第10話
僕たちが入った部屋は地理学習室と呼ばれる場所であった。
壁一面には巨大な日本地図が貼ってある。机は、長机が一つ。椅子は6つ。とてもクラスで授業に使えるような広さではない。
そんな狭い空間に、僕と美鶴。2人きりになっていた。
「ほら、女を信じるからですよ」
と彼女は愉快そうに笑っている。
「うるさい。美鶴もアイツらと同じように楽しんでいたのか?」
「そんな馬鹿な。この私は人間の娯楽なんて分からないです。こっそり不幸な人を笑うなんて。何が面白いですかね」
「と言うことは、美鶴は若山のことを知らなかったのか」
「だから、私はこの学校の人間関係なんて一ミリも興味ないと言っているでしょ」
言われてみれば。この美鶴。あまり他の人と仲良くしているような姿を見たことがない。
「私は、そんなことをしている暇なんてないのです。急いで世界を救わないといけないのです」
「世界?」
「えぇ」
相変わらず、意味の分からないことを言ってやがる。
ともあれ、僕はじっと美鶴の顔を見た。そして胸を見た。咲夜やクーロンに比べて随分と立派な膨らみだ。その中で泣けばきっと、僕の傷は癒えるだろう。なんて、そのようなことを考える。
「……どうしたのですか。そんな顔をして」
「いや、僕を慰めて欲しいなと思って」
「嫌です。なんで慰めないといけないのですか。メリットないです」
「でも、目の前で深い傷を負った人がいるんだぞ。一言ぐらいは」
「だから嫌ですよ。それで、私のこと好きになられても困りますし」
「そんなことは」
「ないのですか?」
いや、確かにそうかもしれない。僕のことだ。多少優しくされただけで、きっと好きになってしまう。
「私は他の女子たちと違うのです。あなたに好きになってもらったら困る。だから冷たくするのです。全く、これだから童貞の人は」
と彼女はため息を吐いた。
「まぁ、私に慰めてもらわなくても、あなたには素晴らしい彼女がいるじゃないですか」
「彼女?」
「そうです。クーロンさんです」
やはり、この人。クーロンのこと。何か知っていたのか。
「あの子はいい子です。本当に純粋で、欲などない。富とか名誉とかそんなものに興味がないそうですよ」
「どうして美鶴がそれを知っている?」
「そこら辺は直接、本人から聞きましたからね。彼女はその気になれば富ぐらいは簡単に手に入りそうですけれども。いらないって。真顔で。あんないい子はいないですよ」
「と言うことは、アイツを送り込んだのは美鶴か?」
「うーん、どうなんでしょうね。確かに私の神社が一枚絡んでいると思いますけれども」
「そうか。それにしてもよく僕の住所分かったな」
「まぁ、絵馬に書いてありましたからね」
と言われて、僕は神社でのあの行動を思い出す。そういえば、こいつ。執拗に絵馬の住所。ちゃんと書くように言っていたな。成程、そういうことか。
「……成程。それはよく分かった。それでアイツは一体何者なんだ」
「あぁ、クーロンさん? クーロンさんは蛇神の一種ですよ」
「蛇神? つまりあの九龍神社の神様と言うことか?」
「まぁ、そうなりますね。それもあの人は蛇神の中で上級神ですよ」
「つまり、かなり強い力を持っていると」
「えぇ」
それを言われてみれば、僕のような体重50キロの人を持ち上げたて、数キロ歩いたり、登校中の坂道を涼しい顔して登れるわけだ。合点行く。
「その蛇神がどうして僕の家に来た?」
「どうしてって。家に神様が来たらダメなのですか?」
「いやそんなことはないけれども。だけれどもこんな僕に神様が来る理由だなんて」
「そもそも。日本には八百万の神。それぐらい沢山の神様がいます。少し前までには囲炉裏に、便所に、風呂場に、家中のあちこちに神様がいました。江戸時代の人とかそのような神の気配を感じて生きていたと思います。しかし、現代はマンションなどが増えたり、そもそも核家族などで家族の繋がりがなくなって、家に神棚を置く家自体が減ってしまって。神の存在というのは薄くなってしまいました。だから昔の人からすれば、家に神様がいると言うのはそこまで珍しいことではない。ただ、あの蛇神がはっきりと姿見えているだけで」
「だからそんな姿はっきり見える神様がどうして僕の家に」
「うん。そもそもあなたは姿見える神様を特別だと思っている。この世には八百万の神。この人間界には自分が神様であることを隠している神だっている。それ以外にも、自分が神であることを気づいていない人だっている。だからクーロンさんがあなたの家に迷い込んだのは、別段深い理由はない。偶然。そう思ってください」
そんな説明をされて腑に落ちるはずなどない。
「まぁ、簡単に言えば、クーロンさんに気に入られた。それだけです。凄いじゃないですか。モテ期ですよ」
と言われた。しかしそれに関して、別段嬉しいとは思わない。やはりモテるのであればもっと、リア充っぽい女の子がいいものだ。
「まぁ、ともあれ。一応、クーロンさんに気をつけたほうがいいですね。あの人は蛇神の要素を持ちながら一言様の要素も同時に兼ね備えています」
「一言様?」
「はい。願いを一言で言えば叶えてくれる素晴らしい神様です。ただし、その一言様の中には暴走する人もいます。願いを叶えようと空回りするような神様ですね」
「そんな神様がいるのか」
「はい。極端な例で言えば。あなたが、お金持ちになりたいと願います。すると周りの人々を殺してそこから富を奪いあなたの方へその富を恵む。そのような暴走型一言様もいます。彼女はそのタイプに近いですね」
「それってかなり危ないじゃん」
「はい。かなり危ないですよ。そしてあの人は恐らくあなたを守ることに対して一生懸命になるでしょうね。もしあなたに危害を加える人がいるとするなら、その人を」
彼女は不敵の笑みを浮かべた。嫌らしい笑みだ。その顔を見て、僕は背筋がゾクリとした。
「殺してしまうかもしれませんね」
と。その時。ドカン。そんな大きな爆発音が聞こえた。そして廊下から悲鳴が聞こえる。
「ほら、言っている間に。何か起きましたね」
まさか。まさかね。
背中から無限に冷や汗が出る。
そして僕は神様に祈った。頼む。この騒ぎの仕業が神様ではありませんようにと。
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