部に恨みを抱くことになってしまう。流石に野球部に恨みを持たれたまま学園生活を送るのは辛い。というか怖い。裏で何されるか分からない。


 と言うわけでこの場から去ろう。そう思い、忍足で教室から去ろうとする。

 しかし。


「あっ、ダーリン」


 とクーロンが放った悪魔の一言のせいで、状況が一変する。僕は無表情のクーロンと目が合ってしまった。そして、他の野次馬たちはクーロンの視線を目で追う。その先には当然、この僕が顔を青ざめながら立っている。

 やがて、耳目が僕に集まる。


 ヒソヒソ。ダーリンってアイツのことか? いや、そんな馬鹿な。あっでも確かに朝、一緒に登校しているのを見た。私も、私も。なんか結婚初日の夫婦みたいだった。


 などとそんな噂話を立てている。

 今度は僕の体がプワッと熱くなる。もうこの場から逃げ出したい。

 ギュッと、クーロンは力を入れ直した。すっかり男は顔を真っ赤にしていた。このままでは失神してしまう。


 僕はゆったりとクーロンの元へやってくる。


「おい、お前。何をやっているんだ」


 と僕は静かにクーロンに問いかけた。


「この人、ダーリンの失恋を笑っていた。だからこうしてやった」


 いや、そのぐらいの悪口。いくらでも言わせておけばいい。僕はずっと、一人ぼっちで。周りからキモイやつ。そう言われ続けてきた男だ。だから悪口の一つや二つ。何のことない。


「ダーリンの悪口を言っていた。だからこいつは敵」


「あのなぁ」


 そんなことで敵認定をしていたらこのクラス全体。誰もいなくなってしまうだろ。


「さて、ダーリン。どうする? この人。ここから落とす?」


 と。そんな恐ろしいこと。クーロンは聞いてくる。

 ここは3階。ここから落ちたらほぼほぼ死ぬ。無事に生きていたとしても、骨を数本折って数ヶ月は確実に学校へ来れない。


「落とさない」


 そういうと、彼女は右に首を傾げた。


「なぜ?」


「なぜって」


 こいつはサイコパスか!


「人間界は例え、どんなにムカついたことがあっても殺してはいけないというルールがあるの」


「嘘。人間だって色々なものを殺している」


「嘘なものか。とにかく一刻も早くそいつを離してくれ」


 そうでもしないと僕の学園生活が危ないからな。まぁ、もうこの時点で大分、僕の学園ライフが終わってしまっているような気もするのだが。


「……分かった」


 そしてクーロンはドサリとその男を離した。すると、その男は四つん這いになる。


「ダーリンの優しさに免じて許してあげる。だけれども」


 ヒィィ。とても野球部エースとは思えないほど情けなく高い声が聞こえた。


「次、ダーリンの悪口を言ったら許さない」


 彼女は鬼灯を埋め込んだかのような真っ赤な目をしながらそういった。その目を見るなり男は。


「ごめんなさい」


 と半泣きになりながら、四つん這いのまま教室の外に出て行った。

 しばらくこの教室はざわざわしていた。


「本当、優しいダーリン」


 とクーロンはそういう。

 いや、僕はまだ殺人犯になりたくないだけである。

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